良く晴れた小春日和。
 澄んだ空の蒼が目に鮮やかで……心地良い風が頬を撫でていった、あの日。
 俺はあいつと出逢った―――





ANNIVERSARY    ・・・序章






「……え?」
「え?じゃないよ。聞いてなかったの?」
 快斗が今し方放ったその言葉はあまりにも唐突過ぎて、新一は思考回路が遮断されてし まったかのように動きを止めた。

 寒さが一段と厳しくなって来た冬の日の午後。
 窓の外は東京にしては珍しく荒れた天気だったが、彼等がいるリビングはとても暖かい空気で満たされていた。そんな中、ソファに腰を掛け、読んでいた本のページを捲ろうと指をかけた態勢のまま固まっている姿はあまりにも滑稽だ。
「あ、いや…何?」
 ようやくたったそれだけを口にし、新一は居ずまいを正して快斗に向き直った。快斗は そんな彼に薄らと顔を上気させて頬を膨らませる。
「もう!一世一代の大告白なんだから、きちんと聞いてよね」
「………悪かった」
 素直に謝る新一に、快斗は小さな溜め息を吐いてからもう一度彼を見つめた。
「…良い?もう一回だけ言うから、ちゃんと聞いてね」
「………うん…」
 相手が頷いたのを確認すると、快斗は大きく息を吸って。
「…俺、新一のコト好きなんだ」
 正面から真っ直ぐ彼を射抜いて、はっきりと告げる。
「…………」
 新一は、再度告げられた言葉に瞳を大きく見開いた。まるで、頭を金槌でガツンと殴ら れたような衝撃を受けた。火花が目の奥でチカチカし、予想し得なかった展開に頭に熱が 上ってこめかみが痛い。
 それはそうだ。
 今まで新一は快斗を親友として見て来たし、彼が自分に対してそのような想いを抱いているとは全く気付いていなかったのだから。
 二人は通っている学校も、住んでいる地域も違った。彼等の出会いは因縁染みたものが あり、街で偶然快斗が落とした学生証を新一が拾って届けたのが始まりだった。初対面の とき、お互い自分とよく似た容姿の相手に薄ら寒いものを感じたと同時に、強く興味を惹 かれた。そして、自分の気持ちに正直な快斗はそれを隠しもせずに新一に付きまとった結 果、今のポジションを手に入れた。新一の方も、考え方は違えど頭の切り替えが早く、何 より自分と対等に物事を理解する快斗に、いつしか心を開くようになっていたのだった。
「……ね、新一は俺のコト、どう思ってんの?」
 何も言わない新一に焦れた快斗が、体をずいっと乗り出して返事を促す。暫く瞳を瞬い ていた新一だったが、やがて瞳を伏せると本を閉じた。
「新一、俺のコト好き?」
 尚も言い募る快斗に、彼は戸惑いながらも口を開く。
「そりゃあ…おまえのコトは好きだけど…」
「じゃあ、俺と付き合うのに問題は無いね」
 途端に嬉しそうに笑う彼に、新一は慌てて顔を上げた。
「え?いや、そういうコトじゃ…」
「だって新一、俺のコト好きなんでしょ?それとも、誰か好きな人でもいるの?」
「いねぇけどさ…」
 畳み込むように言われ、新一は益々困惑の色を深める。
 快斗はそんな彼に小さく笑うと瞳を逸らした。
「だったら良いじゃん。……本当は俺さ…新一が、ソウイウ風に俺のコト見たことないっ て知ってるんだ。だけど、俺はソウイウ意味で好きなんだもん。だから、別に、今すぐ恋 人同士の関係みたいなことは無くて良いから、俺と付き合ってよ。そんで、ゆっくり俺の コト、ソウイウ意味で好きになって。ね?お願い!!」
 両手を合わせて頭を下げる親友の姿が、新一にはどうにも痛々しくて。
 彼は堪らず瞳をきつく閉じた。眉間に刻まれた皺が、彼の今の心情を如実に物語っていた。
 カチコチと、時を刻む秒針の音だけが部屋に響く。
「………わかった」
 どういった心の葛藤があったのか。
 長い長い沈黙の後、彼は閉じていた瞳を静かに開けると、息を吐くように小さく了承を 返した。






 それから一年の月日が流れた。
 快斗はその間、隙あらば彼との一線を越えようとあれやこれやと目下ずにアプローチを 続けたが、相変わらず淡白な新一は彼の誘いに乗っては来なかった。この一年の間に進展 したことと言えば、ふとした瞬間に掠め盗ったキス数回のみ。これで本当に付き合って いると言えるのか疑問だが、初めは驚いて突き飛ばされていた軽い接触も、数回繰り返す 内に慣れたのか、最近では普通に受け止めてもらえるようになり、それだけでも快斗にし てみれば大収穫だった。
 未だ、新一の心は遠い所にあるけれど、ゆっくりと確実に近付いて来ている手応えに、 快斗は満足していた。
「新一、もう進路志望出した?」
 ソファに座って本を読む新一に甘えるようにスリスリと擦り寄って、邪魔だとばかりに 手で押し返される。
「先週出した」
 読書に熱中しているためか、素気無く手短に答える新一に、快斗は押された顔を押さえ ながらも、懲りずにくっついていく。
「で?結局ドコにしたの?」
「…東都」
 瞬間、快斗は満面の笑みを浮かべて新一に抱きついた。
「あ〜ッもう!何だよ!?」
 ピトッと腕にまとわりつかれて、新一が堪らず顔を向ける。その唇を素早く奪ってから 快斗は離れた。心底嬉しそうな彼の様子に、新一は怪訝気に眉を顰める。
「俺も東都にしたんだ。春からは、新一と同じトコに通えるんだね♪すっげぇ嬉しい」
 ウキウキと浮かれる快斗に、新一はそういうことかと呆れたように目を細めた。
「バカ。まだ決まったわけじゃねぇだろ。これから、試験に受からなきゃならねぇんだ ぞ?」
「誰に言ってんの〜?この快斗くんが失敗するわけないじゃん。それとも新一、自信無い の?」
「それこそ、誰に言ってんだ」
 茶化すように笑う快斗に、新一はムッとしたように唇を引き結ぶ。その表情が殊の外面白かったのか 快斗は笑みを一層深くして、次に、思い出したとばかりに少しだけ目を見開いた。
「あ、そうだ。東都って言えば、俺の友達も東都に決めたんだって」
「おまえの友達?」
 大して興味の無い新一は、瞳を手元の本に戻しながら言葉の端を復唱する。快斗はそんな彼に気を悪くした 様子も無く、不意に聞こえて来た着信音に振り返って鞄から携帯を取り出した。
「そ。大阪の友達」
 次いで聞こえて来た地名に、つと新一が視線を上げる。あまりにも自分達が住む土地と離れたその場所に、 彼は不思議そうに小首を傾げた。
「おまえ、大阪に友達なんていたのか?」
 携帯を弄りながら小さく笑って頷く。
「うん。前に大阪行ったときに俺、迷子になっちゃってさー。そのとき、すっげぇ親切に してくれたんだ」
「その歳で迷子になんなよ…。おまえ、変なところ抜けてるよなぁ…」
 呆れたように瞳を眇めてしみじみ言う新一に、快斗はカッと顔を赤くするとムキになって声を荒げた。
「良いじゃんかよー。完璧より、そういう方が可愛げあるだろ。…けど、本当、そいつ良い奴だから、 きっと新一も友達になれるよ」
「ふーん…」
 さして興味無さ気に鼻を鳴らし、再び本に意識を戻した新一を、快斗はこっそり上目遣いに眺めて微笑した。




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