初出同人誌1999.6.13

 元の関係に戻れると思った。けれど、俺の犯した罪はあまりにも重すぎたんや。



 江戸川コナンが工藤新一の姿に戻ってから幾月か過ぎていた。
 彼が関わっていた例の事件も無事に解決し、今年高校も卒業した。この春から都内にある大学に通っている。毎日大学へ通い、事件があればすぐに飛んで行って解決してしまう。
 それは彼にとって充実していると思われる日々であったが、ただ1つだけ、胸に蟠りがあった。それが一体何に対してのものなのか、新一は既にわかっていた。わかっていながらなかなか実行できず、スッキリしない気持ちを抱える毎日。
 そのことに苛立ちを覚え、彼はアクセルを踏んだ。




  トゥルルルル……
 ある金曜日の夜。東京都内のマンションの一室から電話の呼び出し音が鳴り響く。
 もう、時刻は10時を過ぎている。近所迷惑もいいところだが、すぐその音に慌てて風呂場からパタパタと走ってくる1つの影があった。
 急いで受話器を取る。
「はい!服部ですー」
 ハァハァと息を切らせ、腰にバスタオルを巻いだけの格好で、今まで熱気の中にいたためかうっすらと頬を色づかせながら相手の返事を待つ。
「…………」
「…もしもし?」
 なかなか返事をしない相手に平次が顔を顰めたとき、暫しの沈黙の後、相手はゆっくりと口を開いた。
「……よぉ、服部。俺。久しぶりだな」
「くっ…、工藤……!?」
 思いもしなかった相手に平次はうろたえる。彼が大人に戻ってからというもの、自分からは連絡することが出来ず、彼もまた、平次に連絡をくれることは無かった。そのわけは、彼がまだコナンだった頃、1日だけ元の姿に戻った彼に平次が仕掛けた行為のためだということに他ならない。
 身体の不調を訴える彼に施した行為。「楽にしてやる」と言って煽り、細い身体を無理矢理抱いた。きっと許してもらえないだろうと思ったが、彼が再びコナンに戻ってからはそれまでと同じように接してくれたのだ。真意こそわからないが、子どもの姿の自分に平次が何かするとは思わなかったからなのかもしれない。
 しかし、今は違う。
 コナンと決別した彼は完全に元の姿に戻り、ちゃんと「工藤新一」なのである。
 だから、戻ったときもその後も連絡をくれなかった。もしかすると、再び繰り返されるかもしれない恐怖のためか。
 平次もそれがわかっていた。自分の欲望だけを満足させ、彼の心と身体を傷つけてしまった罪の深さを。
 平次は幾度となく後悔の念に駆られたが、今更どうすることもできなかった。
 そんな折り、新一からの電話だ。戸惑うのも無理はない。
 平次は何も言えず、息を詰めた。
 一方の新一は黙ってしまった彼に構わず、さっさと話し出していた。
「おまえ、こっちの大学に来たんだな。さっき携帯にかけたんだけど繋がらなくて、おまえの家…大阪に電話したんだ。そしたらそこの番号とか教えてくれてさ。親父さん、びっくりしてたぜ。おまえがこっちにいるのを俺が知らなかったから。でも、ずっと音信不通だったんだ。当たり前だよな」
 新一はそう皮肉っぽく言うと、未だ黙ったままの平次に話の矛先を向け、先程より幾分低い声で尋ねる。
「何で音信不通だったかは、服部。おまえが1番よくわかってるよな?……で、何で今、俺がおまえに電話しているのか…その理由はわかるか?」
「………わからへん」
 じっと息を止めるようにして新一の声を聞いていた平次は、ここでようやく息を吐き出した。そして平次の言葉が予想通りの答えだったのだろう。新一は満足げに再び口を開く。
「そうか。…実は俺、今おまえのマンションの近くまで来てるんだ。どうせもう寝るだけだったんだろ。夜の街をドライブしようぜ。おまえが今わからない謎も、気になるだろう?探偵さん」
 ドライブ……って………。
「え。工藤…、おまえ免許取ったんか?」
「ああ。春休みにな。受験の後暇だったし。まぁ、そういうわけだから来いよ。新車だし、快適な夜を約束するぜ。久々にゆっくり話したいんだ」
 耳元で甘く囁かれた科白に、平次は思わず赤面する。そして嬉しそうな笑みを作った。
 5分で行く。と言って受話器を置き、いそいそとシャツとジーンズに着替え始める。濡れたままだった髪もそのままセットし、部屋を飛び出した。


 エレベーターを待ちながら、今までのことを思い起こしてみる。新一から連絡が来なくなったあの日から、自分にとっては苦痛でしかなかった毎日。新一とこれまで以上に沢山会いたいがために東京の大学を受験し、東京で暮らすことにしたというのに…。
 しかし今日、彼は許してくれた。話がしたいから「来い」と言ってくれた。以前と同じ付き合いをしてくれるのだ。それだけで十分だ。あの日から数ヶ月間、重苦しかった心の中に一筋の光を射してくれた。もし、この感情が彼を傷つけるものでしかないのなら、これからずっと…一生自分の中に押し込めてしまおう。
 そこまで考えて、ふと平次は小さく笑った。彼に心酔してしまっている自分と、彼の行動1つでここまで変われる自分に半ば呆れるように。



 1階に着き、正面玄関のガラス戸を押し開けると、すぐそこに新一が立っていた。何ヶ月振りかに見る「彼」に意識せず心臓が高鳴る。
 新一は近付いて来た平次に軽く片手を挙げると、後ろに止めた車の助手席のドアを開け「乗れよ」と促した。平次は素直に頷いて歩み寄ると、助手席に乗り込む。乗ったのを確認してドアを閉め、新一は反対側の運転席へと移動した。
 エンジンをかけ、ゆっくりと車を発進させる。初めて新一の運転する車に乗り、隣でハンドルを握る新一の姿に平次は何とも言えない歓喜に満たされていた。
 じっと新一の横顔を見詰めているとその視線に気づいたのか、ずっと前方を見ていた新一の目がチラッと平次を見た。
「何だよ?」
 暫くして信号に引っかかったところで振り返る。
「べ、別に。何や、初めて見る工藤やから……」
「見とれてた…ってか?」
 新一がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。瞬間、平次は茹でダコの如く真っ赤になり、慌てて否定する。
「あっ、あほっっ!!何寝惚けたこと言うてんねん!!」
「図星、だろ?」
そんな真っ赤な顔で怒鳴ったら、「はい、そうです」って言ってるようなもんだろうが。本当、わかりやすいよな。それでよく、探偵やっててボロが出ないもんだ。と続ける。
 平次は悔しさと恥ずかしさと照れとで先刻以上に顔を赤くして黙り込む。何か言おうものなら、また墓穴を掘ってしまいそうだ。
 平次はギリギリと奥歯を噛み締め、新一をキッと睨みつけた。それが心底おかしかったらしく、新一はククッと喉の奥で笑った。
「何、真っ赤な顔で睨みきかしてんだよ」
「おまえなぁ…………っっ!!」
 文句を言おうとして平次が口を開きかけたとき、丁度信号がGOサインに変わり、急な加速についていけなかった身体を座席に打ち付けてしまう。その後、前の車につられて殆ど急ブレーキに近いことをされ、今度はガクンと身体が傾いて、ダッシュボードに頭を見事にぶつける。
「く、く〜ど〜おぉぉ〜〜〜っ!!何ちゅー運転しよるんじゃ!!」
 ぶつけた額を痛そうに涙を浮かべながら擦り、抗議する。対する新一は、憎らしいほど涼しい顔で受け流す。
「何か、すげぇ良い音したな、今。ああ、気をつけろよ。頭ぶつけると痛いからな」
「もうぶつけたっちゅーねん!!遅いわボケ!!」
「あはは、そうか。でも本当、気をつけろよ。俺は車に乗ると人間変わるみたいだから」
 口の端を吊り上げて笑う。何か企んでいそうな彼の表情を不思議そうに見ていた平次は、窓の外の景色がやけに速く後ろへ飛んでいくのに気がついた。ひょいっとメーターを覗き込むと……。
「お…おい!!工藤!?これ、壊れてるんとちゃうよな?おまえ、何キロ出しとるんや!!」
 例え夜、昼間よりも交通量が少ない道を通ってるとは言え、街の中。ネズミ取りにでも引っかかったら間違いなく多額の罰金と免停。かの名探偵と謳われている彼がそんなことになったとしたら、とんだスキャンダルだ。いや、それよりもこのまま事故ったら、完璧あの世行きやな。という恐ろしいスピードで往来する車の間を縫うようにすり抜けて行く、そんな危険な運転を早くどうにかやめさせなければ…!!
「だから、変わっちまうんだって。俺、パトカーの運転とかできそうだよな。ははは」
 絶句してしまう。若葉マーク付けといて何をぬかしとるんじゃ、この男は。
 平次は心の中で泣いていた。
 叫ぶのにも疲れ、平次は力無くシートに凭れ掛かる。横目で彼を見ていた新一が密かに笑う。いつもはこんな無謀なことはしない。危険な行為だったが、これも彼の計画の内だった。




 どの位経ったのか。2人を乗せた車は緑の多い大きな公園の駐車場に止まった。
 木々の葉が夜風にざわめき、暗い駐車場には他に数台の車が点々と離れた場所に止まっているだけで人気は無い。
 実はこの公園は、夜、それを目的としたカップルの車が多いことで有名なところなのだが、東京で生活し始めて数ヶ月、まだまだ地理に疎い平次が知るはずもなかった。
 新一はエンジンを切ると、身体を拘束していたシートベルトを外して大きく伸びをした。そして隣に視線を移す。彼の横では疲れ果てた平次が、放心したように一点を見つめていた。
「どうした?」
 わかっているのにわざと聞く。その声に平次は我に返ったようにゆっくりと息を吐き、自分もシートベルトを外した。
「……何なんや、一体……」
 彼を見ずにそう呟く。それは「おまえの運転は酷すぎや」という意味で言った言葉なのだが、新一の返答はそれとは異なるものだった。
「作戦だよ。今までのは、おまえを油断させるための作戦だ。俺の本当の目的を知ったら、おまえはきっと来なかっただろうからな」
「……え?」
 さっきの会話と全く脈略の無い新一の科白に、平次が顔を上げる。わけがわからない、といった様子で彼を見つめる。
 新一はそんな平次の瞳を真っ直ぐに見据え、静かに口を開いた。
「…俺が、全てを許したと思っているのか?服部」
 穏やかな口調の中に、言い表せない怒りが見え隠れする。そして告げられた言葉に、平次は呆然とした。
  全テヲ許サレタト思ッテイルノカ。
  アノ日ノコトヲ。
 平次は繰り返されたそれに、ようやく理解した。
 ……違っていたのだ。元の関係に戻れると思ったことも、彼が自分を許してくれたと思ったことも全部……全部、勝手な思い上がりだった。
 乾いた平次の唇が震える。
「……せ、やったら、今日俺にTELしてきたホンマのわけって……」
 瞳の奥に絶望の色を滲ませながらも、信じたくない心に揺れている。
 いつの間にか無表情になっていた新一が、口の端を歪めた。
「そう。あの時の復讐のためだよ」
 その一言で彼は奈落に突き落とされた。新一に対する想いが音を立てて砕けていき、信じていたものに裏切られたという感情と、そうなったのは自分のせいなのだと自責する感情とがぶつかり合い、平次はその場に崩れ落ちた。
 最初に彼を裏切ってしまったのは、他でもない自分だ。
 青い顔で辛そうに唇を噛む平次に、尚も新一の容赦ない言葉が振るかかる。
「あの時俺は一時的に元に戻り、体調まで悪くていつもの半分の体力すら無かったんだ。抵抗したって敵うはずも無かった。俺がどんな気持ちだったか、おまえに教えてやるよ」
 そう言うや否や、新一の右腕が平次の身体を通り越して横に伸び、左腕は全体重をかけるようにしてシートを押し、寝かせる。
 突然の動作と今し方の科白に、これから起こることを想像して、平次は僅かに身体を震わせた。だが、今の自分には彼の行動を制止することも、あまつさえ抵抗する権利も無いのだ。
 平次は様々な感情によって潤んだ瞳で新一を見上げた。気づいた新一が冷たく言い放つ。
「泣いたってやめてやんねぇぜ」
「誰が泣くか…っ。やるならさっさせぇ!」
「いい度胸してんじゃねぇか…」
 新一はチッと面白くなさそうに舌打ちすると、身体を移動させて平次に覆い被さった。
 平次を見下ろす無感情な瞳が不意にぼやける。
 新一は無理矢理平次の唇を開かせると、中に舌を侵入させた。両手で頬を挟み込み、平次の舌をきつく吸い上げる。互いの舌が絡み合う湿った音が、静かな車内に響く。
「ふっ……ん、ん」
 息苦しさに、時折平次から声が漏れる。重なっているところから溢れた2人分の唾液が平次の顎を伝い、シートに流れ落ちた。
「…は、あ……っ」
 ようやく唇を解放され、息づく間もなく新一の手が平次のシャツにかかる。上から順番にボタンを外していく手の動きを、平次はぼーっとする頭で見つめていた。
 シャツを肩からずり下ろし、はだけた胸元に右手を這わせる。首筋に口付けながら小さな突起を探る。ほんの少し触れただけで、組み敷いている身体がビクッと跳ねた。その感度の良さに喉の奥を震わせる。
 平次は、執拗に絡んでくる長い指に身悶えた。思わず出そうになる声を、やっとの思い出飲み込む。
 顔を背け、唇をぎゅっと結んで耐える様が気に入らないのか、新一はもう片方の突起に歯を立てた。
「あっ!」
 予想していなかった突然の刺激に、堪えていた息が零れる。その、自分のものとは思えない甘い声に赤面した。
「良い声だな。服部」
 平次の内情を理解した上で、更に煽るように言葉を放つ。冷めた瞳で自分を見る新一に、平次は泣き出したかった。けれどもそれは許されないこと。自分の犯した罪を償わなければならない。
 平次は必死に理性を保とうと、唇をきつく噛んだ。




 その後も情事は続けられた。狭い車内に擦れる音。喘ぎ声。ぶつかり合う肌と肌。何度も激しく突き上げられ、掻き回されて絶頂を迎える。
 本来、愛情表現の1つとしてあるはずのその行為に、愛は存在しなかった。それでも身体は貪欲にも快楽を追う。
 情けなさと悲しさが入り混じった涙が頬を伝った。身体ではなく、心が痛い。
 身体の奥に新一を感じながら、平次は何度目かの絶頂を迎え、己の欲望で新一と自分の腹を汚した。



 許せなった。あの時、力に任せて組み敷いた平次が。自分の気持ちを無視して奪っていった平次。そして、ろくな抵抗も出来ずに抱かれた自分自身が。
 だから。
 だから、彼も自分と同じ目に遭わなければ……遭わせなければ納得できなかった。それが当然だと思った。
 目の前の肢体に目をやれば、自分の与える刺激の悶え打つ。切なげに寄せられた眉と、頬を濡らす涙。時々、堪えきれずに甘い声を発する、唾液と自ら傷つけた箇所から滲んだ血に赤々と光る唇。シートの端を掴み、冷たく白くなった指先。すらっと伸びた両足は、されるがままに自分を挟み込んでいる。
 その様子を不意に不審に思い、眉を顰める。
 あの時、自分は体力が無かったものの、それでも無駄とわかっていながらも、力の入らない身体で必死に抵抗しようとしたのだ。だが、今自分の下にいる彼はずっと、抵抗の欠片も見せない。
 ただ単にパニックになっていて、抵抗することを忘れているのか。
 それとも……。
 一瞬頭を過ぎった考えに、思わず動きを止める。少し困惑した表情で、組み敷いた彼を見つめる。絶え間なく溢れ出しては頬を流れていく涙に、ドクンと鼓動が鳴った。
「おまえ……、まさか………」
 心なしか震え、掠れた声はそこで途切れた。


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