君を護るために僕が出来ること





 皆本が俺の研究室を訪れたのは、例の騒ぎから数時間が経った頃だった。


「……賢木…」
 控えめなノックの後、神妙な面持ちで静かに入ってきた皆本に、俺はデータを打ち込んでいたパソコンの画面から目を上げて振り向いた。
「よう。身体の調子はどうだ?」
「え?」
 片手を挙げながらの台詞に皆本がきょとんとする。が、すぐに思い当たって曖昧に頷く。
「あ、あぁ…おかげさまで大丈夫だよ」
「そうか」
 一瞬とは言え心臓も脳波も停止したんだ。無事蘇生したけど、もしかしたら何らかの後遺症があるかもしれない。今のところ大丈夫そうな彼の様子に俺は安堵の息を吐いた。
 棚のファイルから皆本のカルテを取り出す俺を、皆本はその場に立ち尽くしたまま見ている。何か言いたげな瞳が困ったように落ち着きなく彷徨う。
「……あの…、賢木……さっきはすまなかった…」
「ん?なにが?」
 言い淀む姿に小首を傾げると、皆本は戸惑いながらも真っ直ぐ俺の瞳を見つめてきた。
「君が必死に助けてくれたのに、僕はあいつらにばかり気を取られて…」
「ああ、なんだ…そんなのいつものことだろ?気にすんなよ」
 何気なく言った言葉だったのだが、途端に皆本の瞳が目に見えて揺らいだ。元々沈んだ表情だったのがますます曇り、慌てて言い加える。
「あ、別に怒ってるとかそういうんじゃないぜ?おまえはチルドレンの担当だし、俺は医者だから、それが当たり前だってこと」
 カルテを机に置き、「それに…」と自分の掌を見下ろす。
「俺一人じゃ、心肺停止状態のおまえを助けられなかったかもしれない……悔しいが、兵部が力を貸してくれたから…」
 まだまだだな…と拳を握り締めて自嘲気味に呟けば、不意に温かなぬくもりに包まれて顔を上げた。
「ごめん……僕は君にあんな酷いことをしたのに…」
 首筋に顔を埋める皆本の息が当たって熱い。
 それは、俺を撃ったことを言ってるの?それとも、おまえに銃を向けながらも決して撃つことなど出来やしない俺に「撃て」と言ったこと?それとも…そういう意味じゃないとわかっていても、俺を「好き」と言って惑わせたこと…?
 ああ……言われてみれば、おまえって結構俺に酷いことしてる。
 でも―――…。
「そんなの……おまえの意志じゃねーじゃん…」
 そうだ。全部おまえの意志ではない。
 洗脳されていたのだから気に病む必要は無い。
 だが、いくらそう言っても、責任感が人一倍強くて優しい皆本は、例え自身の意志ではなかったにしろ自分を責めずにはいられないのだろう。自責の念がありありと滲んだ瞳を苦しそうに眇め、唇を噛み締める。
 そんな顔しないで。
 俺はいくら傷付いたって良い。おまえさえ無事なら…幸せならそれで良い。
 だって、おまえを守りたいから。俺を信じて光へと導いてくれるおまえを、ただ守りたいだけなのだから―――。
「俺は大丈夫。それに、前で闘うのはナイトやポーンの役目だろ?」
「……!!」
 ビクッと皆本の体が強張る。
 自分が果たしてその役目を果たせるかはわからないが、大切なものを守るためなら危険をも厭わない。
 だから俺は平気、と笑って続けようとしたところで、一層きつく抱き締められて息が詰まった。
「聞いて…いたのか…?」
「え…?」
 皆本の肩が小刻みに震えている。何のことかと俺は困惑して皆本の腕を緩く掴んだ。
 ―――ああ…また俺は、おまえを悲しませてしまったのだろうか…。おまえにはいつだって笑っていてほしいのに。
「薄らと憶えてる…でも、違う!僕は…っ!!」
 喉の奥から絞り出すような掠れた声。頬を強く胸に押し付けられて、皆本の少し乱れた鼓動と息遣いと声がダイレクトに響く。
「僕は…っ、君を一度だってそんな風に思ったことはない!!」
「皆本…」
 憤った感情のまま叫ぶ皆本の名前を呆然と呟いた。
 皆本は少しだけ体を離すと、慈しむように俺の肩から胸を覆う包帯を優しく撫でた。傷口には触れぬよう細心の注意を払いながら。
「僕は、君を傷付けた僕自身が許せない…そこに僕の意志が無かったとか関係無いし、寧ろ、自我を支配された状態で君をこんな目に遭わせてしまったことが、本当に許せなくて…悔しくて…腹立たしくて…っ!!」
「皆、本…」
 無力感と後悔に苛まれて眉を寄せる。
 包帯の上を滑った手が肩に戻り、流れる動作で首筋を辿って頬に到達する。若干熱を持った頬を柔らかく何度も撫でられ、どうして良いかわからず動けないでいる俺の髪を皆本がゆっくりと梳く。まるで、愛しい者でも見るような深い色合いの瞳から目が離せなくなった。
 そうして、次第にぼやけていく皆本の顔を俺は瞬きするのも忘れて見つめた。
「僕は、君を……君を守りたいんだ…賢木…」
「み、なも…と…」
 唇に皆本の囁きと吐息がかかったかと思った瞬間、柔らかくて濡れた感触が押し当てられて瞠目した。
 ―――……え?
 目の前には近すぎてよく見えない皆本の顔。
 自分の身に何が起こったのか瞬時に理解出来なくて硬直する俺の唇を皆本が啄ばむ。そこで漸く我に返った俺は、慌てて皆本の胸を押し返した。
「ちょっ…何してんだ、おまえ!?」
 どうして?どうしておまえが俺にこんなことをするんだ?やめてくれ、これ以上惑わすのは…。
 先程よりも明らかに熱の上がった顔で押しやると、皆本は一瞬傷ついたような表情をしてから俺と向き直った。
「ごめん、賢木。でも、僕はこういう意味で君が大切なんだ…。君には迷惑かもしれないけれど、絶対に失くしたくないくらい大切で……護りたいんだよ…」
 ノーマルがエスパーを護るだなんておこがましいかな?あ、それよりもこんな感情はやっぱり気持ち悪いよね…と、無理して笑う皆本に心臓が鷲掴みにされたみたいに痛んだ。
 そんなことは無い。そんな風に言われてしまったら、拒否なんて出来るわけがない。
 だって、俺だって前からずっと…。
「……バカ…誰かを守りたいって気持ちに、ノーマルもエスパーも無いだろ…」
「賢木…?」
 手を伸ばしてぎゅっと抱き締めると、戸惑った声がくぐもって聞こえる。腕の中の体温を大事に大事に抱き込んで、俺は知らず微笑んでいた。
「俺は、ずっとおまえに守られてるよ……初めて会ったあのときから、ずっと…」
「賢木…」
 高超度のサイコメトラーということで他人から拒絶され、疎まれて孤独だった俺の闇に一筋の光を差してくれた人。年下のくせに密度の高い説教をかまして―――…だけど、あの瞬間、俺はここにいて良いんだって言われたような気がしたんだ。長い間ノーマルの中で過ごしていた俺だけど、それまでそんな人間(ノーマル)に出会ったことが無かった。
 それから、俺にとっておまえは特別になったんだ。色んな意味で、かけがえのないたった一人になった。
「おまえは俺に大切なものをくれた。俺の未来に光を当ててくれた。十分だよ、それで…」
 色んなものを沢山もらった。それで十分。これ以上望んだらきっと罰が当たる。
 この先何が起こるかはわからないが、何が起こったとしても俺は絶対におまえだけは裏切らないから。
「俺、精一杯おまえのこと守るから……これからも傍にいて良いかな…」
 唯一の願いを口にすると、先刻とは打って変わって遠慮がちに背中へと回った腕に力が篭められた。
「そんなの、当たり前じゃないか…っ!!」
「そっか…当たり前か…」
 怒ったような口調ですかさず返された言葉にふふっと小さく笑えば、すぐ近くで力の抜ける気配がする。やっと見れた皆本の笑顔が嬉しくて、俺はその唇に軽く口づけた。
「あ、一つだけ言っておくけど、君の身を犠牲にしてまで僕は守られたくないからね」
 君のいない世界なんて僕にとって何の価値も無いから…と、唇を浮かせた合間に瞳を閉じる皆本に肩を竦める。
「それはこっちの科白。おまえこそ肝に銘じとけよ?」
「はいはい」
 本当にわかってんのかと人差し指で鼻先を突くと、皆本は瞳を開けて苦笑いを零す。

 ―――でもね。俺はおまえの命が危険に晒されてるときにそんなこと考えられる余裕なんて無いと思うから、そんときは勘弁してくれよな?

 心の中で密かにそう謝って、俺は皆本を包む腕に力を入れ身体を寄せた。


 取り敢えず今は、確かに感じるこの温もりを離したくないと思った。




END





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