ずっと電源が切れていて繋がらなくて、やっと繋がったと思ったのに。 『只今電話に出ることが出来ません。ピィーッという発信音の後に、お名前、ご連絡先等をお話ください』 ピ――――― 「……何やねん…」 俺は眉を顰め、ちょっと不機嫌に呟くと電話を切った。 夕方から何度も掛けているのに繋がらない彼の携帯。もう日もどっぷりと沈み、外は闇だ。こうも電波が繋がらないと、あらぬ不安に胸が詰まりそうになる。遠距離で気軽に会いに行けないから尚更。相手にも都合があるのだと頭でわかっていても、どうにももどかしくて堪らない。 「何してんねん、工藤の奴……」 小さくぼやいてから、ふと一瞬脳裏を過ぎった面影に、今更ながら今日が何の日であるか思い至り、俺は緩く頭を振ると溜め息を吐いた。 「…せや……今日はホワイトデーやもん…。そら、工藤は忙しいわな……」 本来なら俺も工藤からお返しが貰える筈だった。でも、今俺がいるのは、東京から遠く離れた大阪の自分の部屋。 (工藤、今日はえらい大変なんやろな。バレンタイン、めっちゃチョコ貰とったみたいやし。まぁ、俺もかなり貰たけどな。ハハハハハ………) 心の中で強がって笑ってみたけれど、徐々に虚しさが込み上げて再び盛大な溜め息が出た。 確かに、俺も今日は忙しかった。チョコくれたコには義理だけど全部返して来た。だから、ようやく電話出来る余裕が出来たのは、西の空が茜色に染まる頃だったのだ。 けれど、彼は自分よりも沢山の人からチョコを貰っていた。全ての人にお返しするのは無理だとしても、それだけの人が彼を想っている。俺はその中の一人に過ぎない。それを思うと何だか悔しい。 男としての嫉妬ではない。これは…。 そして、彼の近くには彼女がいる。まさかとは思うが、一抹の不安に打ち震える。彼は、幼馴染みの少女にとても優しくて義理堅いところがあった。「付き合っている」俺では無く、彼女を優先することもしばしば。その上、今日という日を考えればおかしくはない。 (工藤……まさか、こないな時間まで蘭ちゃんと……?俺、バレンタインのときおまえんトコ行ったのに……おまえは来てくれへんのか…?) 彼に逢いたい。 彼を独り占めしたい。 誰にもその笑顔を見せないで。 彼が想っているのは俺一人だけだと思わせて欲しい。 無意識にそんなことを考えてしまった俺は不意に我に返って、あまりにも自分勝手な思考に思い切り頭を振った。 これは、自分だけが思っていることではない筈だ。彼のことを好きなら、皆思うであろうこと。でも、それは彼に振り向いてもらえなければただの夢物語。 今、自分は彼の「恋人」というポジションを得られたのだから、少しくらい彼女に彼を独占させても良いではないか…。 (……俺は勝手や…。俺かて、和葉らにお返ししとるんや。そんくらい、ええやないか……) 本当は嫌だけど…と思う自分を叱咤する。 ずっと彼を待っていた彼女から彼を奪ってしまったという負い目も確かにあった。 肩を落として、傍らの携帯を見つめる。 こんなことを考えるのは俺らしくない。いつだって不適に笑み、ライバルであるあいつと対等にやってきたというのに。あいつのことを好きになればなる程、それまで大したことでは無かったことが悩みの種になる。心の狭いことをつい考えてしまう自分に嫌悪する。 こんな俺は工藤に見せられない。見せたくない、こんな女々しいことを考える俺は絶対に。 工藤と蘭ちゃんのことは、俺だって重々承知していた筈だろう? (どないしたんや、服部平次!!おまえはもっと行動的で、サッパリした奴やった筈やでッ!!逢いたいなら俺がまた東京行って、あいつの帰りを待ったったらええだけやんか) そう自分の中で決着を付けると、後には逢いたいという気持ちだけが湧いてきて、それはどんどん膨れ上がって。 俺は素早く時計に目を移した。 大丈夫、まだ最終便に間に合う。そうと決まれば、早く荷物を纏めなくては。 俺は頬を軽くパンパンと叩いて気合いを入れた。 「よっしゃ!気合い十分、充電完了やで。今から行くから待っとれよ、工藤!!」 吹っ切れた俺は、熱くなった頬を押さえながら荷物を纏めるべく颯爽と立ち上がった。 と、そのとき。 ピンポーン 「あれ?こない時間に誰やろ?……そういや、オカンおらんかったんや。はぁ…しゃーないなぁ、もう……最終便に間に合わんかったらどないしてくれるんや!」 折角気合いを入れたのに出鼻を挫かれた感が拭えず、俺は眉間に皺を寄せると文句を呟きながら玄関に向かった。施錠を解いて扉を開ける。 「はいはいは〜い。新聞の勧誘やったら間に合うとるから他あたって…………っ!!」 目線を上げた俺は、そこにいた人物に瞳を大きく見開いた。 「く、工藤!?どないしたんや!?おまえ……」 目の前には、今まさに逢いに行こうと思っていた人の姿。綺麗な蒼色の瞳に射抜かれ、心臓がドクンと高鳴る。 上着とパンツを黒のレザーで纏めた彼は何だかいつもより格好良くて、俺は暫し見蕩れてしまった。 何故、彼がここにいるのだろう。これはもしかして夢?? 「痛…っ!!な…っ、夢やない!?」 頬を抓った俺は、そこからの痛みに愕然とする。そんな俺の様子を一部始終黙って見ていた工藤は、呆れたように眉を顰めた。俺を押しやって扉を閉める。 「何やってんだ、バカ。俺が大阪に来たら夢なのかよ?」 憮然として拗ねたように言う彼に、俺は慌ててブンブンと首を振る。 「いや、そういうわけちゃうけど………珍しいなぁ〜思て。ホンマにどないしたん?自分」 小首を傾げると、工藤は少し決まりの悪そうな顔をして瞳を逸らした。 「……今日…その……ホワイトデーだろ…。おまえ、バレンタインのとき来てくれたから、お返ししなきゃ…って思って……」 「…………」 まさか、彼の口からそんな言葉が飛び出して来るとは思わなかった。ホワイトデーを気にしていたのは俺だけだと思っていたから。それに…あのコのことも疑っていたから。 俺は、嬉しさと、一時でも彼を疑ってしまった申し訳なさとで紅潮する頬と早まる鼓動をどうすることも出来ずにいた。感極まって今すぐ彼に飛びつきたい思いで一杯なのに、当の工藤は未だ俺から目線を逸らしている。 「……そう言えば、今日はお袋さん達は……?」 「え?あ、あぁ、オカンも親父もおらんで。オカンは昔の友達と温泉や言うてたな」 「ふーん…」 「……?」 無表情に返事を返す彼の気持ちが読めなくて僅かに眉を寄せると、工藤は不意に振り向いた。正面から視線を合わせて来る。 そして。 「……っ」 不意打ちの接触。あまりにも突然で身構えられなかった俺の、無防備に開かれたままだった唇に彼は易々と侵入を果たすと、口腔内を我が物顔で動き回る。歯列を撫でられ、舌を擽られて、久しぶりの口付けに次第に頭がぼんやりとしてくる。思わず力の抜けてしまった身体を抱き寄せられ、俺は縋り付くように工藤の背に腕を回した。 「ぅ……ん……」 互いの唾液で濡れた唇が、微かに音を立ててようやく解放される。何とも気恥ずかしくて、俯いて口の端を伝い落ちる液を手の甲で拭っていると、再び工藤の腕が伸びて来て抱き締められた。 「な……んやねん、一体……。どないしたん?工藤…」 「………」 俺の肩口に顔を埋めているため、声がくぐもってよく聞き取れない。 「ん?何やって?よう聞こえへん…」 「……欲求不満だったんだっつってんだよ!」 今度はよく聞こえた。って、顔を上げて耳元で叫ばれれば嫌でも聞こえるわな。…けど、欲求不満って…? 「……は?欲求不満……??」 工藤に顔を向けると、彼は不本意この上ないと言った様子でこちらを睨んでいた。ほんのり赤く染まった顔が珍しくて、とても可愛らしくて、俺はちょっと揶揄ってやりたくなってしまう。 「おまえ、アホちゃうか」 笑いながらそう言うと、予想通り反論してくる。相変わらず口は悪くて達者だったが。 (そんな真っ赤な顔して凄んでも、全然怖ないで?工藤) 彼がこんな顔を見せるのも、こんなことを言うのも俺にだけだと思うと、こんなにも心が満たされる。些細なやり取りさえも嬉しくて幸せで、知らず口元が綻んでしまう。 気づいた工藤も、反論をやめて少し照れくさそうに苦笑いを浮かべた。 「何や〜……工藤らしないなぁ」 「確かに。俺もそう思うぜ」 あ〜あ、何やってんだろうな〜…とか言いながら、工藤が両腕を上げて大きく伸びをする。何となくその指先を眺めていると、今更ながら自分の中の熱に気が付いた。工藤は憎らしい程涼しい顔をしているけれど、俺はさっきのキスで身体の一部分が落ち着かなくなってしまっている。 俺は工藤の首に腕を回すと軽く口付けた。 らしくないついでに、取り敢えず今は…。 「なぁ。これから、せぇへんか?」 「え?」 俺の科白に瞠目する工藤に笑い掛けると、しげしげと俺を見ていた彼もやがて微笑んで抱き締めてくれる。 「何だよ?珍しいじゃん」 茶化したような声音で耳元に囁かれる。そのままチュッとキスされて、思わずビクッと反応してしまったことが恥ずかしくて、俺は顔を隠すように力を込めて抱き返した。トクン、トクンと伝わる鼓動と、互いの温もりがとても心地良い。 俺は穏やかに笑んで静かに目を閉じた。 「今日は、俺もおまえもらしゅうないねん。……ま、偶にはこういう日もええんちゃう?」 |
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