目の前に立つ女と少女を、新一は一目見るとすぐに大きなデスクに視線を戻して、書き物の続きを再開し、ついでに呼び鈴を鳴らして執事を呼んだ。
「…話は親父の手紙に書いてあった。親父達が戻るまで好きにしろ。ここの使用人も好きに使えばいい」
 無表情に感情のこもらない声で二人に告げると、音もなく部屋に入ってきた背の高い老人に、この二人に客室をと一言だけ告げ、あとはもう全てに興味を失ったかのように羽ペンを走らせている。
 名前すら聞かない新一の態度に哀は軽く肩をすくめたが、老執事が服部と哀を促し、新一に一礼すると、静かに二人を伴って部屋から退出した。






与えられた二つの部屋のうち、哀の部屋で服部は小さな弦楽器の調弦をしながら、様々な色の液体や粉の入った瓶や包みを取り出している哀に、何の気なしに声をかけた。
「あの執事のじーさんは、ええ人みたいやでー」
「あら、新一君は?」
「美人さんやったなー」
「それだけ?」
「んー、きしょい」
 くす、と哀が笑うのに、試しに弦を軽く弾いて服部は口を尖らせた。
「しゃーないやん、あの魔女の言う通りやったなー。ほんま氷みたいやで、精霊かて怯えて近づかへん」
 透明な音に満足げに目を細めた服部は、怪しげな道具をテーブルに並べて点検している哀へと目線を移した。
「ほんで姐ちゃんの感想は」
 指輪を、と言われ両手を飾っていた石のついた指輪を全て哀に渡しながら、服部は戯れに聞いてみた。
「興味ないわね」
「うわ、きっつう」
 厳しい目をしながら指輪を一つ一つ点検していき、哀のベッドで笑い転げている服部に、次にネックレスを要求する。
 留め金を外して哀に渡すと、服部は一つ一つ指輪を元の指にはめていきながら、次いでイヤリングも外した。完璧主義の薬師が、自分の仕込んだ薬を全て点検するのはいつもの事だ。
「…まあでも、貴方は彼を見捨てておけないでしょう?」
「姐ちゃんもやろ」
 難儀なモンやなあ、と服部は苦笑して、哀は呆れたように溜息をついた。






 傍らに置いてあった紅茶は既に冷めていた。新一は微かに眉を寄せたが、そのまま口に含むと溜息をついた。
 特に必要な書類はあらかた片付け、シンプルな品の良い椅子の背にもたれかかった。
 長時間目を酷使した為に、瞼を閉じても鈍痛がする。
 先ほどの父の従者だとかいう女達を思い出す。
 てっきり男が来ると思っていたが。あんな女達など旅には逆に荷物になるだろうに。しかも一人はまだ幼い少女ではないか。身の回りの世話や夜伽の相手をさせているのか、とフと思ったが、あのヤキモチ焼きの母がそんな事を許す筈もない。いったいどんな経緯で父達と知り合い旅を共にしてきたのか、新一には想像もつかなかった。
 だが。



 まあいい。俺には関係ない。



 窓からは充分な程の暖かく柔らかな光が差し込んでいたが、それすらも霞んでしまうような重たい空気。

 目頭に当てていた指をどけて、ゆっくりと開いた新一の瞳は、どこまでも硬質な輝きを放っていた。







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