「なぁ、工藤ぉ〜…。初詣行こうや〜」 「ん〜…ちょっと待てって。今、いいトコなんだからよ」 工藤は元旦からテレビに釘付けだ。 推理以外で彼がこんなにも夢中になり、嬉々として瞳を輝かせるものは一つしかない。画面の中では、数人がボールを取り合っている。 元日恒例、天皇杯決勝。 「…よし!行け!!……あぁ〜…ったく、そこで外すか?ノーマークだったじゃねぇか」 選手の一挙一動にそれこそ一喜一憂して、一人でぶつぶつ言っている。 こうなると、俺の声も届かない。と言うより、むしろ存在すら忘れられているみたいだ。 さっきだって何度声をかけたことか。 いくら呼んでも返事が無く、肩を揺すったらやっと反応があったがすぐに煩そうに片手であしらわれた。 どうやら、現在、工藤が応援しているチームが負けているようで。 今のチャンスを物に出来なかったのは痛いな…とか何とか独り言を言っているのを耳にして、俺は工藤が構ってくれるのならどちらが勝とうが構わないとか思ってしまう。サッカーが工藤の心を独占している現状が悔しくて、何でも良いから早く試合が終わってしまえば良いと。 「……そないな玉蹴りの何がおもろいんや…」 つい、ぼそりと恨みがましく呟く。 折角こちらは遠路遙々来ているというのに、相手をされなければ恨み言の一つや二つも言いたくなるだろう。 しかし、工藤はそんな俺にも気づかないのか、未だ視線はテレビから逸らされること無く真っ直ぐ注がれている。 真剣に見入る横顔に溜め息を吐いて、俺は詰まらないながらも大人しくソファに沈み込んだ。 * * * 「あ〜…すげぇ良い試合だったなぁ…」 両腕を天井へ向けて伸ばし、長時間同じ姿勢だったために凝り固まってしまった肩を回す。 二点差で迎えた後半、同点から逆転ゴールを決めたときは嬉しさのあまり思わずガッツポーズをしてしまった。 実に晴れやかな気分でソファから立ち上がり、テレビを消す。 …と、そこで、漸く俺は服部の存在を思い出した。 ハッとして、テレビの電源に指を置いたまま固まる。 先刻、試合に夢中になっていた俺に彼は何か言っていなかっただろうか? だが、画面に見入っていた為にうっかり聞き流してしまったらしく、内容が思い出せない。何となく、生返事をしていたような気はするのだけれど…。 思い出そうとしきりに首を捻りながら、やけに静かな服部にもしや怒り心頭で言葉も無いのかと冷や汗が流れる。 恐る恐る後ろを振り向いた俺は…そこに予想外のものを見つけて瞳を瞬いた。 俺が座っていたソファの隣で、背凭れに頭を預けて眠っている服部の姿。怒っているのかも…と思って戦々恐々としていたのに、ちょっと拍子抜けした。 俺は苦笑いを浮かべると、クローゼットから毛布を出して、無垢な寝顔を惜しげもなく晒す彼にそっと掛けてやった。そうして、俺も隣に潜り込む。 毛布から体がはみ出ないように服部をゆるりと抱き締めると、腕の中で彼が微かに身動いだ。 「ん……くど…」 寝言と共にこちらを向いた彼に微笑する。 夢の中でも俺に会っているのか。 そう考えて、今日は全く相手をしていなかったことに、今更ながら思い至った。 「…ごめんな」 幼い寝顔に唇を寄せる。頬に軽く口付けると、服部が口元を緩めてやんわりと微笑んだ。 どんな夢を見ているのかと暫く服部を見つめていたら、やがて唇が小さく動く。呂律の回らない声に耳を傾ける。 「……どうやぁ〜、くどぉ……だいきちやでぇ…ふへへ…」 へにゃりとした笑顔がどこか得意げで。 「ぷっ……くくっ…」 あまりに可愛くて、思わず吹き出した。 ……あぁ、そうだ。 彼は昨日から初詣に行きたいと騒いでいたっけ…。 自分でも気づかないくらい穏やかに瞳を細めた俺は、子どものような彼の髪を柔らかく撫でた。 「おまえが起きたら、一緒に初詣行こうな」 新年を共に迎えられたことに感謝して、今年もずっと一緒にいられるように。 それから、おまえの好きなおみくじを引いて、熱い甘酒で冷えた体を暖めよう。 温かな息遣いを身近に感じながら、俺は愛しい存在を胸に瞳を閉じた。 この一年が、最良の年となりますようにと願いながら。 END (2009.1.1) |
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