携帯電話の着信音が空虚な空間に鳴り響く。


 あれから、お互いに何も話さず、どこか現実味を帯びない気分だった新一と平次を、その音が一気に現実に引き戻した。気付けば、いつしか辺りは薄闇に覆われていた。
 昼間の陽気はどこへ行ってしまったのか、やはり日が暮れるとまだ少々肌寒い。
 二人同時に自分の携帯を探り、鳴っていないことを確認した彼は相手を見やる。すると、ディスプレイを見て、明らかに狼狽えている表情を発見した。不思議に思いながら見ていると、気付いた相手は取り繕うようにジーンズに片手を入れて通話ボタンを押した。
「…………はい、もしもし……」
『あ、服部くん?私、毛利蘭ですけど…』
 機械越しに聞こえて来た、綺麗な人の声。彼の、彼女からの電話。
 何故、彼ではなく自分に掛かってきたのか不思議に思いながらも、平次は取り敢えず追えなかったことを謝罪する。
「あ、すまん。途中で見失うてしもてな……どこにいてるん?和葉はどないしてん?」
『うん、あの…今、夢とおとぎの島にいるんだけど……その…和葉ちゃん、ちょっと具合い悪くなっちゃったみたいで……』
「えっ?そうなんか?ほな、帰るか?」
『あ、うん……だから、こっち来てもらえるかな…?』
「よっしゃ、わかったわ。夢とおとぎの島やんな?ほんなら、すぐに…」
『あ!服部くん!それで…ごめん……悪いんだけど、こっちに着いたら連絡くれるかな?和葉ちゃんが、服部くんと二人だけで話があるって……』
 和葉の体調が悪いと聞いて急いで電話を切ろうとする平次に、蘭が慌てた声で待ったを掛ける。その内容に、平次は小首を傾げた。
 改まって、何の話があるというのだろう?
「あぁ、かまへんで。ほな、着いたら連絡する。すまんけど、和葉んことよろしゅうな」
 しかし、そんなことを蘭に聞いてもわかるはずもないだろうし、彼女を困らせてしまうのは目に見えている。それに、幼馴染みの容態も気になったし、看てくれている蘭にも申し訳が無く、少しでも早く行こうと考えた平次は、口早に了承を返して電話を切った。
 携帯をポケットに仕舞っていると、新一が未だ芝生に腰を下ろしたまま怪訝そうに見上げてきた。
「どうした?」
「いや…和葉が具合悪なってしもたらしいわ。ほんで、今、夢とおとぎの島におるっちゅーから…」
 聞いて、電話中の彼の様子に合点いったらしい新一は素早く立ち上がると、平次が抗う暇も与えずに再度彼の腕を掴んで前方を指差した。
「それなら、ここから近いぜ。こっちだ」










 十数分も歩くと、このテーマパークのシンボルである大きなお城が見えて来た。
 平次は、ポケットを弄り携帯を手に取る。短縮を呼び出して通話ボタンを押した。
「あ、もしもし、蘭ちゃんか?今、着いてんけど、和葉の具合はどうや?」
『あ…うん……少し落ち着いたみたい…。それじゃあ、入り口から真っ直ぐ行くと大きな広場に出るんだけど、そこで休んでるから来てくれるかな?新一には、入り口の近くのレストランで待っててくれるように言って。服部くんが来たら、私もそこに行くから』
「わかった。ほんならな」
 どこか浮かない声質の蘭に、平次は得体の知れない漠然とした不安を感じたが、簡単な返事を返して携帯を切ると新一を見た。
「あんな、和葉が俺に話があるらしいねん。ほんで、今、ここ真っ直ぐ行ったトコにある広場にいてるらしいんで、おまえは、そこのレストランで待っててくれるか?俺が着いたら、蘭ちゃん、こっち来る言うてるから」
「え…何で?」
 言われた通りに指示すると、彼は途端に表情を険しくする。新一の心が全くわからない平次は内心焦るが、噯気にも出さずに淡々と言葉を紡いだ。
「ようわからんけど、何や、和葉の奴、二人だけで話したいらしいねん」
「……もしかして、よりを戻したい……とか…そういう話……なんじゃ…?」
「まさか。その件はちゃんと話し合うて、あいつも納得してくれたんや。そういう話ちゃうと思う…。それに、もしそないな話やったとしても、俺の気持ちは変わらへんし……」
 語尾は口篭ってよく聞き取れなかったが、平次の和葉に対する信頼の深さは十分過ぎる程新一に伝わり、それが鋭く新一の心臓を抉る。思わず醜い感情が頭を擡げそうになるのを、彼は必死に覆い隠した。けれど、口調の端々にそれが見え隠れしてしまう。
「……そうか。信頼し合ってるんだな。おまえのことに口出しして、悪かった…」
 言ってしまってから後悔する。いつものこと。
 目の前では平次が、殊更困った顔をしていた。
「あ、いや、別にそういうわけちゃうけど……。ほ、ほな、取り敢えず行ってくるわ」
「あぁ、わかった」
 逃げるようにその場を去っって行った彼を、新一は何とも言えぬ表情で見送った。






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