Detective...    2001.10.29.サイト1周年記念オンライン小説

 夏の日差しが一層きつくなる、晴れた日の午後。いつもと同じ景色。空は晴れ渡り、とても清々しい絶好の行楽日和。しかし、そんな天気とは対照的に、いつもの能天気さは一体どこへ消え失せてしまったのだろう…夕暮れに染まる東京の地に、暗く沈んだ表情の服部平次がいた。




 今日は蘭との約束があった俺は、日中ずっと出掛けていた。自宅に着いたのは丁度午後7時を回った頃。玄関先にふと見覚えのある影を見つけた俺は、小さな溜め息を吐いた。玄関の扉に凭れ掛かって転寝しているのは、嫌になるくらい見慣れた顔の服部だ。今日も予告無しに俺の家を訪れた服部は、数時間、俺の家の前で待ち惚けを食っていたらしい。いくら日中の日差しが暑くなっていても、初夏は初夏。この時間ともなれば風もまだ多少冷たくなる。
 こんな所で転寝してたせいで明日具合が悪くなり、迷惑被るのはまっぴらごめんとばかりに俺は慌てて服部を起こしにかかった。暫くして目を覚ました服部は寝惚けた顔で俺を見て、彼の意識がはっきりしてきた辺りで家の中に招き入れ……そこまでは良かったのだが、何だか様子がおかしい。あいつの回りだけ空気がどんよりしているのだ。いつもバカみたいに明るい奴がこうもヘコんでいるのは大問題だ。一体どうしたもんだか…。
 今も、俺の隣で一緒にビデオを観ながら、あいつのところだけどしゃ降りが降っているようだ。いつまでもこんな調子じゃこっちまで暗くなってしまう。居心地が悪い。けれど、さっきから声を掛けてはいるものの、返ってくる返事は、やっぱりあいつらしくない曖昧なものだった。
 初めは落ち込んでいるあいつを気遣って、なるべく優し気に声を掛けていたが、こうもはっきりしないと段々腹が立ってくる。大体、何の為に俺の所に来たんだ。話を聞いてほしかったんじゃないのか!?
 俺はビデオを止めると、苛立ちを隠さずに荒々しく服部の肩を掴んだ。
「おい!いい加減にしろよ!!何があったか知らねぇけど、いつまでもそんな態度取られちゃこっちまで伝染っちまうんだよ。ずっとそんな調子でいるつもりなら帰れ。迷惑だ。……まぁ、事情を話す気があるんなら聞いてやるけど…」
「……………」
「…話す気は無い?じゃあ、帰ってもらいましょうか。はい、お帰りはあちら」
 相変わらず黙ったままの服部に、リビングの扉を指し示して帰れと促す。わざわざ東京まで来た奴だ。素直に帰るとは思わなかったが。
「……そうやな…、帰るわ。俺、今日おかしいねん…。嫌な気分にさしてもうて悪かったな、工藤」
「えっ……ちょ、ちょっと、おい!?服部!!」
 まさか、本当に帰ると言い出すなんて思わなかった。予想外の行動に一瞬反応できず、俺の目の前を通り過ぎて扉へと向かう服部の後姿にはっとして、慌ててその腕を掴んだ。力無く立ち止まった服部を引っ張ってこちらを向かせ、両肩に手を置くと顔を覗き込む。いつも強い意志で輝いている綺麗な瞳は伏せられ、心なしか揺れていた。
「一体どうしたってんだよ、服部…。全然おまえらしくねぇじゃんか……。何があったのか話してみろよ。力になれるならなってやるし。……それとも、俺には言えないことなのか?」
 本当に、マジで心配になってきた。ここまで服部を追い込んだものは、一体何なのだろう。
 沈黙が辺りを支配する。
「…………あ…、あのな……」
 長い沈黙を破ったのは服部だった。ずっと閉ざされたままだったあいつの口が、重たそうにようやく開く。唇が微かに震え、あいつの身に起こった出来事の深刻さを物語る。それはまるで、何かに怯えているようでもあった。
「ん?何?」
「……あ、のな………。昨日、1週間前に起こった殺人事件の犯人が捕まったんや…。会社の同僚に強請られとって、我慢できんくなってとうとう殺ってもうたっちゅう、そんな珍しない事件やったんやけどな……色々調べていく内に、事件の裏に複雑な人間関係っちゅうんかな……そんなん絡んどってん。強請っとって殺された奴も上司に弱み握られとって、仕方無しにやっとったらしいっちゅうことがわかったんや……」
「……それで?」
「…で、それを関係者集めて話したん……。犯人も愕然としとったけど、凄かったんが被害者の恋人やねん……。彼女、初めはあの人を殺した犯人を憎んどったけど、今は事件解いた俺が憎い言うたんや………」
「……………」
「『あの人が恨まれるようなことして殺されたんやったら、その程度の人やったんやって無理にでも納得しようって思うた。けど、そんな事実聞かされたら…彼も強請られとって無理矢理やっとったやなんて知ってしもたら、遣り切れなさで一杯になる。これから先ずっと、事実を知ったことでこの幾倍にもなった悲しみと怒りを抱えて生きていかなアカンやなんて耐えられへん』言うて…………っ」
 服部がそこで息を詰める。その先は聞かなくてもわかった。この事は……。
「…そうか。あの事件、おまえも関わってたんだな……」
「………っ…」
 今朝方のニュースや朝刊で報じられていた、大阪の事件。犯人逮捕後、被害者の元恋人が謎の投身自殺。そんな見出しが付いていた。マスコミは、事件関係者を死に追いやった警察を批判していたけれど……。
 大切な人を失った悲しみと怒りに負け、その失念から自ら命を絶った彼女。
 服部は多分、いや、恐らく自分の所為で彼女を死なせてしまったと思っているに違いない。少なくともきっかけを作ってしまったことは間違いない。真実を告げたことで失ってしまった生命。
『犯人を自殺させちまう探偵は、殺人者と変わらない』
 以前、俺が服部に言った言葉だ。俺の辛い経験から出た言葉だったが、服部はそれを命がけで実行したこともあった。でも、今回彼は事件関係者を死なせてしまった…。服部の受けた衝撃は計り知れない。
「…俺……っ、俺、屋上に上がるあの人を追いかけたんや……。追いかけたのに、間に合わへんで………っ……目の前で………っ…!!」
 なるほど…。事件の概要はわかった。こいつが落ち込んでいた原因もわかった。だが……。
 服部は、事件当時自分の瞳が映した光景を思い出したのか、わなわなと震える両手で顔を覆う。
 俺は服部をソファに座らせ、落ち着かせるために柔らかく肩を抱いてやった。そのまま自分の方へと引き寄せる。緊張して硬かった服部の身体から徐々に力が抜けていき、俺の胸に体重が預けられる。小刻みに震える肩を、子どもをあやすみたいに軽くポンポンと叩いてやりながら、俺は意を決して口を開いた。
 確かめなくてはならないことがあった。
「……それで、おまえはこれからどうするつもりだ?」
「………どうするつもり……て……」
「とぼけんな。意味はわかってるんだろ?これからも、探偵を続けていくのかってことだ」
「……………」
 俺の胸に顔を押し付けていた服部が、一瞬ビクッとする。この出来事を乗り越えて探偵として、人間としても一回り成長できるか。それとも、彼女の「死」に負けて探偵をやめちまうか……。重要なことだ。俺たちは探偵ゴッコをしているわけではないのだから。
 本当は、探偵の仕事なんて無い方が良いに決まっている。でも、人間関係の中に疑いが生じたり秩序を乱す奴がいる限り、俺たちの仕事は無くならない。これからも、このような結末を招いてしまうことが、もしかしたらあるかもしれない。
「人間なんて弱い生き物だ。彼女も弱かったから死んでしまった。またそんな事件に関わった時、過ちを繰り返さずに正しい道へと導いて行けるか?」
「……………」
 服部は何も言わない。俯いているため、表情も見えない。
 俺の中で二つの感情が鬩ぎ合う。一つは、ライバルを失いたくないという気持ち。もう一つは、立ち直れないのなら探偵なんてやめちまえ、という気持ち。半端な気持ちのままでは、取り返しのつかない事態になり兼ねない。どちらにしても、その二つの中に共通している感情は焦燥感だった。
 問い掛けたくせに、答えられるのが怖い。
「………俺は……」
「……………」
「俺は、探偵を続ける。今回のことは一生忘れへん。忘れられへん。もう二度と、誰にもあんなことさせへんよ。例え自分で自分の命絶つ言うても、それは立派な殺人なんや。命を粗末にするんは許さへん」
 ゆっくりと、服部が俯いていた顔を上げる。何かが吹っ切れたようで、そこにはいつもと変わらない、強い光を取り戻した前向きな瞳があった。



 それからの服部は調子を取り戻し、毎度のボケをかましながら帰って行った。もう、心配は無いだろう。
「死んでまおうとする弱い人間がおったら、俺らはその人を助けたるんや。それは『探偵やから』とかそんなんと違て、『人間やから』や。せやから、俺は探偵を続ける」
 帰り際に服部が言った科白だ。あまりにも安易に人を殺したり傷つけたり、死んだりする人間が多い世の中。おかげで俺たちの仕事は無くなりそうもない。
 人が人を殺す理由はわからない。頭で理解は出来ても、気持ち的にどうしても納得はできないし、わかりたいとも思わない。他の生命を弄ぶ奴は最低だ。だが、それを止められないのはもっともどかしい。
 服部の言葉を聞いた時、ふと思った。

―――俺は一体何の為に探偵をしている……?

 今まで考えたことも無かったその問いかけに答える声は無く。もしかしたら、無意識のうちに避けていたのかもしれない疑問に明確な解答も得られぬまま、置き去りにされた感情が、俺の中で渦巻いていた。




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