stay with me

   (カップリング創作好きに100のお題 No.064)




 午後の外来診療が終わり、誰もいないはずの研究室に戻った俺を出迎えたのは、バベルと敵対しているエスパー犯罪組織パンドラのリーダーだった。
 断っておくが、バベルは政府機関だ。一介の犯罪者は忍び込むことすら出来ない場所だというのに、こいつは毎度毎度いとも簡単に入り込んで来る。この間なんて、こいつの組織の一員にセキュリティーの甘い箇所まで指摘される始末だし、少し本気で考え直した方が良いかもしれない…と、俺はにこやかに手を振る兵部から目を逸らしてぼんやり思った。
「やぁ、ヤブ医者くん。元気かい?」
「……何の用だ?この部屋にはテメーの欲しがるようなもんはねぇぞ」
 チルドレンの写真とか一切ありません!と両腕で否定のジェスチャーをすると、兵部は意外だとでも言いたげに目を瞬いた。
「心外だな。ここにそんなものが無いことくらい百も承知さ」
「心外っつーか…。まあ、俺はテメーと違って正常だからな」
「どういう意味だい?」
「俺はおまえみたいなロリコンの変態じゃないってこと」
「ほぉ…。じゃあ、皆本はどうなんだ?あいつだって似たようなもんだろ」
「ちげぇよ!皆本をおまえと一緒にすんな!!」
 忽ちぐわっと牙を剥く俺を兵部は楽しげに見ている。だが、それが次の瞬間、身も凍るような冷酷な表情に変わった。
「僕も一緒にされたくはないね。あいつは無力なノーマルだからな」
「テメー……皆本を侮辱したらタダじゃおかねぇぞ」
 皆本を嘲笑うかのような兵部に我慢できず睨め付ければ、俺を見た兵部の冷たい眼に射抜かれる。凄まじい威圧感に思わず気圧されそうになるのを拳を握って堪える。
「面白いこと言うなぁ。君が僕に敵うとでも思ってるのかい?」
「やってみなくちゃわかんねーだろ!!」
 兵部から放たれるプレッシャーを何とか受け流しながら、気持ちを奮い立たせようと体の中で渦巻く激情のままに叫ぶ。素早く懐からハンドガンを取り出し、全く構えない兵部に照準を合わせた。空中で視線が交錯する。一瞬でも眼を逸らしたらやられる…そう感じる程の、まるで飢えた肉食獣のような眼光。
 ハンドガンをきつく握った掌に嫌な汗が滲む。
 目の前で酷薄な笑みを浮かべた兵部が片手をスッと軽く振り上げる。あっと思う間もなく、手の中のハンドガンが派手な音を立てて跡形も無く弾け飛んだ。武器を取り上げられ、背筋を冷たいものが流れ落ちて行く。
 緊張に渇いた唇を舐めると、兵部は不意に体中から放出していた圧力を弱めて大袈裟に肩を竦めた。
「やめよう。僕がここへ来た目的は君とやり合うためじゃない」
 無闇やたらに同胞を傷付けるのもどうかと思うしね、と続けられて、思わず詰めていた息を吐いた俺は目の前がカッと熱くなるのを感じた。
「俺はテメーの仲間じゃねぇよっ!!」
 今にも掴まれそうな腕を勢いよく払い、即座に切り返す。
 こいつと同胞だなんて冗談じゃない。超能力やノーマルに対する考え方も姿勢も立場も、何もかもが違うのに。
 しかし、兵部はそんな俺など意に介した様子もなく、ゆったりと腕を組んで壁に寄りかかる。余裕の笑みさえ唇に乗せて。
「確かに今は立場が違うけど、いずれ仲間になるさ。君はエスパーだから。いつまでもノーマルと共にはいられない。何の力も無いノーマルはエスパーを恐れて忌み嫌う。そんな彼らとの共存なんて所詮無理な話だ」
「ノーマルもエスパーも人間には変わりねぇだろ!弱さだってある。自分に無い力を持つ者を恐れるのは当然だろ!?だからこそ、互いに歩み寄る必要があるんじゃねーのか!?自分のことばかり考えてるから争いが絶えねぇんだろ!!」
「やれやれ…君も皆本に感化されているのか?その考え方は皆本の影響だろ?」
「なに…」
「昔の君は果たしてそう考えていただろうか?皆本と出会う前、サイコメトラーである君の手を取ってくれたノーマルはいたかい?高超度エスパーと知るや、みんな離れて行ったんじゃないのか?」
「そ、れは…」
 真面目な顔で人の過去の傷口をネチネチと抉る。
 嫌な奴だ…。
 バベルに勤務している今も、リミッターを付けている状態にも関わらず必要最低限の接触しかして来ない人や、中にはあからさまに嫌そうにする人がいるのも事実。でも、仕事だからと割り切っているし、そんな人間はごく一部だから気にはしていない。……していないつもりだったのだが。
(何だよ、こいつ……人のことわかった風に言いやがって…)
 心の中でそう反論しつつも強く否定出来ない。何も言えない俺の弱いところを兵部は的確に突いてくる。
「君の手を自ら進んで掴んでくれるノーマルなんて殆どいないと言って良いだろう。君が奴らのために超能力を使っても使わなくても何も変わらない。いくら分かち合いたいと努力したところで、現実なんて薄情なものなのさ」
 皆本みたいにノーマルもエスパーも分け隔てなく接してくれる奴は珍しい。大抵の人は、例え表面上は気にしていない様子でも、手を伸ばせば無意識にも少なからず構えたりするから。
 そんなことはわかっている。仕方が無いとも思っている。


 だけど、俺は信じたいんだ。あいつが願っている未来を……夢を、一緒に…。



「賢木!」
「……っ」

 突然、背後でバタンッと扉が開かれたと思った途端、急に右手を握られて驚いた。
 反射的に引こうとした手を力強く掴むのは、馴染む程に慣れ親しんだ体温。見れば、息を切らした皆本が険しい表情で兵部を睨み付けていた。
「これはまたいいところで邪魔をするんだな…皆本」
「兵部!こんなところにのこのこと…っ!貴様、賢木に何をした!?」
 ギュッと握られる手に力が籠もる。固く拳を作っていた手は知らず小刻みに震えていたようで、皆本が安心させるように両手で包み込んで温めてくれる。
 皆本の温度を感じた瞬間、何故か心から安堵した。
「別に何もしてないさ。ただ、バベルを辞めてパンドラに来ないかと誘ってただけだよ」
「十分してるじゃないか!!」
 すかさず皆本が鋭く吠える。感情が荒ぶっているのが繋いだ手の平から伝わってくる。
 兵部は仕方が無いと言うように大きく肩を上げた。
「今日のところは、邪魔が入ったしこれで帰るとしよう。ヤブ医者くん、考えておいてくれよ」
「考えるまでもねーよ!二度と来んな!それが答えだ!!」
 皆本から力を貰って毅然と言い返した俺を兵部は面白くなさげに暫く見ていたが、やがて諦めたのか目を閉じると口角を吊り上げた。
「ふん…まぁいいさ。君がそっちにいる限りエスパーと言えども容赦はしないが、もし気が変わったらいつでも言ってくれ。ヤブでも医療に長けた人材は貴重だからね」
「ヤブって言うな!!」
「でも、考えてみたら悔やまれるなぁ〜…」



 ―――皆本よりも早く僕が君と出会っていれば、きっと君はこちら側にいただろうからね…―――



「!!」


 兵部が消える直前、にやりと口元を歪めて残した言葉にビクリと体が強張った。
 皆本の手を握る掌に意識せず力が入る。すると、すぐに強く握り返されて、恐る恐る掴まれた右手を見下ろした。
「大丈夫だ」
「……皆本」
 俺の気持ちを透視みとったように、皆本がはっきりとした口調で言い切る。
「大丈夫。もし君が僕より先に兵部と出会っていたとしても、絶対に犯罪者になんかならない」
「皆本…」
 呆然と皆本を見つめると、先程まで兵部を見据えていた厳しい表情とは打って変わって穏やかな笑みを口元に浮かべた彼が優しい瞳で振り向く。
「だって、君は心無い理不尽な仕打ちに傷つきながらも、人を助けるための勉強をしていたじゃないか」
「それは――…俺はサイコメトラーだし、多少生体コントロールも使えたから…この能力を生かせるのは医者くらいじゃねーかって……思った…だけ、かも…」
「うん。君は超能力をどう生かそうかと考えて、その結果、医師になることを決めたんだろ?誰に言われるでもなく自分で自分の進む道を模索して決めた君が、誰かのために能力を使いたいと考える優しい君が、犯罪に手を染めるはずないじゃないか」
 何の疑いもなく自信満々に微笑む。俺は不覚にも目頭が熱くなった。
 そうやって、皆本はいつも俺を信じてくれる。どんなときも想ってくれている。揺るぎない瞳でおまえが笑ってくれるだけで、俺はこの先も道を違わずに生きていける。
「……ありがと、皆本…」
 上辺だけ取り繕う慰めでもその場しのぎの労りでもない、本心からの言葉だから心に響く。
 俺、凄く幸せだよ。おまえと出会えて本当に良かった。
 感極まって目尻に滲んだ涙を誤魔化すように笑いながら拭ったら、皆本に腕を引かれて抱き寄せられた。
「全てのノーマルとエスパーが、僕と君のように想い合えると良いのにね」
「おまえ、それは無理……っていうか、クサい…」
 無茶苦茶を言う中で何気に愛を囁かれた気がして苦笑する。
 こんなにも誰かと想い合えた幸運。改めて突き付けられると何だか擽ったいけれど、そこにはノーマルだとかエスパーだとかの垣根は一切無い。ただ同じ人間として向き合う恋情。



 ―――そういや、初めて会ったあのとき…初対面にも関わらず説教してきたおまえのことを年下のくせにとは思ったけど、ノーマルのくせにとは思わなかったよ…。



 皆本の肩に額を擦り付けてそう呟いたら、頭上で小さく笑う気配がして。


「ね?だから賢木は大丈夫。間違わないよ」
 嬉しそうな囁きが耳元を掠めて、殊更強く抱き締められた。



 しっかりと繋いだ指は未だ絡め合ったまま―――…。




END





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送