あの後、何故だか探の家でバースディ・パーティを開催されてしまった新一は、異様な盛り上がりを見せる平次と、元々お祭り体質でノリの良い快斗のテンションに押され、穏やかな笑みであるにも関わらず、否とは言わせない雰囲気を纏いながらワインの入ったグラスを差し出す探に圧倒され。
 何だかとても疲れた気分で家路に着いた。
 それでも、皆の気持ちは嬉しかったし、楽しくなかったのかと言えばそうでもなく。
 わざわざ自分の誕生会を開いてくれた友人達の気持ちが擽ったくて、新一は門を開けながら小さく笑った。
 そして、ふと何かを思い出して笑みを深める。
 入学式以来、新一と2人になるとどこか遠慮したような態度を示していた平次が、殊の外一人でベラベラと喋っていたことを思い出して。
 何が楽しいのか、始終とても上機嫌で、満面の笑顔で絶えず新一に話しかけていた。それは推理小説の話だったり、実際に起きた事件の話だったり、はたまた先日の講義の内容だったりしたが、「平次とならすぐに仲良くなれる」と彼を絶賛していたはずの快斗が少しだけ複雑な顔をする程だった。
 恐らく、自分のわからない話をしてあまり構わなかったのが面白くなかったのだろうと思う。
「まったく。あいつのそういうところは本当にガキみてぇだよな…」
 ポツリと呟いて微苦笑を浮かべながら、そう言えば…と思い至る。
 酒が入っていたためか、それともあれが素の状態なのかはわからないが。
 普段の自分ならば、例え同じ学部で一緒に過ごす時間が多いとは言っても、知り合ってまだそれ程経っていない相手にあんなに絡まれたらあまり気持ち良くは思わないのに。煩いくらいに絡んで来ていた平次を煩わしいとも感じず、むしろ好感を持っていた自分に気付く。新一はそのことにとても驚いた。
 今までそんなことは無かった。あの快斗ですら、ここまで親しくなるのに半年はかかったというのに。
 平次は新一のテリトリーにいとも簡単に入り込んだ。
 これまで感じたことのない感情にも戸惑う。
 平次と話をしていると時間を忘れた。自然と感情が昂ぶった。それは何故なのだろうか。
 ただ、今わかっているのは、平次と一緒にいると楽しいということだけだ。彼の隣が何とも心地良く感じて。

 ―――俺にとって、服部はどういう存在なんだろう…?

 自分の心の中に芽生えた未知なる芽を感じながら、新一は扉に鍵を差し込んだ。






「おーい、工藤!丁度良かった」
 キャンパス内を歩いていた新一は、不意に後ろから声をかけられて振り返った。
「ん…?あぁ…橘じゃねぇか。何か用か?」
 見覚えのある顔に足を止める。サッカー部である彼とは、たまたま一度だけサッカー談義を交わしたことがあった。
 橘と呼ばれた青年は黒髪の短髪でいかにもスポーツマンといった感じで、大きく手を振りながら駆けて来る。新一の目の前まで来ると大きく息を吐いた。
「あのさ、おまえってサッカー好きだったよな?」
「?あぁ」
 頷くと、橘は「よしっ!」と呟いて小さくガッツポーズをする。不思議に思って見ていると、彼はポケットから何やら2枚の紙を取り出した。
「実はさ〜、スピリッツとビッグの試合のチケットがあんだけど、おまえ、行かない?」
「えっ、マジ!?いつ!?」
 忽ち瞳を輝かせて食いつく新一に橘はチケットを確認して。
「んーっと、来週の日曜日」
「日曜日な?行く行く!!」
 二つ返事で頷く彼を見て、橘は心底ホッとした表情を見せた。
「そっか!良かったー。じゃあ、これ。2枚あるから、誰か誘って行けよ」
「え?おまえは行かねぇのか?」
 渡されたチケットと今し方の台詞に新一が小首を傾げる。すると、橘はバツが悪そうに頭を掻いた。
「んー?俺?いや〜実はさー、彼女と行こうと思ってたんだけど、急に都合悪くなっちまってさ。結構良い席取れたし、勿体ねぇから」
「そうなのか。それは残念だな…」
 返答に納得し、新一はチケットを大事そうに財布に仕舞う。そして、当然のように数枚の紙幣を差し出す彼に、橘は瞠目すると慌てて首を振った。
「へ?いや、良いよ。無駄になるはずのチケットだし…」
「そうはいかねぇよ。結構高ぇ席じゃねぇか、これ」
 チケットに記されていた金額を思う。恐らく、彼女とのデートのために頑張ったに違いない。
 橘は困ったように目を逸らした。
「ま、まぁな…奮発したし……」
「だろ?だから、ほら。観るのは俺なんだから、チケット代払うのは当たり前だって。受け取れよ」
 一向に引き下がる気配の無い新一に根負けした橘は、それでも申し訳無さそうにおずおずと手を差し出した。
「そ、そっか?何か悪いな…。あんがと」
「こっちこそ、サンキュー。じゃ、またな」
 手を振って去って行く姿に片手を軽く上げ、新一は思いがけず手に入った幸福を噛み締めるように、ゆっくりと財布を鞄に入れて軽く叩いた。




 その日、講義が終わってから学食で快斗と落ち合った新一は、ウキウキとしながら、早速先刻譲り受けたチケットを取り出して話を持ち掛けた。
 「新一からデートに誘ってくれるなんて初めてv」とか何とか言いながら、嬉々として話を聞いていた快斗だったが、しかし、そこに記されていた日付を見た途端残念そうに眉を下げた。
「あちゃー、来週の日曜日かー…。ごめん。俺、朝からバイトなんだよ」
 食べていたカップアイスをテーブルに置き、チケットを穴が開くほど見つめて悔しそうに唸る。
「え?そうなのか?……そっか…じゃあ、仕方ねぇな」
 悔しさの余り、快斗のチケットを持つ手に力が篭る。このままでは皺くちゃにされ兼ねない勢いに、新一は快斗の手からそれを取り戻した。
 手から離れて行ったチケットの行く先を快斗が目で追う。
 あまりにあっさりと引き下がり、財布にそれらを仕舞う新一を見ながら、快斗はテーブルに両肘を突くと頭を抱えた。悲しそうな瞳で新一を見上げる。
「何だかあっさりしてるね。新一は、俺と行けなくて残念じゃないの?」
 情けない声音に新一が瞳を上げ。呆れたように溜め息を吐く。
「何言ってんだよ。残念も何も、バイトじゃ仕方ねぇだろ」
「そうなんだけどさ…」
 でも、もう少し残念がってほしい…と嘆き、快斗はへなへなとテーブルに突っ伏した。
 がっかりして元気が無くなってしまった快斗の旋毛を眺めながら、新一はもう一度小さく息を吐いて。
 柔らかく髪を撫でてやる。
「俺も残念だって思ってるから、安心しろよ。また次の機会にな」
 穏やかな口調に、顔をテーブルと接触させていた快斗がそろりと瞳を上げる。その様子がまるでお預けを食らった小動物のようで、新一は思わず笑みを零した。
「うん…。ごめんね。折角新一がデートに誘ってくれたのに、すっごく残念だよ…」
「別に、デートってわけじゃねぇけどな…」
「ん?何か言った?新一」
「いや、別に」
 小さな呟きにも耳聡く反応してムゥっと頬を膨らませる快斗に苦笑して、新一はコーヒーカップに口を付けた。
「さてと。じゃあ、日曜は一人で行くか。…あ、おまえの知り合いにサッカー好きな奴いねぇ?これ結構良い席だし、勿体ねぇから誰か観る奴いたら渡してくれよ」
 チケット代はいらないからとテーブルに置かれた1枚のチケットを黙って見つめていた快斗は、不意に何事か思いついたように顔を上げた。
「……そうだ。平次には声掛けてみたの?」
「服部?いや…」
 そう言えば、今日は同じ授業が無かったから顔も見ていない。携帯番号は一応教えてもらったけれど、まだ自分から掛けたことも無いし―――…などとぼんやり考えていると、目の前で快斗が溶けかかったアイスクリームをヘラで掬った。
「なら、平次に聞いてみれば良いじゃん。新一も、あいつとは結構打ち解けたみたいだし、他の人よりは気を張らなくて済むでしょ?」
「気を張らなくてって……。けど、まぁ…そうだな。一応誘ってみるか」
「うん」
 ヘラを口に突っ込みながら頷く彼に、新一はつと眉を顰めた。快斗の瞳がどこか違うところを見ているような気がして。
「…どうかしたか?」
「何が?」
 けれど、返された瞳はいつもの彼のそれで。
 新一は暫しじっとそんな快斗の顔を見つめていたが、やがて瞳を伏せると緩く首を振った。
「……いや、何でもない」
「変な新一〜」
 快斗が屈託無く笑う。それにつられて新一も微かに笑みを浮かべた。
 先程の快斗の瞳が気になったが、すぐにいつもの表情で見つめられて。
 もしや見間違いだったのかと頭を振り、新一は楽しげに違う話をし始めた快斗の声に耳を傾けた。




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