南十字が瞬くとき

 段差に気をつけながら階段を下って行く。
 平次は荷物を持った両肩についにダルさを感じ始めたが、前を行く新一に遅れないようにと足早に近付いた。
 彼のすぐ後ろまで追いつくと、思い出したとばかりにこそっと囁く。
「あ、せや。なぁ…ちょぉ気になっとることあんねんけど……」
「あ?何だよ?」
 平次のどこか落ち着かないそわそわとした態度に、振り返った新一が不審そうに眉を寄せる。平次は言うか言うまいか躊躇うように彷徨わせていた視線を彼に移し、ぐっと鞄を持つ手に力を込めた。
「あの日……ウエスト・アベニューで絡まれとった俺をおまえが助けてくれた日な。あと、ハルキにやられとったときもそうや…。何で、俺があそこにおるってわかったん?」
「えっ…?あの…何で今頃そんな話になるわけ?」
 突拍子も無い平次の問い掛けに、新一の目が点になる。だが、平次はどこか必死めいた形相で新一に迫る。
「今頃やないで!俺、ずっと気になっててんから。ハルキんときは、快斗が哀ちゃんからメールもろた〜とか何とか言うとったけど……不思議でしゃあ無いねん。もしかして、俺らの愛の力?」
 頬を赤らめてそんなことを言う平次に、思わずよろけた新一は壁に強かに額をぶつけた。
「ぶ…っ!バカか?おまえ…」
 ひりひりと傷む額はそのまま、涙の浮かんだ眼でじと〜っと平次を見遣る。
「バカとは何やねん!なぁ、ちゃうんやったら教えてぇな〜」
 平次は、しかし彼の冷めた視線に今更怯むこともなく、一歩一歩間合いを詰めて行く。追い詰められる形で後退る新一は、誤魔化しもきかない雰囲気に冷や汗が背中を伝うのを感じ、彼の迫力に飲まれてしどろもどろに言葉を紡ぐ。
「そ、それは……」
「それは?」
 平次は身体を乗り出し、期待を込めて輝く瞳を新一に向ける。
 新一はそれを引き気味で受け止め、暫く黙った後。
 視線を逸らしてボソッと呟いた。
「〜〜〜〜〜〜…………時効だろ。もう今更……」
「おっ、今更って言うんやったら教えろや」
 平次は前屈みだった身体を戻すと、にやりと性質の悪い笑みを浮かべた。
「は?いや、だからもう時効だって」
 何言ってんだ?とでも言うように、平次を無視して先に進もうとする新一の肩を、平次は渾身の力で掴むと壁に乱暴に叩き付けた。その拍子に、彼らの持っていた荷物はどすんと音を立てながら階段を転がって行く。
「いって…!おまえっ……」
 背中を強く打ち付けられ、衝撃に顔を顰めてキッと平次を睨む。無体を働かされているとでも言った表情だ。
「あんなぁ、時効って勝手に決めんなや!俺がまだ時効ちゃう言うとんじゃ、ボケ!」
 瞳の蒼を深めてきつく睨まれても、今まで新一に冷たくあしらわれ続けていた平次は臆しない。それどころか、これまでのお返しとばかりにドスの利いた声で罵声を飛ばす。
 強気な平次の様子に新一は呆気に取られ。
「……おまえ、柄悪ぃ……」
「おまえに言われとうないわ。なぁ、ええやん。今更なんやろ?」
 顔を逸らして毒吐いた新一の呟きを耳聡く聞き取った平次は、毒を返しながら新一を覗き込む。
 子犬のような淀みの無い瞳に覗き込まれ、新一は内心ぐらついていたのだが。往生際の悪い言葉を吐いて、その子犬に噛まれることとなる。
 素直になれないのは彼の性格か、はたまた高すぎるプライドのためか。
「じゃあ、前言撤回…」
「すんな、ドアホ!男に二言は無いんやで。何やねん。そないに言いたないんか?」
「むぅ〜〜〜〜……」
「そないな顔したってあかん。なぁ…?」
 新一は、万人に通用するという上目遣いで平次を見つめるが、彼は澄ました顔できっぱりと言い切った。新一は諦めたように溜め息を吐く。乱暴に頭を掻いた。
 何故イチイチこんなことを言わなければならないのだろうか、と思いながら。
「………あーもう、わかったよ!ハルキのときは、偶然、灰原のトコでナビの試作機見つけたんだ。おまえ、稲尾からナビの端末持たされてただろ?それで…。ウエスト・アベニューのときは…」
「ときは?」
 平次はわくわくと瞳を輝かせる。新一は少しの間考えるような素振りを見せて。
「…………別に良いだろ。そんなの」
「いいや、良ぉないで!またかいな!観念したんちゃうんか?往生際悪いで、工藤。大切なことなんやから、さっさと言うてまえ」
「何が大切なことなんだよ?」
 出来れば言わずに先を急ぎたい新一は、呆れたように平次を見返す。
「そらぁ、おまえの気持ちを知るために大切なことやないか」
 当然とばかりに彼が放った言葉に、新一は眩暈を覚えた。途端に顔が紅潮していくのがわかる。やることはやっていても、新一は恋愛沙汰に物凄く疎かった。
「お……俺の気持ちなんて、もうわかってんだろ!?」
「あっ、何でそこで逆ギレすんのや。おまえからハッキリ言われてへんもん、俺。わからへんわ」
「おまえなぁ……」
 嬉々として尚も迫る平次に、新一は脱力感で一杯になった。
「なぁなぁなぁなぁ。なぁって」
 平次はそんな彼を気にも留めず、反対に両肩を掴んで揺すりをかける。どうあっても引き下がる気配の無い平次に、新一はとうとう不承不承といった様子で平次の手を跳ね除けた。
「あぁ〜くそっ、うっせぇな!あの日、丁度仕事場に行く途中でフラフラ路地入ってくおまえを見かけたんだよ!しかも、おまえがのこのこ入ってったトコは袋小路だし、おまけに後から変な奴が入ってくのも見えたからっ………放っておけなかったんだよ!それだけだよ。全ては偶然なんだよ。わかったか!?」
「…おまえ、何でそないに投げ遣りなんや…」
 あまりにも俺様な態の新一に、ぼそりと平次が思わず零す。
 そんな平次を新一は一蹴した。
「黙れよ」
「おぉ〜怖…。せやけど、偶然っちゅーんは凄いな。やっぱり、運命なんとちゃうか?ま、それはええとしても、俺のこと放っておけへんかったんは事実やんな?」
「…………」
 新一は黙り込んで、地面に転がったままだった荷物を拾い出す。それを横目で追いかけて、彼の動作が一区切りついたところで平次は新一の両手を握った。
 突然のことに思わずドキッとした新一は、不覚にも今し方拾ったばかりの荷物を再び地面に転がしてしまった。
「俺んこと…好きか?」
「な……んだよ…改まって……」
「や、ちゃんと言うてもろてへんなぁ、思うてな」
 好きな人に両手を握られ、あまつさえ至近距離で無垢な瞳に見つめられて平気でいられる人間がどこにいるのか。もしかしたらいるかもしれないが、新一はまだそこまで人間が出来ていなかったりする。今も心拍数は通常の倍を刻み、それが手を伝って平次に知られやしないかと内心ハラハラしていた。意識は目の前の彼にいっているのだから、受け答えは当然ぎこちないものになってしまっている。
(これじゃあ、今までと逆じゃねぇか…)
 思いの他、彼に振り回されている自分が情けない。
 意外にも初心な自分自身を発見してしまった新一は、心の中で大きく溜め息を吐いた。
「……言ったよ。おまえが聞いてなかっただけだろ」
 言葉に含みを交えて言ってみるが、当たり前ながらそんな誤魔化しに平次は乗ってこない。
「俺が聞いてへんのやったら、そんなん言うた内に入らんやんけ。一回言うたんやったらもう一回も言えるやろ。ほらほらぁ…言うてみぃて♥」
 楽しそうに言い募る平次に、根気負けした新一は何度目かの溜め息の後、今度こそ白旗を揚げた。
「おまえって……。あぁ、はいはい。好きです。大好きですよ!これで良いか!?」
 言ってしまえばこっちのものだと、新一は先程まで尻込みしていた態度を一変させて本来の俺様節を披露する。それでも平次は嬉しかったらしく、呆れたような口調も軽くなる。
「ホンマ喧嘩腰っちゅーか、投げ遣りやなぁ…。けど、そういう素直やないトコも大好きやで♥」
「ふん……」
 新一は気の無いような返事をして、さり気なく平次に握られていた両手を離した。荷物を持って再び歩き出す。
「…ほな、あの姉ちゃんの占い、当たったんやなぁ…」
 平次も急いで荷物を担ぎ、階段を下り始めた新一の後を追いながら誰に言うでもなく呟く。その言葉の端を聞き取った新一は、首を傾げて平次を仰ぎ見た。
「占い?……あぁ、紅子か?何だ、おまえ占ってもらったのか?あいつの占いは百発百中だけど、料金が高いってんで有名だぜ。俺は占いなんて信じないから、やったことねぇけどな」
「何や工藤、占ってもろたことあらへんのか。俺は祭りの日に、タダで占ってもろたで」
 平次は意外だというように新一を見つめ返す。
「あの日か…。で、何が当たったって?」
 新一が暗い天井を見上げながら訊ねる。占い自体には興味は無い彼だが、当たったという平次の占い結果には興味がある。
「ん?ん〜〜〜…」
 なかなか言わない平次を、立ち止まって辛抱強く待っていたが。
「……内緒や」
 横をそのまま素通りされて、新一は一瞬きょとんとし。
 次の瞬間にはその背中を追って走り出していた。
「んだよ、それ。狡いじゃねぇか、人にばっか言わせやがって!教えろよ!」
「あ〜か〜ん〜♪」
 面白そうに逃げる平次の胸中は穏やか。
 この占い結果は、もう暫く、胸の中に潜めておくことにした。


『それから、あなたの知らないことを占うわね。…まぁ、いずれあなたが知るべきことだけど。…恋人の正位置よ。意外と身近なところに、あなたへの想いを秘めている人がいそうね。カードは嘘をつかないわ』






END






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