ある日の午後。1人の少年が見るからに上機嫌な様子で足取り軽く、毛利探偵事務所へと続く階段を上って行った。彼にしては珍しく、しかしお世辞にも上手いとは言えない、少々(?)音程の狂った鼻歌なんぞ歌っている。だが、本人は音程など大して気にしていなかったりするので、まぁよしとしよう。
この少年の名前は、工藤新一こと江戸川コナン。
高校生探偵として難事件を次々と解決し、迷宮入りなしの名探偵と謳われた彼はある事件に関わり、子どもの姿となってしまったのだ。そして、周りに正体を隠して現在「江戸川コナン」として、この毛利探偵事務所に居候している。
彼の正体を知っているのは、先日新たに灰原哀を加えた5人だけ。その内の1人、いつもコナンに何かと便利なアイテムを作ってくれる(にしては、結構わけのわからない物を発明している、一風変わった発明家)阿笠博士に先程呼ばれ、哀と共同研究したという代物をコナンに渡してくれた。
それは―――――…………。
「ただいまぁvv」
呆れるくらい可愛らしい声と共にドアを開ける。
その小さな帰宅者に気が付いて、奥から彼の幼馴染みの少女がにこやかに出迎えた。
「お帰りなさい、コナンくん。何だか凄く機嫌が良いわね。良いことでもあったの?」
コナンをまるで弟のように思っている蘭は、いつになく上機嫌な彼を見て、我が事のように嬉しそうだ。
「う〜ん。ちょっとね」
と言いながら、そんな彼女にコナンは眩しそうに目を細めた。
蘭に気づかれないように、そっと自分のポケットの中にある小ビンを大切そうに手に取る。
博士と哀が作ってくれた物……それは、そう。彼がいつも望んでいて叶わなかったこと。
アポトキシン4869の解毒剤の試作品、即ち「江戸川コナン」から「工藤新一」に戻る薬である。まだ試作品ということで、その薬の効力は1日しかないが、それは仕方のない事だろう。これから少しずつ、確実に元に戻れる時を待てば良い。焦りは禁物だ。
とにかく今は、久しぶりに元の姿に戻ってする、蘭とのデートの事で彼の頭はいっぱいだった。
そんな時、机の上の電話が呼び出し音を部屋に鳴り響かせた。
プルルルル……
電話のすぐ近くにいたコナンが、出ようとした蘭を制止する。
「僕が出るからいいよ」
言いながら受話器に手を伸ばす。
「もしもし?毛利探偵事務所です」
「あ、工藤?俺や俺」
「…平次兄ちゃん?何か用?」
内心「ゲッ」と思いながらもあくまで無邪気に、さり気なく冷たい色を声音に含ませる。
相手が平次だとわかり、蘭は安心したようだ。小声でコナンに
「じゃあ、私はご飯の仕度をするから」
と囁いて、自宅のある3階へ行くためにドアに向かう。
「あ、うん。僕もう、おなかペコペコなんだぁ〜」
満面の笑顔で彼女を見送る。蘭の姿が完全に見えなくなったのを確認して、彼は見事なまでにそれまでの態度を翻し、本来の口調と目つきで受話器の向こうを見据えた。
「……で?一体何の用だよ」
その豹変ぶりは、知らぬ者が見れば思わず己の目と耳を疑う程なのだが、慣れっこな平次は全く動じない。それどころか、次の瞬間、己の耳を疑ったのはコナンの方だった。
「何の用とはご挨拶やなぁ。おまえがようやっと元の姿に戻れるっちゅーから、祝ったろ思うたんやないか」
しれっと言ってのけた科白に数秒間固まってしまう。そして。
「なっ!?ななななな何で、おまえがそのこと知ってんだよ!?それは博士と灰原しか知らないはず…………っっ!!」
そこまで言ってハッとする。驚きに見開いていた目をスゥーっと細める。誰がこのバカに漏らしたのか大体見当がついた。
なぜか服部には好意的な少女。自分にとってはとても厄介な人物だ。悔しげに唇を噛む。
「まぁ、そんなんどうでもええやんか。ほんでな、丁度俺、明日親父の仕事の関係で東京行くんや。何や、めっちゃ運命みたいやんな!せやからおまえ、高校生の姿で来いや」
場所はなぁ……と、勝手にどんどん話を進めていく。
「あ…、いや、ちょっと……待てって!!」
平次は喋り出したら止まらない。ロクに口を挟むことも出来ず、ただ呆然とするしかない。
そうこうしている内に彼は話を完結させ、電話を切ってしまった。ツーツーという虚しい音が耳元に響き、ようやくコナンは我に返る。わなわなと拳を震わせて、もう誰もいない受話器の向こうに怒鳴り声を上げた。
「突然電話かけてきて、何勝手に決めてやがんだ!バッキャロぉぉぉ!!」
身体がだるい。何だか頭がぼぉーっとする。昨夜、つい読書に夢中になってしまい、気が付けば底冷えするリビングで転寝していた。
風邪を引いちまったかな。と思いながらゆっくりと上体を起こす。
ハァ…と溜息が零れた。
今日、平次が東京に来ると連絡があった。しかも、コナンから新一に戻れることまで知っていて、元に戻って来いと言ってた。
「本当……勝手に決めやがって……っ」
…そうだ。あれはあいつが勝手に言ったこと。自分は約束なんかしていない。その上、自業自得とは言え具合が悪い。無理してまであいつに会いに行くことなんてない…。
そうは思っても、昨日の喜びを露わにした平次の声を思い出せば、行かないことに罪悪感すら覚える。そんな自分に小さく舌打ちした。
「俺も。結構バカだよなぁ……」
そう呟くと急いで着替え、物音を立てないように部屋を出た。
まさか、探偵事務所で新一に戻るわけにもいかず、彼は本当の家である工藤邸の自分の部屋で薬を呷った。それは数秒もしない内にやってきた。独特の、骨が溶けるような激痛に身体が悲鳴を上げる。更に体調の悪さまで重なり、苦痛は何重にもなって彼の身体を苛んだ。
次第に意識が遠退いていき、次に目を覚ましたときには念願の「工藤新一」の身体を取り戻していた。
感激のあまり、暫く身体のだるさなど忘れて自分を見下ろす。静かに目を伏せると、新一は壁にかけられた時計に目を移した。平次が指定した時刻まで、もうそんなにない。
「…………」
新一はいつもより重い身体に眉を顰めながらも立ち上がり、クローゼットを覗き込んだ。
米花プリンスホテル。平次が待ち合わせにと決めた場所だった。
ハァハァ…と荒い息をつき、青白い顔で門をくぐる。「いらっしゃいませ」と頭を下げるボーイの声も耳鳴りでよく聞こえない。
そのままロビーに入り辺りを見回すと、ソファに座って本を読んでいる平次を見つけた。彼がふと顔を上げ、こちらを振り向いた途端目が合い、平次はおもむろに表情を輝かせた。見えない尻尾をパタパタ振りながら駆け寄ってくる。
「ホンマに工藤に戻ったんやなぁ……」
「1日だけだけどな」
平次が嬉しそうに微笑む。その笑顔に一瞬ドキッとした自分に、新一は困惑した。
「こんなトコで話すのも何やし、取り敢えず部屋行こか?」
平次がルームキーを見せながら提案する。
「……そう、だな。こんな姿、もし奴らに見つかるとヤバイし」
工藤新一という人物は、今はまだいてはいけない。万が一見つかれば、勿論平次も他の皆も消されてしまう。
新一はそう判断して平次の意見に同意した。反対する理由なんて、どこにも無かったのだ。
平次の部屋に入る頃には新一の身体は限界に達していた。視界がぼやけ、身体中熱いくせに物凄い寒気で身震いを起こす。
完璧に熱が出たな…、と苦笑する。
これでは、折角ここまで来たというのにその内倒れてしまうだろう。
新一は平次の背中を上気した顔で見つめた。すると、視線を感じたのか不意に平次が振り返り、そして驚いたように大きな目を更に大きくする。
「く、工藤!?おまえ、どないしたんや!!むっちゃ顔色悪いで!?」
慌てて近寄り、どうしたら良いのだろうとオロオロする。何故、先刻まで気づかなかったのかと、彼は自分を責めた。心配そうに、でもどこか遠慮がちに新一の額に手を当てる。
その様子に新一は微かに笑うと、ついに自らの身体を支えきれなくなって目の前の平次に寄りかかった。熱い息が平次の首筋の辺りにかかり、彼の心臓はドクンと脈打った。
とにかくベッドに寝かせてやろうと、新一の身体を抱え上げる。思いがけず細い肢体に手が震える。
その間も新一は、平次の腕の中で熱さに耐えられないかのように何度も小さく身じろぎを繰り返していた。
ぽすっ…とベッドの上にしなやかな肢体を横たえる。もう既に認識して物を映しているのかわからない、熱に浮かされた潤んだ瞳に見上げられ、平次の理性は限界に来ていた。
体調が悪くて体力の無い、今の新一を抱くのはさも簡単なことだろう。しかし、そんなことをすれば当然許してもらえるはずも無いだろうし、軽蔑されるのは必至だ。
けれども……。
辛そうに身悶える身体と彼の表情に…平次は自分を抑えることが出来なかった。
彼を跨ぐようにして覆い被さり、そっとその頬に手を添える。少し力を入れて自分の方に向けさせると、軽く唇を合わせた。濡れた柔らかい感触に眩暈がした。瞬間、バチンと頬を打たれる。見ると、下にいる彼の片手が平次の頬を叩いていた。寄せられた眉と、虚ろながらもきつく睨んでくる目に、彼が言わんとすることは容易に理解できた。同時に、頬を打った手の弱々しさも……。
「何、しやがん……だよっっ!!!」
乱れた息の中、やっとの思いで叫ぶ。
平次は暴れる両手を邪魔だとでも言いた気に、一気に頭上でまとめ、片手で押さえつけることによって動きを封じると、ニヤリとばかりに口の端を引き上げた。
「熱出て辛そうやから、俺が汗かかして下げたろ思うてな」
「………っ!!おまえ……っっ」
通常通り働かない頭でもその意味を瞬時に理解し、冗談だろ!?とでも言うように新一の表情が強張る。
「おまえも楽になりたいやろ?」
と、平次が断りも無く、いきなり新一の1番敏感な箇所に触れた。力の入らない身体を易々と組み敷き、ズボンのジッパーを引き下ろして中身を弄る。
「つっ…!」
嫌だと思いながらも感じてしまう身体が恨めしい。やめさせようにも抵抗する体力も無い。……力の差は歴然だった。
新一は今度は悔しさで潤んだ瞳を隠すように顔を背け、与えられる快感に耐えていた。それでも必要以上に煽られて膨れ上がった欲望をどうすることもできず、羞恥に頬を染めながら平次の手の中でイった。平次はそれをぺロッと舐めると、他の指も口に含み湿らせる。そして新一のズボンを膝の辺りまで下ろしてしまうと、太腿を持ち上げ、露わになった後ろに指を這わせた。
「あぁ…っ!」
初めてのそこへの刺激に、新一の身体が跳ね上がる。平次は構わず続け、指を少しずつ侵入させていった。
「…うっ、あぁ……んっっ!!」
異物感に意識せず身体が硬直する。何度も指を出入りさせ、本数も徐々に増やしていく。そろそろ慣れてきたと思われる頃、平次は張り詰めた己をそこにあてがい、彼の中に埋め込んだ。
「や、やめろぉぉぉぉぉっっっ!!!」
入ってきたものが何であるか想像した新一が真っ青になる。指とは比べものにならない激痛が襲う。まるでそこを中心にして、身体が裂けてしまいそうな錯覚に陥った。
情けない、と思う。嫌悪感でいっぱいのはずなのに快感を貪ろうとする身体。それから、1つの疑問。
何故、自分は彼にこんなことをされているのだろうか。何故、彼はこんなことをするのか。
わからない。
不意に平次の動きが早まり、新一の奥を突き上げて果てた。
秘部から流れ込んでくる熱いものの感触に微かに震え、彼もまた、再開された愛撫に弄ばれ再び平次の手の中に放った。
暗い部屋の中で新一は思う。
身体中で受けた、屈辱の数々。今、この身体に刻み込まれた情事の痕。
再び……いや、完全に「工藤新一」を取り戻すまで、決して忘れはしない。どれ程のことをしたのか、おまえに教えてやる。
先刻まで気分が優れなかった人間とは見えぬ彼が、暗闇に表情を隠しながら頬を吊り上げる。
「それまで、何も無かったことにしておいてやる。感謝しろよ、服部。せいぜい、『今』を楽しんでおくんだな」
傍らで眠る彼に、静かに口付けを落とした。
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