*   *   *



 傷が思ったよりも浅かった平次は、取り敢えず一週間だけ入院することになった。しかし、身体に大きな衝撃を受けたことには変わりなく、退院した後も暫くは検査も兼ねた通院生活が続く。
 新一は、平次が入った病室の前に立った。扉を見つめ、片手で拳を作る。
 和葉は平次の容態を聞くとホッと胸を撫で下ろし、新一に付き添いの任務を任せると言い残すと、泣き疲れてふらつく蘭の肩を抱きながら帰って行った。
 多少逡巡した後、振り上げた拳で扉を軽くノックする。中から反応は無かったが、一人部屋と聞いていた新一は、構わず扉を開いた。ベッドに横たわる彼の姿を目にし、新一は身体を部屋の中に素早く滑り込ませた。彼の息遣いがここまで伝わってくる。
 足を一歩踏み出す。ベッドへと歩いて行く自分の足音がやけに大きくて耳についた。
 ベッドの上の彼は、眠っているのか眸を閉じていた。撃たれたショックで気を失ったらしい彼の、通常より速く浅い呼吸をする度に上下する胸元。そこに巻かれた包帯が、服の隙間から覗いている。
 新一は突如、平次が生きていることを確かめたくてならない衝動に駆られ、昏々と眠るその耳元にそっと唇を寄せた。
「服部……」
(目を覚ましてくれ…。生きているのだと、おまえの無事を確かめさせて……)
 何度も名前を呼ぶ。
 すると、囁きがくすぐったかったのか、睫毛が微かに震えて瞼が薄っすらと開かれた。何度か瞬きを繰り返し、次第に意識がはっきりしてきたらしい彼は視線を巡らせると、自分を覗き込む顔に目を留めた。驚きに見開かれる瞳。
「……く、どぉ……?」
 掠れた声。
 新一は、壁に立て掛けてあった椅子をベッド際に持って来て腰を下ろした。
「………なぁ、服部……。聞いてほしいことがあるんだ……聞いてくれるか…」
「……?何や…?」
 不思議そうに新一を見つめ返す。怪我の所為で少々火照った顔を見ながら、新一は意を決するように膝の上に置いた手を、気合いを入れるようにぎゅっと強く握り込んだ。
「……俺さ……ずっと、好きな人がいるんだ…」
「……知ってんで…蘭ちゃんのコトやろ。ようやく……想いが通じ合うたんやもんな……」
 数秒沈黙した後、視線を逸らして淋しげに笑った平次に、新一が頭を緩く振って否定を示す。
「違う」
「え?」
「俺…さっき、蘭にちゃんと言ったんだ。俺の、本当の気持ち……」
「……?」
 平次は、新一の言っている意味がよくわからないといった様子で小首を傾げたが、黙って彼の声に耳を傾ける。
「『好きな人がいるから、ごめん』って。別れて来た」
「!?な、何で…っ!?おまえ、せやかて……っ!!し、したら………だ…誰なん……好きな、人って……」
 平次にとって新一の告白は唐突で。思わず勢い良く起き上がってしまった拍子に胸に鈍い痛みを感じ、眉を顰めて背を丸めたところを新一に咎められ、大人しく再びベッドに身を沈めた。その間も眸だけは新一から逸らされず。それを見て、新一が大袈裟なまでに盛大な溜め息を吐く。
「……鈍感」
「は?」
 ボソッと呟かれた言葉に、平次がきょとんとして間抜けな声を出す。新一は目を細めると、ゆっくり上体を倒してベッドに両肘を突くと顔を支え。呆れたように平次を見た。
「おまえ、本当に鈍いよな。俺が蘭と別れて来て、しかも『好きな人がいるから』って言って来たって話しているのに、わからねぇんだ?」
「……?あの……工藤……すまんけど、もうちょい分かり易ぅ言うてくれへんか…?」
「だから…!」
 鈍すぎる相手に、とうとう業を煮やした新一がキッと平次をきつい瞳で射抜き。
「おまえが好きだ」
 はっきりと告げた。
 平次は今しがた言われた言葉の意味を、瞬時に理解出来なかった。呆然と新一の顔を見つめ返す。
「…………ぇ……っ」
「ずっと……コナンだったときから、好きでした」
 もう一度、一語一語はっきり咀嚼するように言われて、ようやく理解した平次が途端に顔を赤くする。頭の中が混乱して真っ白になった。
「……えっ…あ……せ、せやけど……」
「おまえは……もう、俺のコト、好きじゃない…?」
「…………ずるいわ…」
 パニクる平次に新一が哀しげに眸を翳らせると、平次が唇を少しばかりと尖らせてそっぽを向く。
「何でだよ」
 向こうを向いてしまった平次に、新一が椅子から腰を上げ、ベッドの端に座り直して覗き込む。不服そうに異議を唱えた彼に、平次が堪らずと言った様子で勢い良く顔を向けた。挑むような眸で新一を真正面から睨みつける。相変わらず、頬は赤く染まっていた。
「俺が…先に『好き』やて言うたやん…っ!おまえがコナンやったとき…。あんときから、俺の気持ちはずっと変わってへん…!!」
 一度口に出してしまうと、その後はもう、止め処無く言葉が溢れて来た。ずっと、長い間彼に言いたくて言えなかった想いが堰を切ったように紡ぎ出される。
「俺……おまえが好きや…!!おまえが元に戻るまでの間だけでも、おまえと一緒におれるならええと思ってた。せやけど、あかんねん……。おまえと抱き合うたら抱き合う程、おまえを独り占めしとうて堪らんくなって……どんどん、貪欲になってく自分が怖かった。おまえには蘭ちゃんがおったから……。あの日、おまえから別れを切り出されたとき、俺は、おまえのためにもあのコのためにも、俺がここらで身ぃ引くんが最善やって思うたんや。……けどな、和葉からおまえらの話聞く度に…胸が痛ぁなって…苦しくて……おまえに……触れとうて……堪らんかった……」
 息をつく暇も無く、溢れる想いをぶつける。肩で息を吐く平次に、新一は申し訳無さそうな顔をした。
「悪い…。俺、結局、おまえも蘭も傷つけちまった……。俺も……ずっと、おまえに触れたかったよ」
「せやったら……頼むわ……俺に、触って…。おまえと…触れ合いたい……。もう、限界なんや…っ」
 甘い誘惑。
 誘われるままに手を伸ばしかけた新一だったが、ふと、ここがどこであるかを思い出して。どうにかまだ残っていた理性でもって取り敢えず思い留まると、ベッドに手をついて慎重に平次に問いかけた。
「……こんなところでか?誰かに見られても、知らねぇぞ…?」
 熱っぽく潤んだ瞳でコクリ頷く彼に、新一の理性は瞬時に弾け飛んだ。






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