Realize





「おまえ、本当ふざけんなよ…」
「ごめん…」
「俺がどんだけ心配したと思ってんだよ…」
「すまない…」
 ブツブツと恨み事を連ねる賢木は頗る不機嫌で、先程からずっとこんな調子だ。だが、それは皆本に原因のあることで、彼の不機嫌さも皆本を心配するが故なので、皆本はただ只管に身を縮めて謝罪に徹していた。
 全ては、今回も性懲りも無くバベルの射撃訓練場に現れ――あろうことか、ヒュプノで賢木に化けて、だ――今し方姿を消した兵部京介の言動に起因する。彼が皆本に提案した「命懸けのゲーム」…即ち、ロシアンルーレットが事の始まりだった。
 バベルの予知課が打ち出したパンドラ壊滅の未来を回避するため、彼らの検挙を急いでいた皆本は「質問には必ず本当のことを言わなければならない」と言う兵部に乗せられてそのゲームに挑んだ。確かに、神出鬼没なパンドラを捕まえるなどまるで雲を掴むようなものだから、正直なところ情報は少しでも多く欲しかった。だが、だからと言って、命を蔑にするようなゲームを容認出来るわけも無い。幾ら情報を得るためとは言え、やって良いことと悪いことがあるだろう。少なくとも賢木はそう思っていた。思いつつも、覚悟を決めた皆本の真剣な横顔を見たら何も言えなかったのだ。
 切迫した空間。一切の口出しを拒絶する雰囲気。兵部は一体どういうつもりであんな提案をしたのだろう。そして、最後にヒュプノの弾丸を受けた皆本が垣間見たイメージとは一体何だったのか…。
 命のやり取りをする二人の傍らで一人取り残されて、トリガーに指が掛かる度に気が気じゃ無かった。あの瞬間の全てのことが、何とも表現出来ない憤りを生んでいた。
「真面目すぎんのも考えもんだな…」
 ハァ…とこれ見よがしに大袈裟な溜め息を吐けば、それまで殊勝な表情をしていた皆本がやおら口を開いた。相変わらず真っ直ぐな瞳で。
「賢木…心配させて悪かった。でも、全く手掛かりが無い中で、兵部から情報を得られるチャンスだったんだ。それに、あいつのことだから、本当に僕を殺そうと思えばこんなやり方はしないだろう。きっと何かあると踏んで乗ったんだ。まあ、可能性が無かったわけではないが……」
「ふーん……んじゃあ、おまえが頭に銃口を突き付ける度に肝を冷やして、何度も心臓が潰れる思いをした俺はバカだったってわけだ。さっすが皆本さん、凄い洞察力と勇気ですね」
 意識せず嫌味ったらしい物言いになってしまい、堪らず唇を噛む。こんなことが言いたいわけじゃない。事情も察している。しかし、目の前で突如繰り広げられた「ゲーム」の所為で、皆本の命が悪戯に危険に晒されたことだけは、どうしても許せなかった。そして、ただ手を拱いて見てるだけしか出来なかった自分自身が、どうしようもなく腹立たしくて仕方が無いのだ。例えるなら、癇癪を起こした子どもがやり場の無い怒りを撒き散らすような――処理しきれない感情に苛まれる。
 当事者である皆本にはわからないかもしれない。自分の大切な人が自分の目の前で、自らに銃を突き付けて引き金を引く恐怖。思い出すだけで小刻みに震え出す身体を必死に押し隠す。
「ごめん…ごめん、賢木。君の気持ちを考えなかったことは本当にすまなかったと思ってる。しかし――…」
「もういいよ…っ!!」
 尚も言い募ろうとした皆本を遮って、賢木は叫んだ。喉から振り絞った声は掠れ、思いがけず大きく響く。口を噤む皆本の傍らで、賢木は顔を伏せると額を片手で覆った。
「わかってる…わかってるんだよ…おまえがどんな気持ちで、どういう考えで、あの兵部の条件を飲んだのかも全部わかってる。でも、頭では理解してても、納得出来るかどうかってのは別問題だろ…」
「……そうだな……悪かった…」
 項垂れる皆本に表情を隠したまま問い掛ける。
「もし、俺がおまえの立場で同じことをしたら……おまえはきっと怒るんだろ…?」
「……そうだな…」
 力無いながらも首肯する。賢木はゆっくり顔を上げると、瞳を眇めながら唇を噛み締めている皆本にそっと両腕を伸ばした。触れた身体が温かいことに安堵して、首筋に思い切りしがみつく。
「人には何だかんだ言ってさ……ホント勝手だよ、おまえ…」
 そんなおまえの言うことなんか別に聞かなくたって良いよな、と自嘲気味に呟けば、忽ち背骨が折れる力強さで抱き締められ、息が詰まった。
「頼む……頼むから…、決して自分の命を秤に掛けるような真似はしないでくれ…」
 君は、誰かのためなら自分の身も顧みない危うさがあるから心配だと、先刻の自身のことを棚上げして懇願する。あまりの身勝手さに一瞬呆れるも、彼から大切なのだと言われているような気がして、賢木は仕方が無いなと眉を下げた。根本が解決したわけでは無いのに、こういう姿を見せられると弱い自分を自覚する。まあ、彼が無茶をするのは今に始まったことでは無いから、自分は出来る限りのサポートをして、時に彼を護る盾となれば良いかと思い直した。
「おまえが無茶すんのやめたら考えてやるよ」
 嘯くが、その辺はきっとお互い様。あからさまに苦々しい表情を浮かべた皆本にクスッと笑い、賢木は彼の温もりに身を委ねた。



END





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