時計が時を刻む音とMDレコーダーの機械的な音が楽屋に響いている。 俺は時計をチラッと見てから、目の前で服部と談笑している女性に声をかけた。 「河合さん。僕たちこの後会見があるので、申し訳無いんですけど、巻いてお願いします」 それまで他愛の無い話で盛り上がっていた顔馴染のライターである女性…河合さんは、俺の言葉にハッとしたように腕時計を確認する。少し茶色がかったセミロングがよく似合っている彼女はなかなかの美人であるのだが、たまに仕事を忘れてしまうところがタマにキズだ。 俺は密かに肩を竦めた。 「ごめん、ごめん〜。じゃあ、ちゃっちゃと終わらせるね。これが最後の質問」 河合さんは膝に置いたメモを見ながらそこで一端言葉を切ると、俺と服部を交互に見てから指を差してきた。 「ずばり!『二人にとって、お互いとはどんな存在か?』」 彼女は面白そうに俺たちを眺めている。やっと本題か…と、俺は息を吐いた。 実は、俺と服部はこの夏からグループを結成することになったのだ。 服部とはこの事務所で知り合った。正確に言えば去年の夏、幼馴染みに勝手に送られた履歴書のお陰でオーディションを受ける羽目となってしまった彼が、何と合格してしまったためだ。数千人いた応募者の中で、合格できるのはほんの一握り。そのときによっては合格者すら出ないこともある程厳しいことで有名なウチのオーディション。しかし、そんな他人も羨む合格も、あいつにとっては不本意なことこの上無かったことだろう。初め、服部は気乗りしない様子で合格を辞退しようとしたらしいのだが、社長に連れて来られた俺と目が合った瞬間、あいつの中で何かが弾けたようだった。 「工藤くん、こちら、先日のオーディションで合格した服部平次くん。服部くん、こちらはウチのタレントの工藤新一くんだ。じゃ、私は戻るから、少しの間二人で話をしていてくれ」 「えっ?ちょ、ちょっと!社長!!」 俺の声も虚しく、社長は言うだけ言うとそのまま部屋を出て行ってしまった。 事務所に用があって立ち寄った俺のところに突然社長が「丁度良かった。すぐ来てくれ」と言って、俺が返事を返す間もなく腕を引かれ、何事かと思ってついて行ったら、ミーティングルームに知らない奴がぽつんと座っていて。しかも、そのままこの広いミーティングルームに2人にされるという事態に、俺は社長の意図が全くわからず黙り込んでいたが。暫くして、服部が俺に話し掛けてきたのだ。はにかんだ笑顔を浮かべながら。 「俺……あんたのファンなんや……」 それを聞いて、ようやくここに二人にした社長の意図が何となくわかった。と、同時に、俺は戸惑いと苛立ちを覚えた。俺はTVでは誰に対しても結構饒舌だが、普段はどちらかというと自分からベラベラ喋ったりしない。それを社長は知っているはずなのに、いきなりこんな所に知らない奴と二人っきりにされてもどうして良いのかわからない。事務所はそんなにこいつが欲しいのか。どこにそんな魅力があるのだろうかと、彼を観察するように見詰める。 「…あ、そうなんだ……。ありがとう……」 取り敢えず、そんなことしか言えなくて、俺は再び黙り込んだ。目の前の服部はきょとんとした表情をして俺を見つめていたが、すぐに人懐こい笑顔を見せると勝手に喋り出した。 ずっと黙って、時々相槌を打ちながら服部の話を聞くとも無く聞いていた俺だったが、ある話題に服部が触れた途端、ハッとして服部の顔を見た。 ―――…「エラリィ・クイーン」が、何だって…? 俺は自他ともに認める程の推理オタクだった。でも、周りには同じような趣味の人間はいなくて、こういう仕事をしている立場からも、気軽に仲間を見つけることも出来なかった。だから、俺は誰ともそのような話をしたことが無かったのだけれど、今、服部が振ってきたのは紛れも無く…。 「俺な、めっちゃ推理小説が好きなんや。工藤は確かホームズが好きなんやんな?俺はコナン・ドイルもたまに読むけど、エラリィ・クイーンが一番好きやなぁ…」 俺はまじまじと服部を見詰めた。俺のファンだって言うから、もしかして俺に話を合わせようとしているのかもしれないと思ったからだ。けれど、話をしている服部の表情はとても輝いていて、本当に好きなんだということが理解できた。それに、半端じゃない程本を読まなければわからないようなことも言っていたし、これは間違いなく本物だ。 それからはお互い推理小説が好きだということで盛り上がり、意気投合した俺たちは、その後何かと言うといつも一緒で、事務所の配慮もあってバラエティ番組にも一緒に出るようになっていた。 で。とうとう今夏、めでたく(?)グループ結成に至ったわけである。 社長曰く、服部を合格させたのは、履歴書の趣味欄(「読書(推理小説全般)」と書かれていたらしい。俺もそうだしな。)に興味を持ったのと、実際に容姿や声、歌唱力等が優れていたためだそうだ。もしかしたら、あいつの履歴書を見た瞬間から、俺とグループを組ませるつもりだったのかもしれない。 ちなみにグループ名は『EAST@WEST(イースト・ウエスト)』(ちなみに、略すと「東西」だそうだ(乾いた笑い))。真ん中の「@」が意味不明だけど、まぁ、IT社会だし、事務所のおエライさんが勝手に決めることだから、俺たちは何も口出し出来ない。しかも、関東人と関西人のユニットだからって安易過ぎるっての。雇われる側って辛いよなぁ…。 まぁ、そんなわけで、今回の取材もこの後控えている記者会見も、コンビ結成に関するものだったりする。河合さんがしばしば脱線するお陰で、なかなか取材は進まなかったのだけれども。どうせ、話した内容の殆どがカットされるんだから、正直言って俺としてはさっさと終わらせたい気持ちで一杯だ。 俺は椅子の背凭れに寄り掛かりながら、足を組んだ。 「そうですね…良きライバルって感じでしょうかね」 「それだけ?」 「そうです」 「え〜〜〜。もっと喋ってよぉ。今回これで特集組んでるんだから」 文字通り一言で終わらせた俺に、河合さんが不満気な顔をする。 「そんなこと言われましてもね……」 「お、俺はなぁ、工藤のことは〜……」 俺が困ったような顔をして見せると(こういうとき、役者って言うのは便利だと思う)服部が庇うように口を挟んで来た。慌てたように繕われた笑顔が正直すぎて少し引き攣っている。…可愛い奴(壊れている)。 「何何?服部くんはちゃんと話してくれるの?」 河合さんとはガキの頃からの付き合いだ。俺の性格をよくわかっている彼女は、早々に諦めて矛先を服部に向けた。 「えぇと……そうやなぁ…工藤が言うた通り、良きライバルっちゅーのも勿論やけど、元々俺は工藤の一ファンやったわけやから、憧れとかそういうものあるな。あぁ、今は憧れとはちょっとちゃうかも。ん〜……何やろ……ええ言葉が見つからへんけど、俺は工藤のためやったら何でも出来るわ。取り敢えず、まぁ…そうやな……工藤とは親友でもあるし、お互いに高めあ合えるライバルでもあるし、めっちゃええ関係やと思うとるよ」 流石関西人。話し出したら止まらない。ペラペラと話す服部に河合さんも満足そうに頷く。一区切りついたところで、ようやく彼女は机の上のMDレコーダーを止めた。 「ありがとう。それじゃあ、今日はこの辺でね。また来月お願いします」 手早く書類とMDを鞄に仕舞い込んで。 「会見、頑張ってね〜」 にっこりと笑って手を振りながら出て行く河合さんと入れ違いに、マネージャーが待ってましたとばかりに飛び込んで来た。当然ながら、時計を気にしている。 「やっと終わったか。おい、早くしろ!遅れちまうぞ!!」 「すみません」 「じゃあ、俺は会場にいる事務所の奴に連絡してくっから、先に行ってろ!」 「わかりました」 「あっ!高木か!?これから二人がそっち行くから……えぇ!?ヨーコちゃんも来てる!?」 マネージャーの毛利さんは、俺が返事をするかしないかの内に携帯を取り出して慌しく走って行った。それを肩を竦めて見送り、俺も時間を確認して歩き出した。 楽屋を出て足早に会見会場までの廊下を歩きながら、横を歩いている服部がふと思い出したように笑いながら俺の顔を見た。 「取材とか会見とかあると、改めて初めておまえと会うてもう一年が経つんやって実感すんなぁ。あんとき、ミーティングルームに社長に連れられて来たおまえ見てめっちゃ感動したんや。けど、おまえあんまり乗り気やなかったやろ?俺の話にこやかに聞いてくれとったけど、何処か威圧感っちゅーんかなぁ?感じてん。ほんで、俺がエラリィ・クイーンの話したら、途端に目の色変えたやん?それ目の当たりにして、やっぱ俺、そんな工藤んコト好きやって思うたん覚えてるわ」 照れも無く、さらりとそんなことを言ってのける服部。心の底から笑いかけているとわかる服部の顔を見ていると、幼い頃から汚れた芸能界で生きてきた自分の荒んだ心が洗われるようだと思う。いつも。自然と表情が和らぐ。 俺は小さく口元に笑みを浮かべながら服部の頭を殴った。突然のことに避けられなかった服部が、小突かれた頭を擦り擦り涙目になりながら大声を出す。 「何すんねん!!いきなり!!痛いやないか!人が折角褒めたってんのにっ!!」 「ま、確かに俺は人気者だからな〜おまえがトキメいちまうのもわかるぜ♪」 「……嫌な奴やなぁ…人の好意をなんやと思うとんねん…。……けど、事務所がココで良かったわ。お陰で、ずっとTVの中でしか見てへんかった人気タレントのおまえと何でかグループ組めたし。おまえの相乗効果で俺もいつの間にかそこそこ人気出てきたし。シンデレラボーイって、こういうのを言うんやろな」 しみじみとそんなことを言い出した服部に、俺は先程殴った彼の頭を今度は優しく撫でた。 「きっかけがどうであれ、おまえの人気が出たのは俺の相乗効果なんかじゃねぇよ。まぁ、確かにそれも少しはあるだろうけれど、それはおまえの実力だから。もっと自信持っていいぜ」 「工藤……」 この俺から、まさかそのような言葉が出るとは思ってもいなかったのだろう。服部は大きな瞳をもっと大きく見開いて俺の顔をじっと見詰めた。この一年間、何とも思っていなかったのが嘘のように、自分の気持ちに気づいてしまった今は何気ない風を装いながらも、いつも見詰めている顔。 そんな秘めた想いを抱きながら、俺は服部に笑いかける。 「芸能界に十年以上いるんだぜ、俺は。おまえよりは事情も知ってるし、少しは信用しろよ」 暫く、服部は俺の顔をぼーっと見詰めていたが、不意に少し頬を赤らめると誤魔化すように笑った。 「……そうやな。ほな、記者会見、頑張りましょか!」 「おう!変なこと言うんじゃねぇぞ」 「何をや。何も変なことなんかあらへんやん」 そんなことを言い合いながら、会場の扉を開く。社長や事務所の人たちはもう既に来ていて、扉が開いた気配に会場にいた全員がこちらを振り向いた。去年行った服部のデビュー会見のときとは比べられない程の報道陣の数だ。一斉に沸き起こった拍手の大きさに思わず尻込みする服部を先導するように、俺は先に入った。 俺たちが席に着くのと同時に、司会のアナウンスが会場内に響き渡った。 「皆様大変長らくお待たせ致しました。それではこれより、EAST@WEST結成記念記者会見を行います」 END |
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