WINTER KILL  初出同人誌2003.1.5.



『俺……おまえのこと、好きなんや…』

 一ヶ月前、俺は服部に告白された。突然のことで流石に驚きを隠せなかったが、男に告白されたというのに不思議と嫌な気分にはならなくて。そのことに俺自身、服部の告白以上にとても驚いていた。
 確かに、俺はずっと服部のことが(危なっかしくて)気になっていたし、好きか嫌いかと問われれば、間違い無く好きだと答える。しかし、俺の「好き」と服部の「好き」は違うもののような気がして。
 ―――多分俺は、おまえ程に想っていないのだろう…。
 俺はそのとき肯定も否定も出来ず、その場は曖昧な答えを返した。
 それから、俺と服部の中途半端な関係が始まったのだ。






 ピリリリリ……ピリリリリ……
 携帯の着信音が俺以外誰もいない静かな家の中に響く。丁度風呂から上がって自室に戻って来た俺は、まだ濡れている髪を肩に掛けたタオルでガシガシと乱暴に拭きながら、机の上でけたたましく鳴り続ける携帯に手を伸ばした。
 ディスプレイに表示された名前を確認して通話ボタンを押す。
「はい」
『あっ、工藤?俺や、俺。今、何してたん?』
 能天気な声が俺の鼓膜を震わせる。
「風呂から上がったトコ。何?何か用か?」
 ベッドに腰を下ろして素っ気無く返すと、受話器の向こう側で大袈裟なまでに哀しそうな溜め息が聞こえた。
『何やねん、冷たいなぁ…。愛しの平次クンからの電話やで?嬉しいやろ?』
「全然」
『ひ、酷いわ〜〜〜っ!工藤ぉ〜〜〜ッ!!そういうときはな、嘘でも「嬉しい」って言うもんやで!!』
「あ〜、じゃあ、嬉しいぜ」
 にっこりと、電話の向こうには決して見えない極上の笑みを浮かべながらそう言うと、服部は少し黙って。
『……おまえ、嫌な奴やんなぁ……。何で俺、こんな奴好きになってしもたんやろ。可哀相すぎるわ』
 情けない声でそんなことを零す。ははは…と笑いながらも、俺はこんなとき、どう返せば良いのかわからない。だって、俺はまだはっきりと服部に「返事」をしていない。自分の気持ちがわからないでいる。なのに、身体の関係は既にあったりするのだ。自分自身の身勝手さに嫌気が差してくるが、そんな無責任な俺のことを未だに「好き」だと言う服部の気持ちもわからなかった。
 その後。
 小一時間程他愛の無い話をして、俺は電話を切った。
 あいつは、いつも「工藤の声が聴きたい」からと言って電話を掛けてくる。告白されてから毎日、決まった時間に。向こうの通話料金はそれはそれは膨大なものとなっているだろう。それに加えて、大阪・東京間を往復したりしているのだ。流石のあいつでも払いきれない程の金額になっている筈で、俺は余計なお世話なことにあいつの懐の心配をしていたりする。それなのに、あいつは必ず電話をしてくるのだ。明確な返答も未だにしていない、卑怯な俺と束の間の会話をするために。
 果たして俺にそんな価値があるのだろうか、と考えてしまう。自分からは何も言えない卑怯者なのに…。
 俺は、いつか服部に見限られるのではないだろうか……。
 そう思うと、何故か胸の奥が苦しかった。





 それから数日経った頃から、突然服部から電話が来なくなった。
 ケンカしたわけではない。前日まで、電話で楽しげに色々な話をしていたのだ。あいつは上機嫌で、自惚れと言われてしまっては返す言葉も無いが、声だけを聞いている限り幸せそうだった。それなのに、どうして?
 大阪で事件があったわけでもない。勿論、試験期間中でもなくて。
 ……見限られた……?
 いつまで経っても何も言わない俺に、とうとう嫌気が差したのだろうか。でも、そうなってしまったとしても仕方が無い。全ての原因は俺自身にあるのだから。
 深夜になっても鳴らない携帯。ずっとベッドに腰掛けて手の中に握っている。
 愛想を尽かされてしまっても仕方が無い。わかっている。全ては俺の所為。
 だけど。
 頭でわかっていても、心が着いて来てくれないらしく―――。
 ―――ナゼ?ドウシテ?昨日マデハ、アンナニ楽シソウニシテイタノニ。
 自分に対してよりも、あいつに向けての疑問符ばかりが身体の奥で鬩ぎ合う。
 俺はそんな自分を叱咤するように頭を振ると、ぎゅっと携帯を抱き締めた。
「……全部、俺の所為なのに……何で、こんなに胸が痛いんだ……?」
 連絡を寄越さない服部。あいつからの電話を、いつの間にか待つようになっていた俺。こんなにもあいつに依存しているなんて思ってもみなかった。
 俺は…恋愛対象としてあいつが好きだったのか?
 それは今もよくわからないが、ただ、あいつを失うことを考えると物凄く怖い。
 俺は、次第に視界が胸の痛みに比例して滲み出した涙で歪んでいくのを黙って見ていた。



*   *   *   *   *   *   *   *   *   *




 『新大阪〜新大阪〜お忘れ物のございませんよう……』
 服部から連絡が来なくなってから一週間が経っていた。
 夕刻を過ぎて混み合うホームを一人、とぼとぼと歩きながら、俺は何故自分がこんな所にいるのかわからず、内心かなり狼狽していた。家を出てから新幹線に乗ったという記憶が全く無いのだ。気がつけば大阪にいた。唯一覚えていることと言えば、この数日間、学校に行っても家に帰って来ても携帯ばかり見つめている俺に、本を借りに来たと言う隣の小さな住人が鬱陶しそうに放った科白だけだった。

「そんなに気になるのなら、あなたから掛けてみれば良いじゃない」
 書庫で携帯をちらちら見ながら本を開いていた俺は、予告も無しに入って来た灰原に驚いたのと同時に図星をさされて、慌てて携帯から目を逸らした。
「バーロー。誰も気になんてしてねぇよ」
「あら、そう?」
 情け無くも自慢のポーカーフェイスが発動されず、傍から見れば明らかに狼狽えて目線を彷徨わせていたであろう俺を見つめ、灰原は面白そうに「ふ〜ん…」と目を細めた。書庫の、天井まで伸びた本棚から目当ての本を見つけ出す。
「それならそれで良いんだけれど。…でも、今までずっと毎日連絡が来ていたのに、急に来なくなったなんて。もしかしたら、向こうで良い人が現れたのかもしれないわね」
「!」
 ガターンッ!!
 涼しい顔をして手にした本をパラパラ捲る灰原に、俺は思わず座っていた椅子から大きな音を立てて立ち上がってしまった。灰原は眺めていた本から目を上げると、嫌味な程にっこりと笑った。
「まぁ、例えばの話だけど。でもあなた、まだ服部くんにちゃんと返事をしてないみたいじゃない?だとしたら、私の予想も強ち間違いでは無いかもしれないわね」
 クス。
 楽しそうに笑う灰原に思わずカァ〜っと血が上った俺の目の前は、最悪の事態を想像して一瞬にして暗くなった。
 そして。
 気がつけば、こんな所まで来てしまっていた。
 俺はもう、自分で何をしているのかわからない。勢いだけで大阪まで来てしまったと言うのか?俺は本気で眩暈がした。
 けれども…。
 自分で自分が理解出来ない程に、俺はあいつのことを想っているのか、とそっと目を伏せた。
 一月の大阪の凍るような夜風が、立ち竦んだ俺の周りを取り巻いて行った。




『こちらはMTTド○モです。お客様のお掛けになった電話は現在、電波の届かない地域にあるか電源が入っていないため、お繋ぎ出来ません。こちらは……』
 プツッ。
 あれから。何度も服部の携帯に電話をしているが、聞こえてくるのは機械的な女の人の声だけで、ずっと繋がらなかった。
 難波に降り立ち、人の波をすり抜けて道の端で無音の携帯を眺める。自嘲の笑みが浮かんだ。
 自分からはあまり電話を掛けない俺。なのに、今は何度も何度もめげずに掛け直している自分がおかしかった。しかし、こうも繋がらないと、人間というものはなぜか悪い方へと考えが及んでしまうもので。今の俺も例外ではなく、顔には決して出さないが、胸中穏やかではいられなくなっている。
 「まさか」とか「もしかして」等という確信の持てない言葉ばかりが頭の中を行き交う。その度に、「そんなことはない」と、嫌な考えを冷静な俺が否定してくれる。今現在、俺の中にはあたふたとらしくもなく焦っている俺と、どこか冷静に状況を傍観している俺が同時に存在し、俺の気持ちを何とか制御し続けてくれている。が、それもいつまで持つか解らない。実際、先程から思うように連絡の取れないあいつの携帯に対し、当初よりもかなり冷静な俺の勢力が衰え始めている。冷静さを欠いた俺が幅を利かせ始めている。二人の俺の均衡が破れたとき、俺は自分でも何をやらかすかわからなかった。
 はぁ…と一つ溜め息を吐き、仕方無く携帯を持ち直した。冷たい空っ風の吹く中、悴んだ手で短縮ダイヤルを呼び出す。あまり気乗りしないまま、俺は通話ボタンを押して耳に当てた。
『あらぁ、工藤くん?久しぶりやねぇ。いつも平次がお世話になって…毎回お邪魔させてもろてばかりで申し訳無いわぁ』
 暫しの呼び出し音の後、聞こえてきた声は明るく笑う西訛りの女の人。俺は相手には見えもしないのに、慌てて頭を下げた。
「あ、いえ…こちらこそ、平次くんにはお世話になっています」
 いつ掛けても、どうしても緊張してしまう。当然のこととして息子の「友人」として俺を見ているあいつの両親に対し、疚しいことがあるのだから尚更だ。あいつと俺は、気持ち的には中途半端ではあったが、友だちなどとは違う意味で付き合っているのだから。
 受話器の向こうから、コロコロと笑うあいつの母親が先を促す。
『それで、どないしはったん?』
「あ……いえ、今難波にいるんですけど、平次くんの携帯が繋がらないものですから……」
 どうにも決まりの悪い感じでそう言うと、彼女は「あぁ…」と笑った。
『工藤くん、大阪におるの?せやったら、是非ウチに寄ってほしいわ〜。あの子な、今日バイトやねん。聞いてへん?ついこの間からミナミでバイト始めたんよ』
「…バイト?いえ、全然…。……あの、どこの店か教えて頂けませんか?」
 静華さんはちょっと考えるように間を空けてから続けた。
『え〜っと…御堂筋に面した店やねんけど……わかるやろか?最近出来たばかりのお好み焼き屋さんでな、外見はめっちゃ洋風な感じなんよ。「焼筑唄(しょうちくばい)」っちゅー店で…ガイドブックにも載ってるんちゃうやろか?今日は平次、八時上がりのはずやから、終わったら工藤くんも一緒にウチ来てな。夕飯作って待っとるから』
「あ、はい、是非。ありがとうございます。それでは、失礼します」
 プツッ。
 通話を切って、ふぅ〜…っと肩で大きく息を吐く。力の入りっ放しだった身体から力を抜くと、時刻を確認すべく、再び携帯に視線を戻した。午後七時過ぎ。これから教えてもらった店を探すには丁度良い時間だった。




 静華さんに教えてもらった服部のバイト先の店は、薄肌色の外壁に緑色の大きな三角屋根という目立つ外観に加えて、屋根の正面に掲げられている大きな木製の看板によって、思ったよりも簡単に見つけることが出来た。外側から見る限り、お好み焼き屋という雰囲気の全くしないメルヘンチックな建物に男一人で入るのかと、俺はそれを見上げながら顔が引き攣るのを止められなかったが、意を決すると、その可愛らしい扉を押し開けた。
「いらっしゃいませ〜!毎度おおきに!!」
 その途端聞こえてくる威勢の良い声。
「お一人様でしょうか?」
 すぐにウェイトレスが傍にやって来て尋ねる。頷くことで肯定を示すと、彼女はにっこりと微笑んで「こちらへどうぞ」とカウンターの席へと案内してくれた。
 店内は時間帯の関係だろうか、家族連れや若者等で結構賑わっていた。テーブルとテーブルの間を、店員が忙しそうに駆け回っている。
 空腹感と鼻腔を擽る良い匂いを目の前の鉄板で店員が漂わせるのを見せ付けられながら、服部とこれから家で飯を食べるなら軽いものしか食えないなぁ…とメニューを開く。すると、すぐ近くで「あっ」と言う小さな声が聞こえた。それが聞き覚えのある声で、俺は一瞬ドキリとしながらも何でも無い風を装って振り返る。そこには違わず服部の姿があった。
 彼は俺がここにいることが信じられない様子で、少しの間惚けたように見つめていたが、やがて嬉しそうに破顔した。あいつの笑顔に、俺は密かに安堵していた。
「工藤!?どないしたん!?」
 水を持ったまま小走りに駆け寄り、そっと耳打ちするように囁く。その行動一つ一つが愛しい。
「別に。ただ、ちょっと用事があったから寄ってみただけだ」
 それでも、素直では無い俺は相変わらず憎まれ口しか紡げない。けれども、あいつはとても嬉しそうに目を細めた。
「そうなんや。あ、俺、あと三十分くらいで上がるから待っとってな♪ウチに泊まってくやろ?」
「あぁ、そのつもり。じゃあ…そうだな……軽く豚玉でも食いながら待ってるよ」
「かしこまりました」
 満面の笑みを浮かべる服部を見ていると、先刻まで感じていた不安やらが一掃されて、それどころかこちらまで楽しい気持ちになってくる。知らず知らずの内に緩んでしまう頬を誤魔化すため、受け取った水に口をつけた。



「ほんで?何でこっちまで来たんや?」
 服部の家に帰って来て、静華さん自慢の手料理をご馳走になってから(残念ながらてっちりでは無い。まぁ、そんな毎回毎回用意出来るものではないので当然だが…)俺は服部の部屋に通された。コナンだった頃に何度か入ったことのある部屋。新一の姿に戻ってからは初めてかもしれない。
 俺が、久しぶりに入る部屋を見回していると、あいつはベッドに座って俺を見上げた。
「何でって、さっきも言っただろ?偶々だって」
 自分の行動を正直に言うのは恥ずかしい上に何となく癪でわざと素っ気無く言うが、服部はまるで全てを見透かしているかのように俺の瞳を覗き込む。
「ほな、何で俺のバイト先、知っとったん?」
「それは……おまえの携帯にいくら掛けても繋がらないから家に掛けたら、おばさんが教えてくれたんだよ」
「ふ〜ん…?」
 一先ず服部はそう言ったが、その顔はにやけていて全く俺の言葉を聞いていないかのようだ。不気味な程に上機嫌な服部が不意に恐ろしくなって、俺は思わず両腕で自分の肩を抱きながら目を逸らした。
「…………」
「……っ!?」
 突然腕を掴まれ、勢い良く引き寄せられる。予想外のあいつの行動に俺の身体は簡単にバランスを崩し、服部の胸へと倒れ込んでしまった。
「っっっ!!!」
 俺の体重を支えきれずに俺共々ベッドに倒れ込んだ服部は、そのまま俺の背中に腕を回して抱き締める。柔らかく髪を梳く。
 瞬時に熱くなる俺の身体。あいつの鼓動と息遣いを間近で感じて、俺は早まる心臓をどうすることも出来なかった。
「あんな……俺、試しとったんや。おまえのこと……」
「え…?」
 試す?何を?
 何のことだかさっぱりわからず、俺は眉を顰めながら顔を上げた。服部は俺の髪を撫でながら、どこか違うところを見つめていた。
「……俺、おまえにコクったやん?好きや…って。けど、おまえは……こないな風に俺と付き合うてくれてんのやから、少なからず俺のこと、好いとってくれとるって思うてたんやけど…」
「思ってたって……じゃあ、今はそう思ってないってことか?」
 震えそうになる声を必死に抑えて静かに問うと、服部は違うとでも言いた気にやんわりと首を振った。
「ちゃう。そうやなくて…。今でも、工藤は俺のこと、好いとってくれとると思うてるで。…せやけど、自分、なかなか言葉くれへんやん?やから……きっと、俺程におまえは想うてくれてへんのかな?って思うようになってもうたんや」
 俺は図星を指されて何も言えなくなる。何と言えば良いものかと戸惑い、目線を彷徨わせる俺を見て、服部は淋しそうに笑った。
「まぁ、そないなときにちょぉ資金繰りが苦しゅうなってきてな。バイト始めることにしたんやけど、おまえにはわざと知らせへんかったんや…。いきなし電話せんようなったり、東京に行かへんようなったら……もしかしたら少しは俺んこと、気にしてくれるんちゃうやろか、って思うて……ホンマ、すまんかった」
 最後の方は小さくて聞き取り辛かった。
 しかし。
 試されたと知っても、元々の原因が俺自身にあるだけに怒るわけにもいかない。それに、ぎゅっと縋るように抱きつかれ、小刻みに震える身体まで感じてしまっては、最早何も言えはしなかった。
 泣いているのかどうか定かではない服部の身体を抱きしめ返して、首筋に顔を埋める。思い切り息を吸い込むと日なたの匂いがした。俺の好きな、安心出来る、匂い。
「なぁ……」
「…ん?」
 俺の肩口に顔を埋めたままの服部のくぐもった声が響いてくる。首を捩ってあいつの頭を見遣ると、尚更しがみ付いてきた。
「何だよ?」
 なかなか言葉を続けないあいつにもう一度問うと、暫し逡巡した様子だったあいつは決心したように手に力を込めた。
「…あんな……俺んこと、どう思うてるんか……改めて聞かせてもろてもええか……?」
「えっ」
 ゴクリと唾を飲み込む。どうしたものかと考えを巡らせる俺に、あいつが拍車を掛ける。
「俺んこと、好きか?」
「好きは……好き、だけど……」
 未だ胸の奥に蟠りが残る俺としては、はっきりと決定的な言葉を口にして良いものかと躊躇う。認めてしまうことにも少々抵抗を感じるのも事実だった。しかし、服部はその一言が聴きたいに決まっている。
 以前と大して変わり映えのしない俺の返答に、服部は悲しそうな声を出す。俺の苦手な声色で訴える。
「けど、何や?……やっぱり、工藤は俺んこと、そないに好きなわけとちゃうんか……」
「いや……だから、そういうわけじゃなくて……っ」
 俺が慌ててそう言うと、間髪入れずに縋るような声が返って来た。
「せやったら、はっきり言うたってくれ。俺、おまえが離れて行ってまうんやないかって、ものごっつぅ不安なんや……っ」
「…そんなの、俺だってそうだよ……」
「え?」
 消え入りそうな声で呟いた俺を科白を耳聡く聞き取った服部は、驚いて顔を上げた。大きな瞳を尚も大きく見開いて、俺の顔を凝視する。
 俺はふと、無意識に口から出た言葉を思い返した。そして考えてみる。
 今日、わざわざここまで来た理由を思い出す。そのとき感じた心の叫びを。
 焦燥、嫉妬、不安、愛しさ、切なさ……。
 どんな言葉で飾っても、どんな言葉で誤魔化しても。服部に対するこの感情たちの正体は……きっと。
 もう、認めざるを得ない。
 ―――俺は、服部が好きなんだ。
 それは以前から(友人として付き合っていた頃から)変わらぬ紛れも無い事実だが、それは徐々に友だち等に対する慈愛の「好き」ではなく、自分でも気付かない内に恋愛対象としての「好き」に変化していた。こんなにも服部を不安がらせていた俺は、ようやく今になって自分の感情と真正面から向き合えた。
 だから今、目の前の大切な人に打ち明けよう。今まで逃げて来た臆病で卑怯な俺と決別して。不安に打ち震えている、この世でたった一人の愛しい人に、自分の中の真実を伝えよう。
 俺は覚悟を決めるように、ゆっくりと息を吸い込んだ。
「俺は……おまえのことが、好きだ……ちゃんと、恋愛対象として…」
 目をまん丸くしている大好きな顔を真っ直ぐに見つめながら告げる。途端、目の前の顔が忽ち真っ赤に染まったかと思うと、少しはにかんだような穏やかな笑みを見せてくれた。
「ホ…ホンマに?ホンマなんやな??……おおきに。めっちゃ嬉しいわ。その言葉がずっと、聴きたかったんや……」
 うっとりと幸せそうに笑う服部に、俺はそっと顔を寄せて行った。軽く触れるだけの口付けを交わす。
 唇を離すと、服部は面白そうにクスクスと笑った。
「何だよ?」
 何とも照れくさくて、薄く色付いた頬を隠すためにちょっとだけ不機嫌そうに唇を尖らせると、服部は相変わらず笑ったままチュッとそこに軽いキスを返して腕を伸ばし、再び俺を抱き締めた。
「ん、いや。そういやおまえ、俺んこと好きやって言うてくれへんかったけど、キスはちゃ〜んとしてくれてたやんなぁ…て思うてな」
「あ?」
 何が言いたいのかイマイチ理解出来ず、俺が片眉を跳ね上がらせると、あいつはからかうような声音で俺の耳元に囁いた。
「愛が無ぅてもSEXは出来るかもしれへんけど…キスは、好きやなかったら気持ち悪ぅてよう出来へんもんちゃう?」
「…………」
 確かに。では、もしかして、こいつはわかっていて俺に「言葉」を言わせたのだろうか?「好きでなければ出来ないキス」を服部にする俺の気持ちに気が付いていて…?それでも、決定的な確かな言葉を言わせたくて??ひょっとして、確信犯???
 だとしたら、俺はまたしても嵌められたのか?
 何ともすっきりしないモヤモヤとしたものが俺の頭の中を巡るけれども、傍らのこの上なく幸福そうな顔を見ていると、そんなことはどうでも良くなってしまって。
 顔を見合わせて穏やかに笑い、より一層身を寄せ合うと、俺たちは互いの体温を確かめるように飽くこと無く抱き締め合った。幸せだと感じる時間。


 本当、惚れた者の負けだよな。



END (2004.3.30.up)




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