扉が軽くノックされて、返事も待たずにシンプルだが上質なドレスに身を包んだ女が入ってきた。分厚いカーテンは完全に光を遮って、部屋の中は夜と変わらない。
「新一様。朝でございますわよ。お目覚めになって下さいましな」
 天蓋から薄いレースが下がっている広いベッドに眠る、事実上現在のこの屋敷の主は、女がレースの中にするりと入ってベッドの端に腰を掛け、髪に触れようとした手をうるさそうにはね除けた。
「まあ…」
 くすくすと笑った女は、今日は随分とご機嫌がお悪いですわね、と囁いて立ち上がると、部屋の重いカーテンをゆっくりと開いた。
「…っ……眩し…閉めろよ……」
 ベッドのレースまで開けられて、新一は布団の中に潜り込んだ。
「今日は駄目ですわよ、新一様。お客様がいらっしゃると仰っていたじゃありませんの…」
 そしてベッドに隠れた新一を見つけ出して、女よりも白い頬に口づけた。
「おはようございます、新一様。今日はとても天気がよろしいですわよ。今メイド達にお召し物をもたせますわ」
「…てめーもメイドだろうが」
「おほほほほ、嫌ですわ、あのような者達と一緒にしないで下さいませ」
 真っ赤に塗られたマニキュア。キツイ香水。何度か戯れに新一が相手をしてやったら、いつの間にかメイド達を仕切り、主人の許し無しにドレスや香水や装身具を身に纏うようになった。まるで新一の妻のように振る舞うその女は、新一にしてみれば滑稽でしかない。新一はその女の名前すら覚えていなかった。



 入ってらっしゃい、という女の声でメイド達がしずしずと新一の服等を持って部屋へと入ってきた。
 そして起き上がった新一の寝着を脱がせて着替えさせる。メイド達は執拗に新一の肌に触れたが、新一は気にも留めなかった。彼女達が、今自分達を指図している女のように新一の寵愛を受けようと狙っているのは考えるまでもない。好きにすればいいと新一は思う。女達は色々と画策しているようだが、何をしようが所詮自分以外はただの使用人に過ぎないのだから。女達はそれに気付いていない。
差し出された湯で顔洗い、柔らかな布で顔を拭っている間に、メイドの一人は新一の髪を整える。
 一通り身支度を終えると、女は軽く手を振ってメイド達を追い出し、うっとりと新一を見つめた。
「本当にお美しいですわ。さすが領主様」
「領主は親父だ」
「同じ事ですわ」
 本来ならば剣の錆びになってもおかしくない事を平然と言ってのける。それも父と母が長旅で留守がちだからだ。今現在この広い領地を治めているのは紛れもなく、息子の新一だった。
「さあ、食堂の方へ。新一様、お客様は一体どのような方なのですか?いつ頃お見えになるのでしょう」
 後ろからかしましくまとわりついてくる女に、うるさげにしていた新一だったが、部屋の扉を開けてフと振り返ると、冷たく微笑んだ。


「言ってなかったか?客は領主と領主婦人のお気に入りの付き人二人だ。親父が屋敷に戻るまで、俺の付き人をするらしい」


 女が立ち止まり、その顔色がみるみる変わるのを見て気分を良くすると、ふん、と笑ってその場に女を残し、新一は食堂へ向かった。







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