物売りの客引きの声。溢れかえる人々の声。この町一番の大きな路地は、人々の活力と熱気で賑わっていた。
「想像していた以上ね」
「…せやな」
 隣を歩く少女の声に、旅人がよく愛用するフードをすっぽりと被った女が答えた。この町では旅人自体珍しい訳ではない。が、時折ちらちらと視線を投げかけられるのは、二人の醸し出す雰囲気がどこか異質だったせいだろう。
 ふと女の方が、道端で装飾品を並べている男の店に目を遣って、足を止めた。銀貨を数枚出して、小さな飴色の石が付いた首飾りを一つ買い求めると、女を待っていた少女の元へと足早に戻る。
「珍しいわね、貴方がそんな物を買うなんて」
 不思議そうな顔して首を傾げた、少女の肩で切りそろえられた色素の薄い髪がさらりと流れる。女は石を手の平に乗せると、指先でゆっくりと石を撫でながら、フードから僅かにのぞく唇を僅かに動かして聞き取れない程の声で何かを呟いた。
 そしてかがみ込むと、少女のその細い首に飾ってやる。
「…なに?」
「お守りや。絶対に外すんちゃうで?」
 装飾品に興味を全く持たない少女に、よう似合うてる、と優しく呟いた。その言葉に反応したかのように、首飾りの石がゆうらりと炎のように光った。少女の淡い色の瞳とその石は確かにとてもよく似合ったが、少女は小さく溜息をついて服の胸元へと石をしまうと、その年齢には似つかわしくない鋭い視線を女の唇に投げかけた。
「…珍しいわね」
 普段女はこんな事は滅多にする事がない。少女にしても装飾品には何の価値も見い出さないので、ただの飾りとしてならば、首飾りなどうっとおしいとばかりにすぐに外してしまうのだが。
「さすがの貴方も、今回は不安?」
 見ようによっては挑戦的な微笑みを浮かべた少女に、女は立ち上がると柔らかくその少女の髪を撫でた。
「嫌な予感がする。………今回は常に姐ちゃんの側におれるワケやなさそうやしな」
「領主様の御子息、工藤新一君のお守りですものね」
 少女の言葉に女が嫌な顔をしたのが、布で隠れていてもわかった。歩く速度を少し上げて、女は乱暴に被っていたフードを脱ぎ去った。
 明るい光の元へ女の色彩が現れる。


 漆黒の瞳と、頭の高い位置で結った、夜の輝きを放つ長い髪が広がり、通行人達が足を止めて女へと目を奪われた。

 特に町の人間達の目を釘付けにしたのは、明らかに遠い異国の人間だろうと思わせる女のブロンズのような肌の輝きだった。





「そこのお嬢さん、お待ちなさい。占って差し上げてよ」


 領主の館に向かう二人に、不意に艶やかな声がかけられる。



 その声が聞こえなかったかのように無視して歩く少女の前に、金糸銀糸を織り込んだ、肌も露わな衣装に身を包んだ女が進路を塞いだ。露骨に嫌そうな顔をした少女はその女の横をすり抜けようとしたが。
「名前は哀ちゃんね。灰原、哀。本名は…」
「その辺にしとき」
 固まった哀を引き寄せると、流れを見守っていた女が険しい顔でその派手な女を見つめていた。
「人の秘密を暴くのはええ趣味とちゃうなあ。ほんまはこの子やなくて俺が目的やろ。一体何の用や」
「精霊を操る者の存在は、古い文献でしか知らなかったわ。お会いできて光栄ですわ、服部平次君」
 旅人の女―服部は肩をすくめると、自分の影に哀を隠した。
「俺も本物の魔女に会うのは久しぶりや。急いでんねん。用やったら手短にしてもらおか、紅子さん?」
 服部の言葉に、さも愉快だと言わんばかりに甲高い声で笑った。
「とても興味深いけれども、精霊使いを敵に回すつもりはなくてよ。それなら一つだけ忠告して差し上げるわ」




 領主の息子はまるで冷たい炎のよう。貴方の心が喰らいつくされないように祈っててさしあげるわ…




 歌うように囁いた紅子は服部の頬に触れると、舞うように雑踏の中に消えていった。
 人々は誰も紅子には気を止めない。
「姐ちゃん、大丈夫か」
「…服部君、あの人は何だったの」
「実体がなかった。意識だけ飛ばしてわざわざ俺達を歓迎に来てくれたようやな。姐ちゃん、ここでは油断禁物みたいや。嫌な気配がそこかしこにある。ほんま、あのお守りは持っといてな」
 心配げに見下ろす服部に、哀は小さく微笑んだ。
「大丈夫よ。…さあ、行きましょう」




 小高い丘の上から町を見下ろすように佇んでいる領主の屋敷は、服部の目には黒い霧がかかっているように映っていた。







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