初出し同人誌2003.8.16/2005.09.25






「欲求不満なんだ…。どうしようもなく、身体が疼いて仕方ねぇんだよ……」





 小さな身体に相応しく、性欲も当たり前のように抑制されていた。
 それでも、高校生である心は本来あるべき欲求を抱えて荒れ狂い出す。
 出来るはずも無いのに、誰かを求めて止まない身体。誰にも言えない苦悩。




 灯りも点けず、夕闇に飲まれた部屋で耐え切れずに胸の内を吐露した。密やかな告白。


 何も期待はしていなかった。
 けれども、小刻みに震える身体はどうしようも無く、自らを抱くように腕に力を込める。


 そして、現実を突きつけられる。あまりの自分の身体の小ささに。




 呆然として固まってしまったその身体を思いがけず優しく抱き締めてくれたのは、褐色の腕だった。
 いつも見守ってくれていた温かい笑顔。普段の太陽のような笑顔は伏せられ、切なげな表情が暗闇に浮かぶ。すぐ傍で息衝く温もり。抱き締められ、身近で感じる体温と吐息にドクンと心臓が跳ねた。




 ふと、身体の奥から噴き出してきた激情のままに、縺れるように己よりも大きな褐色の身体を押し倒した。
 こんな小さな身体に、まるでそうすることが極自然なことであるかのように、されるがまま組み敷かれたのは、ずっと見つめ続けていた蘭では無く―――……同じ高校生探偵として並び称されていた服部平次だった。




「好き……好き、なんや…ぁ……っ、工藤ぉ……おまえが…………」




 飢えていたかのように、雄の本能に任せて夢中で貪るコナンの手に翻弄され、熱に浮かされた平次の最初の言葉は、彼の心に鮮やかに響いて、そして散っていった。
 それから二人はことある毎に密会を重ね、抱き合うようになっていった。
 コナンが平次を抱いた初めの切っ掛けは、確かに抑え難い欲求だった。平次の「好き」だという言葉に甘えて強く抱き締めたのも事実。
 だが、二人はそれまでも幾多の苦難を共に乗り越えてきた朋友だった。平次が現れるまで孤独だった新一。そして、正体に気づいてからは躊躇うこと無くコナンを「工藤」と呼んでくれる平次に、なんだかんだ言いながらも彼は内心救われていたのだ。
 いつしか、そんな平次に新一も惹かれていた。平次の陽の光を思わせる温かな笑顔や、危なっかしい性格を愛しいと思うようになっていた。平次の全てが愛しく、離れ難かった。
 このときが、いつまでも続けば良いと柄にも無く願うようになって。



 恋愛対象としてお互いを抱き締め合うようになるまでに、そう時間はかからなかった。












fragile













「あ〜ぁ……早く元の姿に戻りてぇ……」
 コナンが居候している蘭の家では(ゆっくりと二人っきりの時間を持てずに)気を遣うからと、毎回東京に来る度に平次が取っているホテルの一室。薄暗い部屋には、今し方の行為の余韻が微かに残っている。既に陽はすっかり落ち、窓の外には摩天楼の幾多もの光が煌々と瞬いていた。
 情事の後の独特の倦怠感に浸りながらベッドに寝そべっていたコナンが小さく呟いた科白に、隣りで同じく寝転がっていた平次は「ん?」と瞳を傾げた。
「今、灰原の姉ちゃんが解毒剤作ってくれとるんやろ?もう暫くの辛抱やって」
「そうだけどよぉ……」
「せやけど、ホンマ良かったやんな。後は、おまえが元に戻れるのを待てばええんやもんな。あんときは正直ヤバかったやん…。今やから言うけどな、マジで死ぬかと思ったんやで」
 そう言ってはにかむように笑う平次から、コナンは視線を逸らした。両腕を伸ばして枕に突っ伏す。
 誰も「来い」だなんて言わなかったのに…。
 平次の言う「あのとき」とは、黒の組織との最後の対決のときのことだ。
 危険な上、わざわざ大阪にいる平次を巻き込む気は全く無かったのに、出発のとき、工藤邸に集まった博士や哀、全てを話して事情を知った目暮警部や警視庁の顔馴染の刑事達、FBIや優作の知り合いだと言うインターポールの捜査官の中に、何故か彼の姿があったのだ。
 深夜で新幹線が無かったからバイクで来たと言う平次に、コナンは思わず罵声を浴びせてから呆れてしまったのだけれども。
 無茶をするのは相変わらずだ。だから呼びたく無かったのに、平次は何度も殺されそうになりながらも必死で戦ってくれた。自分を庇った平次の腕を銃弾が掠めたときは、本当にこの小さな身体が恨めしくて。何も出来ない自分が歯痒くて。命の危険に晒されながらも、平次はずっとコナンの隣で笑って励ましてくれていた。
 物陰に身を潜め、息を詰めながらも迫り来る敵の多さに「もうダメかもしれない…」と、らしくもなく弱音を吐いたコナンに、血や泥で汚れた顔で「大丈夫や」と笑っていてくれた。何度、その笑顔に勇気付けられたか知れない程に。
 そして、長かった組織との戦いは、数時間後に何とか死人を出さずに全員逮捕という形で終焉を迎えたのだった。新一の身体を小さくした黒の組織は壊滅した。
「あのときは本当、世話になったよな。おまえがいなかったら、俺は今ここにいなかったかもしれない」
 数日前のことを思い出しながら、ずっと感じていたことを珍しく素直に口に出したのに。
「えぇ〜〜〜ッ!?工藤からそないな言葉が出るやなんて……っ!!珍っしいなぁ……今度は地球が崩壊するんちゃうか?」
 なんて、ぬかしやがった。真剣に内心照れながら言っただけに、ヘラヘラ笑っている顔がムカつく。
「…………」
 コナンは無言で顔を上げると、ついっと平次の傍に潜り込んだ。未だ笑っている彼の上に乗り上げる。突然のことに、平次は笑うのを止めて不思議そうな顔をしてコナンを見上げた。丸い大きな瞳がなんの澱みも無く自分を見つめるのを目の当たりにして、きょとんとした顔も可愛いだなんて、俺も相当イッちまってんなぁ…と、コナンは心の中でそっと苦笑する。その瞳を見つめ返しながら、コナンは静かに唇を平次のそれに寄せた。
 黙れとでも言うように文字通り塞がれた、けれども優しく甘い口付けに、平次は先程の行為を思い出して蕩けたように瞳を閉じる。時折感じ入るような吐息が平次の唇から漏れた。暫く互いの唇の感触を楽しんで、ようやくコナンが平次の上から退くと、二人の間を名残惜しげに銀糸が繋ぐ。あからさまにそれを目にしてしまった平次はパッと顔を紅色に染めると、何とも言えない表情で起き上がった。
 コナンを見つめ、何事かを思案するように時折伏せられる瞳。手は落ち着き無くシーツを絶えず引っ掻いている。
「何だよ」
 何かを言いた気な平次の様子に堪りかねて、コナンは不審気に顔を顰める。それが切っ掛けだったのか、平次はハァ…と、一度詰めていた息を吐き出して深呼吸をしてから、意を決したように真っ直ぐコナンを見つめた。
「あんな……」
「? 何だよ、気持ち悪ぃな。言いたいことがあるんならさっさと言えよ」
 ぶっきらぼうな物言いに平次は思わず一瞬口を閉じかけたが、気合を入れるように拳を握り締めると再び息を吐いた。
「あんな……おまえ、元に戻ったらどうするんや?」
「え?あぁ…高校辞めて、大検受けるつもりだぜ」
 コナンの返事が予想通りだったのだろう、平次は心なしか嬉しそうな顔をしてずいっと身を乗り出した。
「……俺、実はな……大学、こっちの受けようかと思うてんねん」
「え…?」
「この間、今年最後の進路希望出してん。年明けたらすぐ三年やし、和葉の奴も蘭ちゃんと一緒のトコ行きたい言うてたし…和葉の親も、俺も東京の大学行くんならええ言うてんねんて。…それに……それよりも、俺自身が今よりもっと工藤の傍におりたいんや」
 頬を少し赤らめながらの告白。純真無垢な瞳が見据えてくる。
 そんな平次に見惚れながら、コナンは「それなら俺ん家に来れば良い」と返そうとして、不意に表情を強張らせた。


 瞬間、脳裏に浮かんだ人物の影を思って口を噤む。




 元に戻るということは、そういう、こと…。




「……考えておくぜ」
 暫しの沈黙の後、小さくそう言って平次から瞳を逸らす。一度感じてしまった背徳感に彼を真っ直ぐに見ることが出来なかった。声が不自然に上擦ってしまいそうで、コナンは平静を装うのに必死だった。
 だから、そのとき平次が至極淋し気に笑ったことに、彼は気づかなかった。






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