あたりまえの奇跡  カップリング創作好きに100のお題 No.061)






「ふぅ…大体片付いたわね。はいっ、じゃあ、大掃除終了!お疲れ様、コナンくん。もう遊びに行っても良いわよ」

 明るい声で年末恒例の大掃除終了が宣言され、コナンは持っていた雑誌をビニール紐で縛った。
(…とは言うものの、俺ん家の掃除が残ってるんだよな…)
 面倒だし疲れたし、今は誰も住んでいないのだから今年は良いかな…とも思ったが、数多くある蔵書が気になる。
 たまに蘭が掃除に訪れてくれているとは言え、当然、そうしょっちゅう来てもらえるわけではないし、どうしても溜まる埃が本にとって良いわけがない。
「それじゃあ、僕、博士のところに行って来るね!」
 可愛らしく手を振り、笑顔の蘭に見送られてコナンは探偵事務所を後にした。


 取り敢えず、一度自宅に戻ろう。
 海外を飛び回っている両親からも、そろそろ新刊やら大量のファンレターが入った段ボールやらが届く頃だ。
 不在の工藤家の代わりにいつも届け物を受け取ってくれている博士も、もう大掃除を終えていることだろう。早く引き取りに行かなければ。
 しかし、一人で片付けるには工藤邸は広すぎる。
 今までは業者に頼んだりもしていたけれど、流石にこの姿ではそうもいかない。
 どうしたものか…と歩きながら考えを巡らせるコナンの頭を、瞬間、過ぎる面影。
 こんなとき、脳裏に思い浮かぶ人物はたった一人だった。
 「あいつならきっと暇だろうから」とか何とか自分に言い訳をして、コナンはポケットから携帯を取り出した。








「……ほんで、俺が呼び出されたっちゅーわけか?」
 博士の家から荷物を引き取ったコナンは、まず、蘭に博士の家に泊まる旨を話し、大して汚れていないリビングやダイニングを軽く片付け始めた。
 大方終わり、一息吐いていると、不意にインターホンが鳴り響き。壁の時計を見上げる。
 心なしか逸る気持ちを抑えながら応対に出ると、案の定息を切らせた平次が立っていた。
 自分の家の大掃除でも扱き使われたというのに、ここでもまた手伝わなければならないのか…と、玄関先で言葉少なに事情を聞いた西からの来訪者は唇を尖らせた。
 しかし、口で幾ら文句を言っても、たった一言「これから来れるか?」と言われて用件も聞かず、二つ返事で飛んで来た時点で説得力が無い。
 未だ肩で息を吐く平次にコナンの瞳が不適に笑む。
「いいだろ、別に。どうせこっち来るつもりだったんだろうし?」
「うっ…」
 平次が肩から下げた大きなドラムバッグに視線を流せば、途端にうっすらと頬を染めて言葉を詰まらせる。
 見るからに正月まで居座る気満々な彼に、緩む顔を隠すようにしてコナンはふいっと背を向けた。
「兎に角、さっさと終わらせるぞ」
「……相変わらず、偉そうなやっちゃな〜…」
 呆れた口調を背中に受け、チラッと後ろを省みる。
 彼にとっては飛びきりの餌を唇に乗せて。
「その代わり、終わり次第、書斎を大開放…」
「ホンマか!?ほな、早よやってまおうや!」
「………現金な奴」
 言い終わるより先に嬉々として餌に飛び付いた平次は、早速とばかりに家に上がり込む。
 上機嫌に鼻歌を歌いながらリビングに荷物を置く彼を見ながら、コナンはそっと溜め息を吐いた。

 掃除用具一式を渡されて頷く。
「おん、了解や。工藤、本に囲まれてるから言うてサボるんやないで?」
「バーロー。時間ねぇのに、んなことすっかよ」
 ひらひらと片手を振りながら「客間は階段の隣だから」と言って書斎に消えた小さな後ろ姿を見送って、平次は手に一杯の用具を抱えて二階を目指す。
「え〜っと…客間客間……おっ、ここやな」
 教えられた部屋の扉を開けると、見事なまでに真っ白な埃に出迎えられた。
「うわっ……流石、ずっと使うてへん部屋やな…えらい埃や」
 一歩踏み出せば、突然の侵入者に静寂を守っていた部屋が抗議するように埃が舞い上がる。
 少々咳込みながらも掃除のし甲斐のある部屋を前に、平次は腕捲りをすると掃除機を手にした。








 黙々と掃除をする傍ら、時間は刻々と過ぎ。
 フローリングから始まった客間の大掃除は、本棚に机、ベッドに至るまで、何とか拭き掃除まで終わった。
 すっかり綺麗になった室内に満足して笑顔が零れる。疲労と達成感漂う表情で額の汗を拭う。
「はぁ……何とか終わったなぁ…」
 雑巾を絞りながら嘆息する。
 これで、今夜はどうにかここで寝られそうだ。
 大活躍したバケツと掃除機を持って立ち上がる。家主に清掃完了を知らせるために廊下に出た。
「く〜ど〜お〜、終わったで〜♪」
 ここで言っても聞こえはしないのに、やっと任務から解放されて足取りも軽くなる。
 ニコニコ顔で機嫌よく扉を閉めた平次は、ふと、微かに開いている扉が目に入って小首を傾げた。
「あれ?あの部屋…」
 近づいて、閉めようと手を伸ばす。
 だが、何を思ったか寸前でその手を止めた彼は、若干湧き出た好奇心に暫し逡巡した後、辺りを見回すと隙間からそっと中を覗き込んだ。
 整理整頓された部屋の内部が窺える。狭い視界の中、スチールラックの上部に飾られたサッカーボールが見えて、この部屋の主に合点がいった。
「工藤の部屋か?…何や、結構片付いてるやん」
 掃除用具を床に置くと、遠慮も無く扉を開け放って足を踏み入れる。
 初めて入った彼の部屋をぐるりと見渡す。
 同年代の部屋にしては整然とした印象で、あまり生活感が感じられなかった。
 今はここに住んでいないのだから当たり前か…とも思いながら、何気なく本棚に目を移す。
 参考書や数多の推理小説に混じって、黒いファイルが何冊かあった。
 背に何も書かれていないそれらに少々興味をそそられ、一冊引き抜いて捲ってみる。
「あ…」
 てっきり、彼が高校に通っていた頃のプリントか何かを纏めたものだと思ったそれには、数々の事件の新聞記事がスクラップされていた。
 彼が関わったものからそうでないものまで、様々な事件の記事が丁寧に納められている。
 新一に負けず劣らずな推理好きの平次が興味を惹かれないはずもなく、それらを目にした瞬間、彼は忽ち瞳を輝かせると夢中になって文字を追い始めた。
 フローリングに座り込み、時間も忘れて没頭する。
 考えるときの癖で顎に指を当てて暫く紙面を凝視していた平次は、ページを捲った拍子に何かがひらりと滑り落ちたところで漸くファイルから目を離した。
「何や?」
 恐らく、どこかのページから剥がれ落ちてしまったのだろう。真新しい新聞記事が落ちている。
 平次は元に戻そうと拾い上げ…そこに記されている文字を目にした途端、驚いたように瞳を見開いた。
 見間違いかと瞬きを繰り返し、自分が手にした記事を食い入るように見つめる。
 そんな彼は背後に近づく気配にも気づかずに、無防備な背中を晒していた。
「…おい。人の部屋で何やってんだよ?」
「…っ!!く、工藤…」
 いつになく低い声に飛び上がる。
 振り向くと、いつの間にか入り口に立っていたコナンが腕を組みながら冷ややかに平次を見ていた。
 ムスッとして瞳の色を強くする。
「…ったく。いつまで経っても降りて来ねぇから様子を見に来てみれば。人には本読むなとか言っといて、自分は何やってんだよ?」
「………」
 手伝ってもらっているくせにどこまでも俺様なコナンを、平次が心ここにあらずな表情で見つめる。
「……どうした?」
 溜め息混じりに小言を言っても何の反応も返って来なくて、コナンは不審げに眉を顰めた。
 いつもなら何らかのリアクションはあるのに…と平次を見返し、そこで初めて、彼は平次が今し方まで読み耽っていたものが自分の事件ファイルであることに気がついた。
「…あっ!」
 その上、よりによって彼が今手にしているファイルにはちょっとした秘密があり、しかも彼はそれを一番見られたくない相手で。
「ば…っ、バカヤローっ!!返せ!!」
 半ば引ったくるようにして慌てて奪い取る。
 意外にもすんなり手を離した平次にホッと息を吐く暇もなく、コナンはぼんやりとこちらを見つめる平次の顔が何故か赤く染まっていることと、片手に握られた紙片を発見するや、その意味を理解して見る見る内に頬を紅潮させていった。
「お、おま…っ、それ……見…っ?」
「く…工藤…これって……」
 あからさまに動揺し、らしくなく吃るコナンに、平次が握り締めていた新聞記事をそろそろと差し出す。
 眼前に突きつけられた記事にさっと目を通し、間違いなく隠しておきたかったものだと確信したコナンは堪らず片手で顔を覆った。構わず、平次がずいっと身を乗り出す。
「これって……俺の…?」
「…………」
 まるで恋にときめく少女のように、どこか期待に満ちた瞳を些か潤ませる彼を一瞥し、諦めたように大きく肩で息を吐く。
 乱暴に髪を掻き上げてホールドアップ。
 自暴自棄気味に早口で一気に捲し立てた。
「…あぁ、そうだよ。おまえがこの間、剣道の試合で優勝したときの新聞記事だ」
 バレてしまっては仕方がないと、未だ熱を持つ頬のまま目を逸らして愛想も素っ気も無く呟く。
 どうにも気恥ずかしい。
 自分が事件以外の記事をスクラップしたことも、それを本人に見られてしまったことも、何もかも。
 本来なら絶対に見つからないはずだったのに。
 けれど、不用心にも彼に二階の客間を片付けさせ、あまつさえ自室の扉をきちんと閉め忘れていたのは他ならぬ自分。何とも不用意なことをしたものだと自嘲する。
「……せやけど、この試合大阪やで?ローカル紙にしか出ぇへんかったと思うけど…」
 仄かに顔を色づかせながら不思議そうに問う彼の指から記事を抜き取る。
「おまえん家に遊びに行ったときに、静華さんからもらったんだよ」
 言いながら、見出しに大きく書かれた彼の名前と、嬉しそうに優勝盾を抱えて笑う写真に視線を落とした。




 数ヶ月前。
 蘭達と訪れた服部邸で、つい先日、強豪揃いの府大会で平次が優勝したのだと顔を綻ばせる静華に見せてもらった新聞記事。
 そして、平次や他の皆がいないときを見計らい、ここぞとばかりに無邪気な子どもの振りをして「平次兄ちゃんの記事が欲しい」と静華に強請った。
 如何にも子ども染みた我が儘なお願いにも関わらず、愛息に懐く可愛らしい子どもの要望に静華は穏やかに相好を崩し。快く譲ってくれたのだった。


 でも、そんなことは口に出さない。言う必要もない。
 これ以上自分のカードを見せられるかと、コナンは取り上げた記事を無言でファイルに挟んで棚に仕舞った。
 じっと見つめる純真な瞳にわざと眉を寄せて不機嫌な表情を作り、人差し指を突き付ける。
「兎に角、おまえサボってたから書斎の開放は無しな」
「えぇっ!!?んな殺生な…っ!!」
 言われた客間はちゃんと掃除したし…!!と必死に訴える平次を冷たく一蹴する。
「無断で人の部屋に入っただろうが」
「うっ……す、すまん…」
 途端にしゅんと項垂れる姿に思わず漏れそうになる笑みを噛み殺して。
 踵を返した彼の後を、叱られた子犬のようについて来る平次にこっそり笑い、コナンはこれからのことを考えていた。





 今年もあと数時間で終わる。
 残りの部屋を二人で片付けたら、夕食に呼ばれている博士の家で賑やかに食卓を囲もう。
 それから、自宅でのんびりと蕎麦を食べながら年越しのカウントダウンを二人で叫び、騒々しく新年を迎えて。
 人混みが好きではないから毎年友人の誘いも断って、いつも家で一人、読書をして年を明かしていた。
 それが淋しいとは一度も思ったことはないけれど。
 でも、今年は傍に温かな笑顔と温もりがある。
 一心に向けられる視線と柔らかな笑顔が、胸にほんわかとした灯火を点ける。
 こんなにも心を穏やかにしてくれる存在が近くにあることが何だか酷く幸せなことに思えて、コナンは密かに微笑を浮かべると静かに瞳を閉じた。



END (2008.12.31/2010.1.1)







●あとがき●

何とも意味不明な話になってしまいました(滝汗)

平次が客間で寝ると話しているところで、この二人はまだ恋愛に発展していない状態ですね(何を他人事みたいに…)
でも、無自覚な片思い(平次は自覚有りとか)という感じで。
ぃぇ……工藤さんの部屋から何かを見つけさせるにしても、工藤さんは間違っても自分の部屋を平次に掃除させたりはしないでしょうし(苦笑)好奇心旺盛な平次に色々発見されそうですもんね(笑)

それにしても、大晦日に大掃除という切羽詰まった状況にしてしまってごめん、二人とも…(><;;





図書館へ     トップへ



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送