王様ゲーム





「じゃあね〜…3番の人が5番にキスをする!勿論、唇以外不可!」
「おぉ〜〜〜!!」

 勿体ぶるように唇に人差し指を当ててウィンクをする不二子に、待ってましたとばかりに歓声が上がる。自分ではない番号を言われれば高みの見物なものだから、皆、妙な高揚感にはしゃいでいる。
 賢木は自分の番号をこっそり確認してにんまり微笑んだ。手の中の番号は5番。

「5番だーれだ?」
「はーい!俺!俺、5番♡」

 満面の笑顔で高らかと声を上げながら番号を振り翳せば、一斉に期待の籠もった視線が集中する。
 キラキラと瞳を輝かせながら相手は誰なのだろうかと熱い視線を巡らせる。
 管理官は王様だし、局長は席を外しているからこの回は参加していない。その事実に少しホッとして息を吐く。あとは殆ど若い女の子なのだから、皆本や谷崎主任といった同性地雷を踏む確率はかなり低い。
 この中の一体誰が自分にキスを!?と期待に胸が高鳴る。知らず鼻息も荒くなった。




 ……だが、そんな賢木を余所に、現実は全くもって甘くはなかった。




「3番だ〜れだ?」


 催促するような皆の声に、そろそろと挙がる手。
 その主を確認した瞬間、賢木は思い描いていた淡い期待がガラガラと音を立てて崩れるのを感じた。急速に熱が冷めていく。



「……はい。3番は僕です…」



 控えめな声音で言った皆本に、何故か周囲から先程とは少し違う色めき立った歓声が上がった。心なしか女性陣の瞳にますます熱が籠もったような……いや、まさか。


(……えっ?えぇ!?ちょっと待って、おかしくない!?何でこんなに女の子がいるのに、ピンポイントで皆本なわけ!?)


「か、管理官…?ワザとじゃないですよね…?」
「さぁて、どうかしら?」

 恐る恐る不二子を見やれば、ニヤリと含みのある笑みではぐらかされた。


(……絶対ワザとだ…!!)


 そう確信して顔を引き吊らせる賢木の傍にいつの間にかやって来た皆本が、ポンッと彼の肩に手を置く。


「まあまあ、賢木。王様の命令とあれば仕方がないよ」
「えっ!?ちょっ…いや、待て待ておかしいじゃん!?何で男同士でこんな……って、何でおまえそんな爽やかな笑顔してんの!?」
「さあ、賢木…」
「ちょっ…、ちょっと待てって、皆本…っ」


 賢木の体を挟むように両手を床について迫る皆本。いくら体を引いても執拗に追いかけられて、次第に圧し掛かられるような体勢に追い込まれるとますます形勢は不利になる。
 賢木は迫り来る皆本からどうにか逃れようと片手で彼の顔をぐぐぐ…と押しやった。その瞬間、皆本が摂取したアルコールの量が流れ込んで来て唖然とする。驚愕に目を見開く。
 ビールに日本酒、焼酎にカクテル、ウィスキー……通常の倍以上のペースで体内に取り込まれたアルコールは彼の許容量を遥かに超えていた。


「……っ!!だ、誰だ!?こいつにこんなに飲ませたの!!?ピッチ早いししかもチャンポンっ!!」
「だってー、皆本くん、素面だったらノリ悪いんだもん〜」
「管理官っ!!」

 テヘッと見た目は可愛らしく舌を出しながら自分の頭を拳で小突く不二子に、非難の色を込めて賢木が鋭く叫ぶ。


「賢木…」


 間近で囁かれて皆本に視線を戻す。
 と、よく見れば、眼鏡の奥の瞳が据わっていた。ゾクッと身体を走り抜ける何かに身を竦める。


(ヤ、ヤバい…!!こいつ、かなり悪酔いしてる…っっ!!!)


 身の危険を感じて反射的に後ずされば、背中に堅くて冷たいものが当たり、慌てて振り返ると無情にも聳え立つ壁。気付かぬ内に壁際へと追い込まれていたことに今更気づき、尚も距離を詰めてくる皆本に賢木が冷や汗を流した。




 ―――これ以上、逃げられない…。



「こ、こえーよっ、皆本!!目を覚ませ!!おまえは今めちゃくちゃ酔ってるんだ、酔い覚ましに外の空気でも吸って来たらどうかな!?そんで、頼むから早くいつもの皆本に戻ってくれぇぇぇっっ!!!」
「大丈夫、僕は酔ってない。怖くないよ…優しくするから、ね?」


 酔っ払いの常套句を吐きながら、まるで子どもにでも言うように優しく微笑む彼に一瞬思考が停止する。そこへ透かさず頬に手を添えられてハッとした。


「いやっ、ね?じゃねーって!!酔っ払いはみんな口を揃えて酔ってないって言うんだよ!!優しくするって何!?マジこえーよおまえ!!誤解を招く言い方はやめろ!!…うわっ!?ちょっ、皆本!?ホントお願いっ、正気に戻って!!?」


 皆本に体重をかけられ、ついに堪えきれずバタンッと賢木が床に倒れる。テーブルの下で暫くの間繰り広げられた攻防戦は、当然と言うべきか上に乗り上げた皆本に軍配が上がった。


「うぎゃあああ!!!みな、も……っ、んんっ、んぅ…んっ!!」


 押さえ込まれた賢木がジタバタと暴れるが、全く意に介した様子もなく皆本は口付けを続ける。やがて、抗っていた褐色の腕が脱力したように皆本の背中から滑り落ちるのを、頬を上気させながら一部始終を凝視していた一同(主に女性達)がゴクリと固唾を飲んで見守った。
 誰一人微動だにせず、シン…と静まり返った室内でチュッという場違いな可愛らしい音と共にようやく皆本が体を起こす。その後、少し遅れてよろよろと起き上がった賢木は、目元を赤く染めながら乱暴に唇を拭った。


「お…お、おおお王様ゲームで、しかも男にここまでするかフツー!?」
「狼狽えちゃって…かわいいな、賢木。女性をリードすることには慣れていても、男にリードされるのは慣れてないんダヨネ」
「慣れてるわけねーだろっ!!なんだよ、何で語尾がカタカナなんだよ!?おまえ、すげームカつくよ!!?」


 しかし、いくら噛みついても達成感溢れる満たされた笑顔の皆本には効果が無いようで、賢木はガクリと肩を落とした。まだ生々しい感触の残る唇を指先でなぞり、遣る瀬無くなってテーブルに額を擦り付ける。


「あああ……男にベロチューされた…っっ!!チクショー…俺もうお婿に行けないぃぃっっ!!!」
「安心しなよ。お婿に行けなくても僕がお嫁に貰ってあげるから」


 うわあっとテーブルに突っ伏しながら泣き喚く賢木に皆本が菩薩のような穏やかな表情を浮かべて賢木の頭をポンポンと軽く叩く。
 そんな彼らの傍らでは、今し方賢木が口にしたベロチューというリアルな響きに女性陣は尚一層顔を真っ赤にする。
 二人を見つめる彼女達の視線の熱さに当の本人達…特に賢木は己の失言にさえ全く気づいていなかった。
 彼は涙目のまま真っ赤になった顔をガバッと上げ、緩やかに髪を撫でる皆本の手を払い除けた。


「うっさい!!もう黙れよおまえ!!」


 手を振り払われてもニコニコと一向に笑顔を崩さない皆本に、賢木は悔しそうに唇を噛み締め、涙で滲んだ目元を隠すように強く擦った。それから人差し指を皆本の鼻先にビシッと突き付ける。


「くそっ…おまえ、覚えてろよ!?素面に戻ったときに俺にベロチューしたこと思い出させて後悔させちゃるからな!!?」


 勢いよく立ち上がり言い放たれた言葉に、賢木を見上げた皆本が少しだけ首を傾げ。次の瞬間、彼の大きな瞳がスッと細められた。愉しそうに口角が吊り上がる。



「へぇ……それは楽しみだね…」

「!!!」



 薄い笑みを浮かべながら片手で眼鏡を上げる皆本に賢木が怯えたようにビクッと大きく震える。
 そして、普段の皆本からは考えられない人の悪い笑顔を目撃してしまったその場にいた全員が、思わず身を固くして動けなくなった賢木の未来にそっと合掌したのだった。







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