Deep in my heart side:S





 ――……どこだ、ここは…?


 目が覚めたら、見たことの無い部屋にいた。
 室内は薄暗く、奥に目をやれば全くの暗闇に覆われている。家具などは一切無い。そんな、狭いのか広いのかよくわからない無機質な空間で、俺は何故か一つだけ置かれた椅子に縛り付けられていた。
 どうして自分がこんな所にいるのかわからない。記憶を辿ろうにも、頭の中は靄が掛かっていて何も思い出せなかった。
 俺は拉致られたのか…?誰に?パンドラに?それとも、反エスパー組織?
 状況を把握しようにも、この部屋は情報が少なすぎる。俺はつと周囲に巡らせていた視線を落とし、自らを見下ろした。
 後ろ手に両手を縛られてはいるが、他は特に服装の乱れも無く、殴られた形跡も無い。気を失っていたであろう自分には敢えて何もせず、目覚めたところで何かしらの目的を果たそうとでも言うのだろうか。
 肩越しに、背凭れの後ろで縛られている両手を窺う。動かすと、ギシリとロープが軋んで手首に食い込んだ。鈍い痛みに眉を顰めながらも、どうにか抜けられないかと試みる。
 だが、締め付けるロープは思いの外きつく。何度か身を捩って踠いた結果、虚しくも手首に幾つか擦り傷を作っただけだった。
 溜め息が漏れる。
 犯人の目的が何にせよ、間抜けにも易々と捕まってしまった自分が情けなくて腹立たしかった。俺一人の問題ならまだいい。しかし、もし自分の所為で仲間をも巻き込む事態となったりしたら――…。そのときは覚悟を決めなければならないだろう。足手纏いになるのは真っ平御免だ。
 でも……。
 脳裏を過ぎった面影に瞳を伏せる。
 最後に、一人だけ会いたい。たった一人だけ会いたい人がいる。その人のことを考えるだけで、どんなに苦しいときも耐えられた。何があっても乗り越えて来られた。
 網膜に焼き付いた微笑。優しく笑いかける、たった一人の――…。
「……皆本…」
 思わず口をついて出た名前。息を吐くように呟いたそれはとても小さくて、俺以外誰もいない空間に儚く溶けていく。…はずだった。
「何だい、賢木?」
「!?」
 思いがけず返答があり、俺は驚きに見開いた目を上げた。聞き慣れた…今まさに聞きたいと思っていた声に、まさかと目を見張る。
 暗がりの中から、靴音がコツコツと近付いて来る。固唾を飲んで凝視していると、やがてその人物がゆったりと姿を現した。薄闇に見えたそれは予想通りの顔で。俺はガタンッと大袈裟な程大きな音を立てて椅子ごと立ち上がった。
「皆本!?」
 つい大声で叫んでしまい、咄嗟に口を噤むと周囲を窺う。息を殺して耳を澄ませるが、辺りは相変わらずの静寂に包まれていて何も聞こえなかった。部屋の外にも中にも、皆本の他に人の気配は全く感じられない。
 もしや、皆本一人で乗り込んで来たのかと一瞬思ったが、チルドレンの指揮官である彼がそんな行動を起こすはずが無いと思い直した。ならば、何故、彼だけがここにいるのだろうか…?それに、この落ち着きようは何だ…?助けに来たにしては不自然な点が多い。
 俺の疑問は顔に出ていたらしく、皆本は一度小さく微笑うと徐に眼鏡を外した。伏せられていた瞳が再度俺を映す。その見慣れない素顔と幾分か鋭くなった眼差しに、俺は思わずドキッとして身を固くした。眼鏡が無くなっただけでこうも顔つきが変わると、何だか別人のように思えてくる。皆本に間違いないのに、まるで俺の知らない誰かのような錯覚を覚えて、俺は唇を僅かに湿らせると、意識せず詰めていた息をそっと吐き出した。
 力無く椅子に腰を戻した俺に、皆本がやけにのんびりとした足取りで歩み寄って来る。そうして俺の目の前までやって来た彼は、膝を折ると俺と視線を合わせた。
「どうして僕がココにいるのか、不思議だって顔をしてるね…」
 小首を傾げながら穏やかな声音で問われ、若干目を逸らしながら頷く。事件や不測の事態が起これば、指揮官としてチルドレン達と行動を共にするのが常だ。何か事情があって彼女達を連れて行けない場合であっても、少なくとも組織内で作戦を実行する。ノーマルの皆本一人で現場に乗り込むなど、まず有り得ない。今回のように、犯人の正体も人数も目的すらもわからない状況では尚更だ。

 どうして、おまえだけがココにいる――…?

 ふと、確信めいたものが頭を擡げ、強い意志をもって皆本に目を戻す。真っ直ぐに見つめて来る双眸を覗き込み、真実を探る。
 暫く無言で見つめ合っていると、不意に皆本が俺の頬に手を伸ばした。スルリと柔らかく撫でて耳を擽る。堪らず首を竦めた俺の耳元に顔を寄せ、皆本は矢庭に低く囁いた。
「それはね、賢木…。君をココに閉じ込めたのが僕だからだよ――」
「……」
 ひっそりとした告白。
 頭のどこかでその言葉を予想していた俺は、それを静かに受け止めた。
 皆本が俺を閉じ込めた。それは、彼が俺に執着しているという、何よりの証拠。
 そう思い至った瞬間、俺は全身を駆け回る歓喜に鳥肌を立てた。瞳をきつく瞑る。
 椅子に拘束されて自由を奪われているというのに、そんなことは些細なことでしかないと感じる。とにかく、皆本が俺を閉じ込めたという事実が重要で、俺はこんな仕打ちを受けながらも嬉しくて堪らなかった。
「賢木…」
 皆本が俺を呼びながら耳朶を甘く噛む。温かな唇が耳に触れ、吐息と共に舌を差し入れて中を舐める。
「んんっ…」
 ゾクゾクと背筋を這う感覚に、堪えきれず息が漏れた。自由にならない身体では、肩を反らすのが精一杯。そんな俺を押さえ込むなど簡単で、皆本は俺の肩を抱き込むことによって一切の抵抗を封じた。執拗に耳を舐められ、閉じたままの目も開けられない。眉を寄せて耐える俺に気を良くしたのか、皆本がふっと笑った気配がした。
 肩を押さえていた片手が滑り、服の上から胸を撫で下ろすと、淀みの無い動きで下腹部へと到達する。その手がボトムのジッパーを下げ、緩やかに下着の中へと入り込むのを、俺は抵抗もせずに黙って受け入れた。
「…っ、ふ…」
 少し弄られただけで喜びに咽び泣き、天を仰ぐ俺のそれ。耳の中と足の間で聞こえる淫らな水音に犯されながら、俺は次第に息が上がって行くのを止められなかった。

 そして――…。


「……っ!」


 放った瞬間、目を開けた。
 解放の余韻に乱れた息を吐きながらぼんやりと見上げた天井は、あまりにも目に馴染んだものだった。なのに、はっきりとしない頭では一瞬ここがどこかわからず、ゆるりと視線を巡らせる。歪んだ視界に入って来るのは、間接照明と家具と――…見慣れた風景。
 周囲を見回してみても皆本の姿はどこにも無く。俺は一人、自室のベッドの上に横たわっていた。
「………」
 ――……夢…?
 俺は何とも言えない思いで気だるげに腕を持ち上げた。そのまま両腕を交差させて目の上に翳す。
 何という夢を見てしまったのだろう。こんな夢は惨めになるだけなのに…。
 下着の中がグチョグチョに濡れてて気持ちが悪い。でも、動く気にはなれなかった。夢の中で感じたのは、狂気にも似た歓喜と悦楽。そして、目覚めた後の喪失感と自己嫌悪――。
 知らず知らず、自嘲の笑みが浮かぶ。親友に監禁される夢を見て、あまつさえあんなことをされて喜び、夢精までしてしまった。これが俺の願望だとでも言うのか。
 とんだ変態じゃねぇかと自身を嘲笑おうとしたら、意図せず頬を涙が伝った。笑みの形に歪めた唇が戦慄き、殊更強く噛み締める。
 なあ、皆本…。俺はおまえになら何だって許してしまえるんだ…例え、それが不徳の行為だったとしても。おまえがそんなことするはずが無いとわかっていても、俺は……。
 欲望の底が見えない。どこまで続くかわからない奈落。皆本と一緒ならどこまででも行けるだろうし、行きたいと願う。だけど、彼には自分と同じ所まで落ちてほしく無いとも思う。彼は俺にとって唯一の光だから――…。
「皆本…」
 囁いた名前は甘く俺を蝕む。
 あんな夢をまざまざと見せつけられ、打ちのめされた俺は、もうどうしたら良いのかわからない。ただ彼を手に入れたいと願うだけなのに、空回りする感情に振り回される。それは決して許されないのだと糾弾する声が聞こえる。
「……皆本」
 力を失って閉じた瞼の裏で彼が振り返る。俺と目が合った瞬間、やんわりと瞳を細めて優しく微笑む皆本の温もりを思い出し、俺はまた涙が零れそうになるのを必死に堪えた。



END



→side:M





SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送