unawares





「一体何をしているんだ、おまえは」

 王女の命を狙っているのが彼女の側近だと見抜き、彼女の救出と犯人逮捕に向かった皆本やその他大勢を見送った俺は、その場に一人残ったわけだが。
 王宮に仕える女性を口説いていたところを戻って来た皆本に見つかり、有無を言わさず宿泊しているホテルまで引き摺られて来てしまった。
 部屋の扉を閉めた途端、目が据わった皆本が振り向き様に小言を言う。僕達が王女を助けに行っている間、おまえは一体何をしてるんだ、と。僕達は王女を救うためにあんなバカげたゲームをクリアしたんじゃないのか、と。いやに冷えた瞳で見据えてくる。
 俺は苦く笑って肩を竦めた。
「あー、いや、うん……おまえがいるなら、別に俺は行かなくても良いかなぁ〜と思って…」
「何だ、その責任感の無さ」
「だって、おまえはそんなヘマしねぇだろうし、おまえのこと信じてっからさ」
「僕だって完璧じゃないし、そんな信用されても困るんだがな…」
 ハァ…と、呆れたような溜め息を吐く皆本にもう一度笑う。気付いた皆本が、キッと俺を睨んだ。
「――…っていうか、そういうことじゃないだろ。最初に、羽目を外すなと僕は言ったよな?なのに、おまえは目を離すとフラフラと…!」
「フラフラって、子どもみたいに言うなよ。しょうがねぇじゃん?可愛い子がいたら声かけなきゃ失礼だろ」
「どんな理屈だ!?おまえの場合、見境が無いだけだろ!子どもより性質が悪い。既に病気だよ!」
「何だとぉ!?」
 まあ、確かに病気かもしれない。綺麗な女性がいればお近づきになりたいというのは、男ならば誰しも思うことではないかと思う。だが、それ以上に、皆本に気に掛けてもらえることが嬉しかったりするから始末に悪い。
 普段から、俺の女性関係に何だかんだと説教染みたことを言いながらも、心配してくれていることがわかる。それが嬉しくて、毎回はしゃぎすぎてしまうのだ。例え、その後正座をさせられた上での説教が待ち構えていようとも、皆本が構ってくれるのが嬉しくて。
(……完全に病気だな…)
 でも、今回は皆本の言う通り国の代表として来てたわけだから、ちょっと控えれば良かったかなぁ…とも、頭の隅でチラッと思う。本当にチラッとだけだけど。その間も皆本の小言は続く。
「ああ、そうだ。おまえのそれが病気だってことは、僕も知ってたんだ。治らないから病気なんだしな」
「何だよ、それ……哀れむような目で見るんじゃねぇよ…」
 眼鏡の奥の瞳が眇められる。半眼で見つめる皆本に居心地の悪さを感じて、俺はベッドに腰掛けたまま身動いだ。
「……わかった。それならそれで、僕も対処の仕方を変える」
「へ?」
 間の抜けた声を出した俺に、皆本の眼鏡が不意にキラリと不気味に光った。窓から差し込む陽射しに反射して――…だと思いたい。
「僕達が帰るのは明日だ。それまで、おまえがこの国の女性を口説きたくても口説けないようにしてやる」
「は…?」
 それは一体どういう意味でしょうか、皆本さん…?
 何故か不穏なオーラを発している皆本を怖々と見つめ返す。すると、彼は白々しい程にニッコリと微笑んでからスッと瞳を細めた。そして、次の瞬間、あっと言う間も無く俺との僅かな距離を詰めると、ベッドに座る俺の肩を押さえ込んで――…。
「!?」
 首筋にチリッとした痛みを感じた俺は、頭が真っ白になった。
 ――え…?
「これでよし!」
 呆然としている俺に構わず、腰を屈めた体勢で首筋を覗き込んだ皆本は、何かをやり遂げた顔で身を起こす。満足げな笑みさえ浮かべて。
「……」
 俺は未だ思考が追いつかない状態で、今し方微かな痛みを伴った箇所にそろそろと手を当てた。確認するように撫でていると、停止していた思考が徐々に戻って来る。
 こ、こいつ、今、何をしたんだ…?これ…、これって…っ!!
 理解した途端、意識せず身体が震え出した。首筋をなぞる指先が俄かに体温の上昇を実感させる。
 わなわなと目を見開く俺に、皆本は頗るいい笑顔で言い放った。
「女性はキスマークに敏感だそうだからな。これで、君も安易に女性に声を掛けられないだろう?」
 一番目立つ場所に付けたからな。と、得意満面で微笑む皆本に、何から突っ込めば良いのかわからない。それは素なのだろうか?恐るべし天然。普通、男友達の首筋にキスマーク付けるか?とか、いや、異性だったらそれはそれで問題があるだろうが、えっと……。色々言いたいことはあるのに、逆上せた頭では上手く纏まらない。
「……はぁ…」
 国の代表だからと散々言ってたのに、その立場でキスマークを付けてる方が問題ではないかと思いつつ、結局俺は何とも言えない溜め息を吐くことしか出来なかったのだった。







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