「もう!新一も服部くんも、どこ行っちゃったんだろうね。普通、女の子を放っておく?何で後を追って来ないのかなぁ……信じられない!!」
 男二人の元を離れて幾許か後、いくら待っても追いかけて来ない彼らに、蘭は後ろを振り返りつつ文句を言う。すると、そんな彼女を和葉がちらりと見て。何か言おうとして口を開き、そのまま視線を外す。片手を胸の辺りで握り締める。
「……なぁ、蘭ちゃん…」
「ん?なあに?和葉ちゃん」
 いつにも増してどこか緊張気味な和葉の声に、蘭が不思議そうに振り向くと彼女に視線を合わせる。和葉は言い辛そうに足元を見つめながら、重い口をゆっくり開いた。
「……あんな、アタシ……さっき、あの二人の顔覗き込んだときにチラッと見てしもたんやけど……」
「え?」
「……工藤くん……チェーンチョーカー……してるんやな……?」
 チェーンチョーカー…。
 その単語に、蘭の表情が些か歪む。
「…うん……。本人は…衝動買いしたって言ってたけど……」
 それでも何とか言葉を繋いだ蘭に、和葉が心なしか心配そうな顔を上げた。
「工藤くんって、あーいうのん衝動買いしたりすんの?」
 和葉の何気無い質問が、蘭の心に小さな傷をつけていく。今までの新一の態度、行動を思い描き、何かを確信しそうになってどんどん気持ちが落ち込んでいく。
 蘭は緩く頭を振った。
「……ううん。今まではそんなこと、一度も無かったよ…」
 一瞬にして沈んだ表情となってしまった蘭に内心慌て、気遣いながらも、和葉は今さっき自分が見た事実が真実であるかどうか確かめる必要があると、揺れる心を鬼にして蘭に向き合う。それを知る権利がこの子にはあるのだから…と考え直すと、いくらか気持ちも落ち着いた。
 人混みを避けるように、和葉は蘭を手招きして道の端に移動すると、やはり多少躊躇いがあるのか、視線を彷徨わせながら話し出した。
「…………あんな……こんなこと、蘭ちゃんに言うてええんかわからへんけど……」
「……なに?」
「蘭ちゃん、工藤くんの彼女やん…。聞く権利あると思うねん……」
「…………」
 それまでの話の流れから何事かを察していた蘭は、黙って和葉の言葉を待つ。
 沈痛な面持ちで自分を見つめる蘭に、和葉は胸が一杯になり。しかし、息苦しささえ感じたが、言い出したからには最後まで告げなければならない。
 和葉は一度大きく深呼吸をすると、息を吐くように言葉を紡いだ。
「あの、工藤くんがしとったチェーンチョーカーな……平次が買うたのと、同じかもしれへんねん……」
「……そうなんだ…」
「ほんでな……それを、工藤くんが身に着けとって……しかも、蘭ちゃんに『自分で買うた』て言うたっちゅーのは……」
「…ごめん、和葉ちゃん。それ以上は言わないで…」
 和葉の声を遮るように、蘭が自らの耳を塞いでその場に蹲る。
 ハッとした和葉は、自分が出過ぎたことをしてしまったのだと知り、一気に罪悪感に襲われた。オロオロとして、蘭に手を伸ばしては彼女の周りを動き回る。
「蘭ちゃん……あの……ご…ごめんな……」
 どうして良いのかわからず、とうとうしゅん…として項垂れた和葉に蘭は慌てて両手を振ると、手近にあったベンチに脱力したように座り込んだ。大腿に肘を突いて両手を組み、そこに額を押し付ける。
「………私も薄々感じていたの。あのとき…チェーンチョーカーのことを聞かれたときの新一、明らかに動揺してた。それに、さっきレストランで和葉ちゃんから服部くんの話聞いて、思ったの……」
 そこで一端言葉を切って、蘭は小戦慄く唇を隠すように両手で覆った。瞳には、既に薄い膜が張られていた。
 彼女の前に立ち尽くしていた和葉が、それを目の当たりにして急いで隣に座る。
「服部くんが好きな人は新一で…………もしかしたら……新一も……」
「蘭ちゃん…っ!憶測で物言うたらあかんよ…。ホンマごめんな…アタシが余計なこと言うたから……」
 彼女の科白を皆まで言わせないように必死に声を張り上げたため、思いがけず大きな声が響いてしまった。行き交う人々が驚いたように二人を見る。だが、今はそんなことに構っていられなかった。
 言葉を止められた蘭も一瞬驚いたように和葉を見つめていたが、程なくして力無く首を振った。弾みで瞳から涙が一滴零れ落ちる。頬を滑らかに伝う涙を、和葉が苦しそうに眉を寄せて目で追いかけた。自分が言い出したことが原因とわかっているから、彼女が悲しむ姿を見るのは一層辛かった。
「ううん、違うの。これって大切なことだよ。辛くても、確認しなきゃいけないよ……」
 次の瞬間、涙を拭って顔を上げた蘭の瞳に意外にも強い光を見つけ、和葉は唇を引き結ぶと強く頷いた。
「……せやね。でも、どないするん…?まさか、工藤くんに直接……?」
 恐る恐る尋ねた問いに、蘭は微苦笑を浮かべて。
「…和葉ちゃん……ごめんね。私、そんな勇気まだ無いから………服部くんに…聞いても良いかな…?」
「…うん……しゃあないやんな…。ほな……ちょぉ、段取り決めよか…。工藤くんがおったらまた面倒やし……こない話、聞かれたないやん?」
「うん……ありがとう、和葉ちゃん…………ごめんね…」
 泣き笑いのような哀しい笑顔。この先、蘭にとっても平次にとっても、辛い未来が待っている。何も出来ない自分の無力さに、和葉は歯噛みした。
 大切な人が苦しんでいる。このことを、彼は知っているのだろうか。
 和葉は、親友と最愛の幼馴染みの行く末を思うと目頭に熱いものが込み上げてきた。
 でも、ここで泣くわけにはいかないから。
 今は奥歯を噛み締めて、少しでも彼女の力になれるように精一杯頷いて見せることしか出来なかった。






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