夜間巡回に気をつけろ







 それは、街灯もあまり無い、寂しい林道を走っているときだった。
 不意にパトカーのエンジンが何やら不穏な音を立て、何かが焦げるような臭いがしたと思った矢先、ボンネットからプスプスと煙を吹き始めた。
「あぁ…こりゃダメだ。ラジエーターがイカレちまってまさァ…」
 パトカーを路肩に停めてボンネットを覗いた沖田は、中の様子をざっと確認するとお手上げとでも言いたげに肩を竦める。
「オーバーヒートか…。ったく…誰だよ、この車点検したの。ちゃんとやっとけって言っただろうが…」
 開け放った窓から顔を出して沖田の言葉を聞いていた土方は、シートに凭れ掛かると煙草を取り出した。運転席に戻って来た沖田が無線に手を伸ばす。だが、いくらボタンを押したところで一向に繋がる気配は無く、二人は深い溜め息を吐いた。
「あ〜あ…無線も使えねぇや…」
「参ったな……ここは圏外だから携帯も使えねぇし…」
 言いながらも念のため…と一抹の希望を持って取り出した携帯を開く。暗闇の中で光を放つディスプレイには、予想と違わず、無情にも圏外の文字が表示されていて。土方は小さく息を吐くと、大人しく携帯を仕舞った。
「仕方ありやせんね。ちょっと俺、その辺見て来まさァ。もしかしたら、家とかあるかもしれませんし」
「じゃあ、俺も行くわ」
 扉を開け、今にも出て行こうとする沖田に声を掛けると、彼は振り向き様に首を振った。
「いや、土方さんはここで待っててくだせェ。パトカーをこのままにしておけませんから」
 沖田にしては尤もな意見に、土方は一瞬不審そうに眉を顰め。だが、すぐにそんなことを思う自分を振り切るようにかぶりを振ると了承を示す。
「…それもそうだな。わかった。頼んだぞ、総悟」
「はい」
 素直な返事と共に車から降りて行った彼の後ろ姿を、土方は無言で見送った。






























「……どこまで行ったんだ、あいつ…。人がいなかったら、仕方ねぇから戻って来りゃ良いのに…」
 ライターで、もう何本目かもわからない煙草に火をつけながら独り言つ。明かり一つ無い空間に、ぼんやりと赤い火が灯る。ゆらゆらと煙草を燻ぶらせる傍らの灰皿には既に沢山の吸いがらで溢れ、彼がどれだけの時間をここで過ごしているのかが窺い知れた。
 何度か煙を吐くと、銜えていた煙草もまた短くなる。
 少々乱暴な仕草でそれを灰皿に押し付けたとき、ふとどこからか車のエンジン音が聞こえてきた。次第に近づいてくる音と眩しいヘッドライトに顔を向けると、一台の軽トラックが静かにパトカーの横に停止した。助手席から沖田がひょうきん顔を覗かせる。
「お〜い、ひぃ〜じかぁ〜たさ〜ん」
「あっ!総悟!!でかしたぞ!!車を呼んで来てくれたのか!!」
 窓を開ければ、スモークで真っ白だった車内の空気が一気に外に排出される。まともにそれを顔面に受けた沖田は、煙たそうにあからさまに顔を顰めた。
「ケホッ…ええ。パトカーのレッカーも頼んでおきやした。もう少ししたら来るそうです」
 少々咽ながらの報告に、土方は満足そうに頷く。そうして、身体を伸ばして運転席からキーを抜き取ると扉を開けた。
「そうか。ご苦労だったな。じゃあ、俺も乗せてくれ」
「あー…すみやせん、土方さん。この車、二人までしか乗れないんでさァ」
 背を向けてパトカーをロックしていた土方に素っ気ない声が降りかかる。露程も悪いと思っていないような声音と告げられた内容に、彼は意味がわからないと言いたげに間抜けな声を上げて振り返った。
「は…?」
「運転手さんと俺で、もう二人です」
 隣の人物と自分とを指差す。呆気に取られている土方に構わず、沖田はまるで逃げ道を塞ぐかのようにさくさくと話を進める。
「ちなみに、レッカー業者も作業の都合上複数人で来るので乗せてもらえやせん。勿論、レッカーされるパトカーには乗れやせんぜ」
「…………」
「でも、安心してくだせェよ。ちゃんと土方さんのために乗り物用意して来ましたから」
 そう言って沖田は軽やかに車から降りると、荷台から何かを引っ張り出した。
 「はい」と差し出されたのは―――……一台の自転車。流石に土方がブチ切れる。
「って、オイィィィ!!こっからチャリで帰れってか!?どんだけ距離あると思ってんだ!!?」
 ここから屯所までの距離を思い、土方は口元を引き攣らせる。しかも、もう日はとっくに暮れているのだ。こんな中を一人、延々と自転車を漕いで帰れと言うのか。
 幾ら何でもそれは無いだろうと異議を唱えても、沖田はどこ吹く風といった様子でしれっとのたまう。
「今の時代、何事もエコですぜィ、土方さん」
 地球に優しい土方さんになってくださいよ―とか何とか、わけのわからないことを続ける。土方は拳を握り締めた。あまりの仕打ちに頭痛がする。
「だったらテメーもチャリで帰りやがれェェェェェ!!!」
「俺は病弱なんで無理でさァ」
「それは本家本元の沖田総司だろうがァァ!!テメーのどこが病弱だコノヤロー!!!」
「ま、そういうことですんで。頑張ってください、土方さん」
「ちょっ…待てやコラァァァァァ!!!」
 土方の叫びも虚しく、沖田は運転手に合図をすると憎らしいくらい爽やかに手を振って行ってしまった。
 人気の無い林道にぽつんと取り残される。土方は今日ほど自分が可哀相に思ったことは無かった。
「何あれ…あれ本当に人間か?人間っつーか、ドSじゃねぇか。星に帰れチクショー」
 いつも何かにつけて自分に嫌がらせばかりして来る。それだけ彼に嫌われていることはわかっている。彼の欲しかったもの、大切だったものを自分が横から掻っ攫って行ったのだと、幼い頃の彼は思い込んでしまったのだろうから。
 土方は瞳を伏せる。
(でも、だからって、これは酷ェんじゃねぇの…)
 握った拳は小刻みに震え、額には青筋が浮き出ていた。うっそりと顔を上げる。
「面白ェじゃねぇか……お望み通り、ここからチャリで帰ってやらァァァァァ!!!」
 怒りも露わに高々と宣言すると、半ばヤケクソのように彼は自転車に跨った。




















 生温い風が頬を撫でていく。自分を取り巻く環境とその何とも言えない感触に少々顔を引き攣らせながらも懸命に自転車を漕いでいた土方は、ふと腕時計に目をやった。朧げな月明かりに反射して文字盤が薄らと見える。
「…しかし、チャリで一体どのくらい掛かるんだ?このままちんたら帰っていたら、確実に丑の刻は回るな…」
 ざわっと周囲で木々がざわめく。思わずビクリと体を震わせた彼は、次の瞬間意を決するように息を吸い込むと、猛烈な勢いで自転車を飛ばし始めた。
「ぬおぉぉぉぉぉ!!!」
 ガシャガシャと自転車が悲鳴を上げる。誰かが見ていたら、回転数はどのくらいですかー?エンジン全開ですね〜と絶賛されそうな足の動き。目にも止まらぬ速さで一心不乱に自転車を漕ぎ続ける。そんな彼に、思いがけず後ろからのんびりとした声が掛けられた。
「おうおう、凄いね〜お兄さん。50キロ出てるよ〜」
 力が抜けそうな間延びした口調でスイッと隣に並んだのは銀色のスクーター。怪訝気に瞳を眇めて視線を上げれば、嫌気が差すほど見慣れた銀髪が風に靡いていた。
「……っ!!テ、テメ…ぇはっ…ハァ…ハァ……っ…よ、万事屋…っ!!何でテメーが…」
 息も絶え絶えに口を開くと、向こうも「あっ…」と言った様子で眼を見開いた。
「アレ?何だよ、どっかで見たことあると思ったらマヨ野郎じゃねぇか。何?今度大会でも出んの?何つったっけ、あれ……あの過酷なレース」
「だ…っ、れが…んなの出るか…っ!!」
 真面目な顔で聞いてくるのに律儀に返した土方は、不意にはたと思い至った。
 屯所まではまだ距離がある。このまま自転車で帰るにしても、今のペースを保ち続けることは不可能。一刻も早くこの薄気味悪い林道を過ぎたいばかりに無我夢中で漕いでいたため、当たり前と言えばその通りだが、既に体力は限界。そこへタイミング良くも通りかかったのが、運悪くこの銀髪野郎とは…。

――どうしたら良い……この場合、どうするのがベストだ…?

 己の体力と自問自答を繰り返す。幾許かの葛藤の末、土方は一度眉を顰めると、仕方なさげに銀時に向き直った。
「クソッ……この際、背に腹は代えられねェ…。コラ、万事屋ァァァ!!テメーの後ろでも良いから乗せやがれェェェェェ!!!…っ、ゲホッ」
 掠れながらも声を張り上げた彼は、喉に引き攣れを起こして咳き込む。未だ自転車を漕ぎながら苦しそうにする土方に、銀時はすっと瞳を細めた。
「はぁあ?それが人に物頼む態度ですかァ?」
 辛辣な言葉に、咳き込んで涙目になった土方が顔を上げる。悔しそうに顔を歪める。
「くっ……。………の……乗せてくれ…」
 しかし、彼の思いも素知らぬ顔で銀時はその願いを一蹴した。
「何で俺がおまえ乗せてやんなきゃなんないわけ?彼女気分ですかコノヤロー」
「んなわけあるかァァァァァ!!!」
 反射的にいつものノリで、土方は自身の体力が無駄に削がれるだけと知りつつも堪らずツッコんでしまう。彼はハンドルを握る手に力を込めた。















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