「ねぇ、新一、どうだった?」
 最終科目の終了を告げるチャイムが鳴り響き、同じ教室で試験を受けていた蘭は、筆記用具を鞄に詰める新一の傍に小走りで寄って来る。新一は少々視線を上に向けて。
「まぁまぁってトコかな」
 おまえは?と瞳で尋ねる。蘭は眉を心持ち下げて、自信の無さそうな表情をした。
「う〜ん……どうだろう……。ちょっと自信無いかも……」
 不安気に息を吐く蘭の肩をポンポンとあやすように軽く叩いたとき、どこからともなく携帯の着信音が聞こえて来た。無意識に音源を探して広い教室中に視線を彷徨わせた新一の目の前で、蘭が慌てて鞄に手を突っ込んだ。携帯を探り出して手に取る。
「あっ、和葉ちゃんからメールだわ」
 その名前に反応して蘭を見る。彼女は携帯を持ち直し、時折小さく笑みを浮かべる。何となくその内容が気になって、新一はさり気無く声を掛けた。
「浪速大も、受験日今日だったか?」
「うん。和葉ちゃんたちも、今さっき終わったって」
「ふーん…どうだったんだろうな、あの二人は」
「服部くんと和葉ちゃんのことだもん、きっと大丈夫だったよ」
「……そうだな」
 何かを期待していた新一は、そこで終わってしまった会話に人知れず溜め息を吐いた。
 今、携帯の向こう側にいる彼女の隣りには平次がいるはずだ。自分は決して入り込めないその情景を思い浮かべて、新一はズキリと痛む胸をそっと押さえた。そして、思いがけず自分の心の奥底に醜い感情を見つけてしまった新一は、眉を顰めて奥歯を噛み締めた。
 同じ大学に通うくらいならば失敗してしまえ…と、昏い魔物が叫ぶ。振り払うようにかぶりを振る。
 そんなことを思う自分が、酷く薄汚れた生き物のように思えてならなかった。















 数週間後、新一と蘭は目出度く東都大学に合格した。
 蘭の話では、平次と和葉も浪速大学に合格したらしい。「親友」として喜ぶべきことなのに、どうしてもそんな気持ちにはなれなかった。その一因は、平次から新一に連絡が無かったからでもあった。彼にとっては些細なことなのだろうか。自分から連絡をしない新一も人のことは決して言えないが、けれど、いつもの彼なら結果だけでも知らせてくるのに…と、新一は携帯を見つめながら嘆息した。


 そして四月。桜の花が舞い散る中、彼らは大学生になった。見回す限りピンク色の世界で、自分たちと同じくスーツ姿で歩く新入生を眺める。高校までとは全く違う自由な雰囲気に解放感溢れ、合格を勝ち取った者だけが浮かべられる晴れやかな笑顔が其処彼処に満ち溢れていた。
 通常、高校三年生が受験勉強に明け暮れている昨秋に新一は教習所に通って免許も取った。
 透けるような空に躍る花びらを見止めて新一は目を細める。
 心機一転。
 大学生となった今は、平次が以前言っていたように、取り敢えずは皆で喜びを分かち合えるかもしれない…と思っていた。






「ねぇ、新一はどの講義取るの?」
「ん〜?……そうだな…今のところ決めてるのは、月曜三講の『犯罪心理学』と木曜一講の『犯罪科学捜査論』かな」
 リビングのソファに座り、シラバスを開きながら時間割を作っていた新一は、キッチンからコーヒーを淹れて持って来た蘭に訊かれ、持っていたシャープペンを指先で弄ぶ。膝に頬杖をつく。
 テーブルにカップを置いて向かい側のソファに腰を下ろした蘭は、そんな彼の答えに呆れたような視線を送った。受験日から居座っていた有希子は、ついに仕事を放り出して迎えに来た優作に連れられて先日ロスに帰った。
「もう、新一ったらそういうのばっかりね」
「仕方ねぇだろ?俺がこの大学選んだのは、犯罪心理学に長けた教授が居たからっていうのも理由の一つなんだから」
―――だからあいつも、東都を受けようと考えていたんだ…。
 新一は差し出されたカップを俯きながら心の中で呟く。下を向いているお蔭で彼の表情に翳りが出来る。その様子が何だかとても哀しげに見えた蘭は、どうしてか彼がそんな表情をするのが自分の所為のような気がして、膝に腕をついたまま両手を組むと、その上に顎を乗せて首を傾げた。微笑を浮かべて話題を変える。
「そうだ、新一。今度の連休、どこか遊びに行かない?」
「今度の連休?……あぁ、ゴールデン・ウィークか。別に良いぜ。トロピカルランドにでも行くか?」
 唐突に言われた「連休」という単語に一瞬新一の頭に疑問符が浮かび上がるがすぐに思い当たり、蘭が行きたがりそうな場所を提案する。すると彼女は嬉しそうに笑みを深くした。
「うん!それじゃあ、決まりね!早速、和葉ちゃんに連絡しなくちゃ♪」
「えっ、和葉さん…って?」
 てっきり二人で行くと思っていたところに西の彼女の名前が飛び出し、新一は内心当惑する。


 それでは、もしかしたら……。


 もう随分と会っていない相手が、薄れるどころか今も尚鮮やかに脳裏に蘇る。思うだけで心臓が跳ね上がる面影。
 新一が自分の思考に埋もれている間も、向かいに座る蘭は無邪気な笑顔で続ける。
「和葉ちゃんにね、ゴールデン・ウィークに遊びに行って良い?って言われてたの。構わないでしょ?」
「…………」
「……新一?」
 何も言わない彼に、蘭は問い掛けるように声を掛ける。暫し自分の世界に浸っていた新一はその声で我に返り、真っ直ぐに見つめてくる蘭の視線を避けるように目を逸らした。
「あ……いや……って言うか………ということは、もしかして…服部、も……?」
「そうだよ。…どうしたの?新一、服部くんとは仲が良かったじゃない?喧嘩でもした…?」
 常に無い窺うような新一の声色に蘭は引っ掛かりを覚えるが、それが何かがはっきりとはわからず、取り敢えず無難な言葉を投げ掛けてみる。
 だが。
「……いや…………そうか……わかった…。別に構わねぇよ」
「…………」
 それ以上新一が言葉を発することは無く、蘭は胸に小さな蟠りを抱えたまま黙るしかなかった。






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