・・・共通項






 講義が思ったよりも早く終わった新一は図書館に用事があると言う平次と別れ、少し早目の昼食を摂ろうと 一人向かった学食で快斗を見つけた。気付いた相手に軽く手を上げて挨拶し、トレイをテーブルに置いて隣に座る。
「おまえ、2講は?」
「うん。行ったら、早速休講だった」
 だからここで新一を待っていたのだと言う快斗に、新一は苦く笑う。
「初っ端からやる気ねぇな…。俺なんて、初めから専門的なことばかりで……って、そうそう。今の授業、服部と同じだったぜ」
「へぇ…そうなんだ。…あ、専門科目だもんな。平次と一緒だったら、楽しかっただろ?」
「まあな。……でも、彼、この間に比べると随分大人しかったぜ。おまえがいなかったからかな?」
 カレーを口に運びながら言う新一に、快斗が意外そうに目を丸くした。スパゲティを絡めていたフォークを止めて、考えるように首を傾げて。
「そう?ふ〜ん…平次でも人見知りするのかな…。新一も大概人見知りだけど。……あ〜〜〜…けど、良いなぁ〜。俺なんか、一緒に授業受ける相手いないんだもん…淋しい……」
 言いながらテーブルの端に額を擦り付ける快斗の頭を、頬杖をつきながらあやすように撫でてやる。
「大丈夫だって。おまえなら、すぐに友達出来るよ」
「…そう思う?」
 幼い子どものように拗ねた瞳を向けてくる彼に、新一が笑いながら大きく頷く。
「うん、すげぇ思う。だから拗ねるなよ」
「思い切り子ども扱いだよね…」
 はぁ…と溜め息を吐いて顔を上げる快斗に、新一が腕を引っ込めて呆れたように目を細めた。
「こんなことで拗ねるなんて、十分子どもじゃねぇかよ」
 途端にプクッと頬を膨らませる快斗を面白そうに眺め、彼はふと何かを思い出したかのように食事の手を止めた。
「あ、そうだ。服部って趣味とかあんの?」
「え?……新一…その言い方は平次に失礼じゃない…?」
 そりゃあ、誰にだって趣味はあるんじゃないの?と責めるような目を返してくる快斗に、新一は暫く呆けてからようやく先刻の自分の科白に語弊があったことに気付き。
 慌てて両手を振って弁解する。
「は…?……あ、いや、そういう意味じゃなくって!これから同じ講義受けていくのに共通の話題があった方が良いかな、 ってさ。さっき、服部に聞かれたんだけど、そのときは突然過ぎて呆気に取られちまって……話せなかったんだ」
 滅多に拝めない焦った新一に満足したらしい快斗は、手持ち無沙汰にスパゲティの中にフォークを入れてくるくると回しながら考え込む。
「あぁ、そういうこと。ん〜〜〜……確か、高校のとき剣道部に入ってて、あと、本を読むのが好きだって 言ってたよ。それも、推理小説が一番好きだって」
「マジで!推理小説とか好きなんだ?」
 耳に飛び込んできた単語に瞬時に反応した新一が、瞳を輝かせながら身を乗り出す。そんな彼に笑みを零し、快斗は愛しげに瞳を細めた。
「うん。だから、絶対新一とも話が合うと思ったんだ」
「そうだな。そっか…推理小説が好きなのか……。何が好きなんだろうな…」
「俺はやっぱ、ルパンかな」
 独り言のように嬉し気に呟く新一に、快斗がニコニコしながら頬杖を突く。
「おまえの趣味は聞いてねぇよ」
 そんな彼に、そんなことは知っているとばかりに新一は眉を顰めて素っ気無くあしらう。すると、快斗が大袈裟なまでに傷ついたような声を上げ。持っていたフォークを皿に置き、両手で顔を覆って泣きまねをする。
「酷っ!冷たいなぁ、新一。それがコイビトに対する言葉?」
「あ〜…ったく。悪かったな」
 ホールドアップのポーズで脱力したように大きな溜め息を吐く。
 保護者のような気持ちで快斗を宥めながらも、彼とのこんなバカげたじゃれ合いは嫌いじゃないと思う。そして、先程彼から聞いた平次の趣味が自分と同じだということにも、内心浮き足立っていて。
 これからの学生生活は思っていたよりも楽しいものになりそうだ、と。
 新一は快斗が顔を伏せているのを良いことに密かに笑った。



  *  *  *



「あ!黒羽、工藤!何や、おまえらも読書か?」
 食後の一服に読書でも…と向かった図書館で、背後から声を掛けられた二人は同時に振り返った。見知った声の主は予想と違わず、振り向いた先には両手に何冊もの本を抱えた平次の姿。昼食時だからか周りにはあまり人気が無く、静かな室内に響いた声を咎める者はいない。
 新一は、近付いて来た平次が持つ本の背表紙の一つ一つを見て、微かな笑みを口元に浮かべた。
「うん、時間潰しにちょっとね。俺、次の授業4講だからさー、新一にも付き合ってもらって…。…あ、そうだ!聞いてよ、平次!俺、さっきの授業休講だったんだよ〜。折角初めての授業なのに、何か出鼻挫かれたって感じ」
「ははは。そら〜、初っ端からやる気あらへんなぁ〜」
 情けない顔で溜め息を吐く快斗が余程面白かったのか、平次が楽しそうに笑う。その科白に、快斗は再び溜め息を吐いた。
「平次、新一と同じこと言ってる…」
「え…?そ、そうか……?」
 どこか照れたようなはにかんだ笑みを浮かべ、平次はチラリと新一に目を移す。窺うような瞳と出会い、新一は苦笑しながら小さく頷いた。
 それから三人は窓際の日当たりの良い席に落ち着き、各々選んで来た本を机に置いた。新一が持って来た本に目を留めた平次は、殊更嬉しそうに笑って。
「へぇ〜…工藤って、ホームズが好きなんや?」
 タイトルを指差して新一を見る。
 新一はその本を手に取ると、一度表紙を指でなぞって目を上げた。
「あぁ。おまえも推理小説好きなんだろ?」
「え?何で…」
「俺が教えたの。それに、今平次が持って来てる本も全部そうだしね。エラリー・クィーン」
 ページを捲りながら言う快斗に、平次が自分の前に置かれた本のタイトルを見回して苦笑いを零す。
「あ…そか。推理小説、めっちゃオモロイやんな〜。同じ趣味の奴に会えて嬉しいわ」
 心底嬉しそうな平次に新一も思わず頬が緩む。
 それは、自分もそう思ったから。
 今まで、自分と同じジャンルの本が好きな人間は少なからずいたけれど、こんなに嬉しいと思ったことはない。
 恐らく、一度に何冊も持って来て夢中で読み耽る行動が自分と似ているからだと、新一は納得して自らも本を開いた。
 その後、彼らは一言も喋らずにそれぞれの世界を黙々と読み耽た。
 図書館の窓は床から天井まで広がる大きなもので、春の麗らかな日差しが惜しげもなく室内に降り注いでいる。窓外では幾つもの銀杏の樹が、青々とした若葉を穏やかな春風に揺らせていた。
「…あれ?服部くんじゃないですか?」
「……え?」
 と、不意にその静寂を破る声が頭上でして、彼らは没頭していた本の世界から意識を戻した。
 呼び掛けられた本人は、本から顔を上げて不思議そうに振り返る。彼の正面に座っていた二人も、釣られるように視線をそちらに向けた。
「やっぱり服部くんだ。久しぶりですね」
 平次の後ろに立ち、振り向いた顔を確認して嬉しそうに微笑む青年。片手に本を持って立つ姿は 悠然としていて、穏やかな笑みもどこか気品に溢れている。それに加え、栗色の髪が差し込む日差しに透けて、すらりとした長身の彼を一層優雅に見せていた。
 暫く考えるようにその顔を眺めていた平次は、ようやく思い当たったのか「あ!」と口を開けて。驚いたように瞳を見開いて立ち上がり、不躾にも相手に人差し指を突きつける。
「……あぁ!白馬やんか!!」
「知り合いか?」
 二人を交互に見比べながら、新一が平次に問う。
「あぁ、白馬探言うねん。こいつのおとんは警視総監でな、ウチの親父とも昔から付き合いがあってん」
「へぇ…。あ、初めまして。俺、工藤新一って言います」
 服部の親は警察関係者なのだろうか?などと考えながら、新一は取り敢えず立ち上がって軽く会釈した。
 白馬探と紹介された彼は穏やかな瞳を新一に向けて会釈を返し、そのまま視線を横に流した。
「どうも、初めまして。白馬探です。……そちらは、キミのご兄弟ですか?」
「いや、こいつは……」
 新一が言葉を発する前に快斗はすくっと立ち上がり。
「黒羽快斗。工藤クンのコイビトです」
「………はぁ……」
 ぎゅっと新一の腕に抱きつくと、「コイビト」の部分にアクセントを付けてわざとらしいまでにニッコリ笑う。抱きつかれた新一は、やれやれと言った様子で額に手を当てて息を吐いた。
 二人のやり取りを一瞬呆気に取られて見ていた探だったが、やがて面白そうな笑みを唇に乗せた。
「それはそれは……。恋人ですか。良い関係ですね」
「へへっ、そうだろ〜?」
 得意そうな笑顔で自慢する快斗を新一が呆れた瞳で見つめる。そんな彼らを複雑な面持ちで眺めていた平次は、ふと思い出したように探を見た。
「それにしても、白馬、確かイギリスに行っとったんとちゃうかった?」
 問い掛けられた探は振り返って首肯する。
「えぇ。でも、大学はこっちにしたんですよ」
「ふーん…。あ、せや、工藤。白馬もめっちゃホームズ好きなんやで」
 これを見てみぃとばかりに、彼が持つ本のタイトルを新一に見せつける。途端、新一の瞳が煌いた。
「えっ、本当か?」
「はい。彼程素晴らしい探偵はいないと思っています」
「だろ?そうだよな!何か、すげぇ嬉しいなぁ」
 本当に嬉しそうに笑う新一に、探も柔らかく笑んで応える。
「僕も嬉しいですよ。彼の素晴らしさを語り合える人がいるとは…。工藤くん、キミとは良い友人になれそうです」
「俺もそう思うよ」
 急速に仲が深まった感のする二人を、残された二人は黙って見守る。一人はどことなく面白く無さそうな困ったような表情で、もう一人はあからさまに不機嫌な顔をして。やがて我慢の出来なくなった快斗は、無理矢理二人の間に割り込んだ。
「ストップ。俺を置いて、自分達だけ仲良くなるなよ」
 不機嫌な声色で口を挟まれ、新一はきょとんとして快斗を見つめ、探は楽しそうに瞳を細めた。
「これは失礼。妬きもち妬きな恋人を持つと大変ですね」
「ヤ、ヤキモチなんて妬いてねぇよ!」
 誰がどうみても妬きもち以外の何者でもないというのに、図星をさされた快斗は顔を真っ赤にして反論する。
 一人取り残された平次は、話題を変えるように口を開いた。
「なぁ、白馬。そういやおまえ、学部はどこなんや?」
「え?あぁ、経済ですよ」
 突然の平次の言葉に瞳を傾げながらも答えると。
「そうなんや。ほんなら、黒羽と同じやんな。良かったやん、黒羽。同じ学部に知り合い出来て」
「えぇ?」
 にっこりと笑って片手を振る平次に、快斗が眉を顰めて探を振り返る。探は、快斗と平次と新一を順番に見回してから、何事か思いついたらしくクスリと小さく笑った。
「そうなんですか?黒羽くん、よろしくお願いしますね。……それにしても工藤くん……」
 探は一旦そこで言葉を切ると、新一に顔を寄せてひっそりと囁いた。
「キミは罪な人ですね」
「はぁ?」
 意味のわからないことを言われ、新一が片眉を上げて探を見つめ返す。その様子に探はもう一度クスッと笑い、腕時計に目を落とした。
「いいえ、何でもありません。あ、そろそろ次の授業に行かなくては。では、皆さん、またの機会に」
「おう。またな、白馬」
 探は本を鞄に仕舞うと軽く手を振る平次に微笑み返し、ゆったりとした足取りで図書館から出て行ってしまった。言うだけ言って去って行く彼を、平次を除く二人が呆然と見送る。
 暫くして、ようやく我に返った快斗がコソリと呟いた。
「………平次…おまえって、何かすげぇ知り合いがいたんだな…」
「そうか?でも、ホンマええ奴なんやで。最初はちょぉ取っ付きにくいかもしれんけど、仲良うしたってな」
 小首を傾げながら笑う平次に、快斗は「そうなの…?」と言いつつも、あまり納得出来ない様子でゲンナリと肩を落とした。その横で、未だ彼が去った扉を見つめる新一は、微かに瞳を眇めてから椅子に座り直した。
「そう言えば新一、さっき白馬に何言われたの?」
「…え?……いや、別に大したことじゃねぇよ」
「ふーん…」
 不思議そうに鼻を鳴らして自分も椅子に腰を下ろす快斗を横目に見て、新一は先程の探の言葉を思い出すと考えるように机に肘を突いた。
 唇を指でなぞりながら顔を顰める。
(……罪な人って、どういう意味だ?あいつ……変な奴かも………)




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