プロローグ (修学旅行なんてかったりぃ…) 手摺りに凭れながら、和気藹々とはしゃいでいるクラスメイト達を眺め、新一は詰まらなそうに欠伸をした。 新幹線で三時間。一日目に訪れたのは、関西一の都市である大阪だった。 そのシンボルでもある大阪城を経て、もう一つの大阪の顔であるここ通天閣と回って来て、新一は眼下に広がる大阪の街を見下ろした。 ここには幼い頃、著名な小説家である父に連れられて何度か来たことがあったため今更という気がしないでもない。東京の下町のような雰囲気の新世界。お馴染み、づぼらやのフグの看板などを見つけては物珍しげに騒いでいる同級生を尻目に、彼は息を吐くと一足先にエレベーターへと向かった。 途中、地元出身らしい教師が生徒に囲まれて大阪のオススメなどを色々聞かれている。満更でも無さそうに、寧ろ楽しげに生徒と一緒になって笑っている横を興味無さげに通り過ぎ、丁度来たエレベーターに乗り込もうとした。その瞬間、後ろから腕を掴まれる。突然のことに新一は驚いたが、すぐにその相手がわかり、腕を取られたまま構わずその人物と一緒に乗り込んだ。 閉ざされた空間にガイドの声だけが響く。何か言いたげな視線を斜め下から感じて目をやった彼は、隣でじっと自分を見つめる少女と目が合った。 一寸した振動を伴い、エレベーターが下に着く。それを降りると同時に彼女が口を開いた。可愛らしい唇を不満げに尖らせる。 「ちょっと、新一。今はグループ行動でしょ?勝手に動かないでよ」 「だって俺、通天閣は何回も来てっから、あんまり新鮮味が無いんだよな〜…。それなら、下で本読んで待ってる方が良い」 「もう…」 集団行動の意味すら知らないようなマイペースすぎる彼の言動に、彼女は呆れたように腰に手を当てた。彼のこんな行動は今に始まったことではない。それを熟知している彼女は、鞄から携帯を取り出すと、おもむろにキーを押し始めた。 「……あ、園子?ごめん、先に新一と下に下りたから……うん…うん、ごめんね。じゃあ、待ってるね」 ピッと軽い音を立てて通話を切る。何だかんだと文句を言いながらも、結局は新一の好きにさせる彼女。新一は素知らぬ顔で歩きながら微かに微笑んだ。 「…そうだ、蘭」 「え?なに?」 良いことを思い付いたとばかりに上機嫌に振り向いた新一に、蘭が不思議そうに小首を傾げる。 「この近くに、すっげぇ美味いソフトクリーム売ってる店があったはずなんだ。行ってみねぇ?」 「本当?」 忽ち嬉しそうに破顔する蘭に気を良くして、新一は彼女の方を向いたまま話し続ける。 そうして、蘭に気を取られて注意力散漫に歩く彼の行く先に階段があることに気付いた彼女が慌てて叫んだときには既に遅く。 「あっ、危ないっ!新一っ!!」 「え…っ」 途端、足を踏み外した彼の体は重力に引かれてガクンと傾き、妙な浮遊感に襲われる。 驚いて目線を戻した彼が見たのは、全てが逆転した世界。逆さに映る地面と青空と通天閣。それから無数の階段。コンクリートの冷たい灰色が面前に迫る。 落ちる…と、衝撃を覚悟して反射的に目をきつく瞑った瞬間、彼は身体に感じる違和感に気が付いた。恐る恐る目を開けると、波紋を広げた水面のように歪んだ空間が目の前にあって。突如、目映いばかりの光が放たれ、視界も思考もフェードアウトする。 (な…んだ、これ…っ!?) 「新一―――っ!!」 ぐにゃりと奇妙に捻じ曲がった空間に落ちていく。真っ暗な穴に飲まれるみたいに。 彼を呼ぶ蘭の声だけが遠くに響いていた。 1. 目が覚めたら、見知らぬ部屋の中でした―――…。 軽い頭痛を覚え、新一が薄っすらと目を開けると、ぼやけた視界に見慣れない天井が入ってきた。夢見心地に何度か瞳を瞬く。次第に視界がクリアになるにつれ、頭も徐々にはっきりしてきた。 「!?」 ガバッと起き上がり、辺りを見回して呆然とする。先程まで蘭達と通天閣にいたはずなのに、彼が今いるのは見たことも無い部屋のベッドの上で。 「……どこだ…?ここ……」 状況が把握出来ず、困惑しながらキョロキョロと見回す。 ベッドの傍にある椅子には新一が着ていたはずの青いブレザーが掛けてあり、空調が効いているのか、部屋の中は心地良い温度に保たれている。 「え……何で俺、こんなとこにいるんだ…?」 確か…と、額を片手で押さえながら思い返す。 今日から修学旅行で、大阪城と通天閣に行って……それから、階段から足を踏み外して落ちそうになって…と考えてハッとする。あのとき感じた奇妙な浮遊感と、目の前で七色の光を放ちながら塒を巻いていた空間の渦。それはパックリと大口を開き、新一を飲み込んだのだ。まるでブラックホールのように。なす術も無く落ちていく中で新一の記憶は途絶えた。 捻じ曲がった景色とシャットアウトされる五感。それらを思い出した途端ゾッとして背中を悪寒が走った。 一体自分はどうしたのだろう。ここはどこなのだろうか。 ベッドから立ち上がり、すぐ傍の窓から外を見ても、通天閣はどこにも見えない。あんなに高い建物なのだから、ある程度離れていても見えそうなものなのだか。目の前に聳えるのは、この家の庭に植えられた立派な桜の木だけだった。 眉を顰めて室内を振り返る。 窓際に置かれた勉強机と本棚。壁には何枚かバイクのポスターが貼ってある。クローゼットには数着の上着と学生服。その様子から、どうやら自分と同年代の少年の部屋のように見え、新一はますます顔を顰めた。 もし自分に何かあったのならば、蘭が教師に連絡をするはずだ。そうなれば、自分が運ばれるのは病院のはず。 それなのに、どうしてこんなところにいるのだろうか。 新一は自分が置かれた状況を把握出来ず、痛む頭を押さえた。 と、そのとき、何の前触れもなく扉が開いた。新一が反射的にそちらに顔を向けると、開かれた扉からひょっこりと顔が覗く。健康的な褐色の肌をした少年だった。 少年は、てっきりまだ新一が眠っているとでも思っていたのだろう。窓際に佇む彼に目を丸くすると、すぐさまパッと顔を輝かせて軽い足取りで部屋に入ってきた。 「気ぃ付いたんやな!良かったわ〜」 ニコニコと屈託なく笑う彼に何を言えば良いのかわからず黙っている新一に構わず、彼は持っていたトレイを勉強机に置いた。椅子を引っ張り出して腰掛ける。 「気分はどうや?どっか痛いとことかあらへんか?」 背凭れに両腕を乗せ、椅子に後ろ向きに座って人懐っこく話しかけてくる少年を、新一はじっと見つめた。 どこかで会ったような気がする。けれど、どこで会ったのかわからない。思い出せない。デジャヴかと首を捻る。 妙な既視感に、自分はそれ程混乱しているのかとぼんやり考えていた彼は、無意識に少年を凝視していたらしい。少年は不思議そうに何度か瞳を瞬いた後、すぐに何事か思い当たった様子で大きな瞳を綺麗な弓形に変えた。 「あぁ、自己紹介がまだやったな。俺は服部平次言うねん。よろしゅうな」 「…あ、俺は工藤新一……」 満面の笑みを浮かべて手を差し伸べる平次に戸惑いながらも右手を伸ばす。ぎゅっと握り締められた手はすぐに離された。 「それにしても、吃驚したで。おまえ、道に倒れとってんやんか。そんで俺ん部屋に運んだんやけど…」 行き倒れかと思うたわ〜と、カラカラ笑う平次に目を丸くする。 「え?道に…?倒れてた……?」 「そうや。すぐそこの道で……って、なんや、覚えてへんのか?…っちゅーか、その制服この辺のとちゃうやんな?自分、どっから来たん?」 新一とベッドサイドに掛けられたままのブレザーをまじまじと見比べる平次に我に返る。鮮やかなブルーのブレザーと、緩めてはいるが締めたままのグリーンのネクタイ。それは、新一の通う帝丹高校の制服だった。 「あ、俺…今、修学旅行中で…」 「ああ…」 しどろもどろな返答に、平次は合点いったとばかりに大きく頷く。背凭れから身体を離して訳知り顔で腕を組み。 「せやったら迷子か。見かけによらずドジなんやな〜…」 あまりに真面目な顔で言うものだから、新一は一瞬呆気に取られてしまった。そして次の瞬間憤慨する。 「違う!!俺は階段から落ちて、それで―――……」 勢い良く顔を上げて力一杯否定し、不意に言葉を止めた。 |
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