「何や、これはぁぁぁ〜〜〜ッ!!」 静かな休日の午後。麗らかな日差しの差し込む閑静な住宅街。そこに佇む工藤邸から耳を劈くような叫び声が聞こえたかと思うと、次の瞬間にはドタバタと階段を駆け上がる音が響く。 この家の一人息子、新一の部屋の扉の前まで来ると、その音源はノックも無しに突然それを蹴り開けた。 「工藤ぉぉぉ!!」 「ぅわッ!!何だよ!?」 平次の奇襲に驚いた新一が、座っていた椅子からずり落ちそうになる。体勢を整えて一息吐き、読んでいた本を机の上に置いて振り向く。そこには、怒りに顔を上気させた平次が仁王立ちしていた。 「いきなり何だってんだよ?一体」 何を彼がそんなに怒っているのか皆目見当もつかず、新一が怪訝そうに眉を顰める。 確か、彼は先刻洗濯をすると言って脱衣所に向かった筈だ。それも鼻歌混じりで。 今日は寝起きにキスをして、あいつは朝からやけに上機嫌で……と、新一は今朝からの平次の様子を思い起こす。 自分の思考に身を置きながら目線を平次へと移した彼は、そこでふと、平次が後ろ手に何かを持っていることに気が付いた。 何だろう?と目を凝らす前に、つかつかと近づいて来た平次がそれを彼の鼻先に突きつける。 目の前に現れたのは白いシャツ。これは昨日着ていたものだ。濡れていないということは、まだ洗濯していないのか。 手にとってまじまじとそのシャツと平次を見比べる新一に、平次は腕組みをすると苛立ちを隠さない口調で再び叫んだ。 「何やねん!!このシャツは!?」 その言葉に、新一がシャツの裏地に目を落とす。 「これは……メンズ・フォードの無地長袖シャツで、素材は……綿?」 「誰が、んな中途半端なボケかませ言うたんや〜〜〜ッ!!」 素でボケをかました新一に容赦無い平次の鉄拳が襲う。狙ったわけでもないのに、笑いに煩い関西人(偏見)に脳天を直撃され、頭を押さえながら彼は涙目で平次を睨む。 「痛って!!何しやがんだ、このバカ!!」 「バカ言うな、ボケ!!それはこっちの科白や!!」 「はぁ?」 何を言ってるんだとでも言いたげに、新一は何度も目を瞬く。ポカンと口を開けたその顔は、世の新一ファンが嘆くような何とも間の抜けた表情だ。そんな彼の一ファンでもある筈の平次だが、彼に叩き付けたシャツに我を忘れ、最早何も目に入らない。 平次はわなわなと身体を震わせながら、新一の手の中のシャツを乱暴に掴んだ。ある場所を上面に出すと、再び彼に突き出す。 「これや、これ!!これは一体どういうことなんか、説明してもらおやないか!!」 「え…。………!な…っ!?」 平次が見せた部分を見て仰天する。丁度胸ポケットの辺りに付いたルージュ。全く身に覚えのないことに新一は困惑の色を濃くする。 「昨日はおまえ、事件や言うてたけど、ホンマは女としけ込んどったんかい!!この浮気モンがぁ〜〜〜ッ!!」 「ちが…っ!!ちょっと待て。何言ってんだ!?おめー」 「ほんなら、これの説明どないすんのや」 「いや……だから……」 「ほぉ〜ら、何も言われへんやんか!往生際悪いで、工藤。いい加減認めたらどないやねん!?」 完全に頭に血が上っている平次は、言い淀む新一に鼻息を荒くして詰め寄る。しかし、新一としては覚えがないものはどうしようもない。大体、今まで一度として浮気なんてしようとも思ったことなど無いのだ。自分にはこんなにも魅力的な恋人がいるのに、何故に他の人と浮気をしなければならないのか。 恋人の真っ直ぐなところは長所であり、惹かれるところだが、こういう場面になると逆にそれが仇となる。 新一は、どうしたものかと途方に暮れて溜め息を吐いた。 「俺は別に浮気なんざしてねぇよ。きっと、電車の中ででも付いたんだろうぜ。昨日は帰り、おまえと待ち合わせしてたから警部に送ってもらわなかったし」 「せやけど、ほんなら何でシャツに付くんや。もし、満員の電車ん中で付いたんやとしたら上着に付く筈やろ」 「それもそうだよなぁ……」 「く〜ど〜お〜…おまえ、俺んことバカにしとるんか!?」 平次に突っ込まれ、新一が苦笑いを浮かべて頭を掻く。またもや大ボケをかました新一に、平次はピクピクと口元を引き攣らせ、青筋を立てながら低い声を出した。地の底を這うようなそれに、流石の新一も焦る。 「いや、本当、誤解なんだって!!……だけど、それじゃあ、一体いつこんなもの……」 う〜ん…と唸りながら首を捻って、昨日のことを一つ一つ思い出してみる。顎に手を当てて天井を仰ぐ。 「え〜っと…昨日は、警部から電話が来て出掛けて行って、それで事件を捜査して……。確か、被害者が名家の旦那さんで、容疑者達の犯行時刻のアリバイが皆不明確だったんだよな……」 「ふんふん……そんで?」 「で、トリックはすぐにわかったんだけど、犯人が……ん?」 「…ん?…ぇ…っ…あッ!!」 うっかり新一の話に夢中になって彼の足元にしゃがみ込んだ平次は新一に見下ろされて我に返り、自分の失態に一瞬にして頬を染める。バツが悪そうに立ち上がってコホンと一つ咳払いをすると、面白そうな新一の視線を避けるように、赤い顔のまま瞳を逸らした。 「そ…そんで、何やねん」 努めて冷静さを装うとする平次に新一は薄い笑みを浮かべ、促されるままに記憶の続きを辿った。 「結局、執事って人が犯人でさ。……あぁ、そうか。ずっと信頼していた執事に旦那を殺されて、泣き崩れた奥さんを助け起こそうとしたときに付いたんだ」 「ふ……ん。ホンマかな」 思い当たったと言うように、今度こそ自信たっぷりに言う新一を、平次は何処か腑に落ちない表情で見つめていたが。 「何だったら警部に確認してみろよ。事件の後はずっとおまえと一緒だったんだし、事件が解決して警部達と別れた時間も教えてくれるさ」 あまりにも自信満々な態度に苦微笑を滲ませた。それでも、拗ねたように唇を尖らせる。 「そう言う奴に限って犯人やったりするんやで?完璧なアリバイに、完全犯罪を見破られへんと高を括っとる奴に限って、な」 「何だよ、信用してねぇの?俺はこんなにおまえのこと愛してんのに?」 新一は椅子に腰掛けたままの姿勢で平次の腕を取ると上体を屈めさせ、まるで「キスしてください」とでも言うように突き出された唇に軽い口付けを贈った。柔らかく、平次の髪を梳いては撫でるを繰り返す。 先程までの殺伐とした空気が一変して穏やかになり、平次は頭を撫でてくれる新一の優しい手に、己の早とちりと嫉妬深さを恥じた。 「工藤……その……疑うたりして、ごめんな?」 申し訳無さそうに謝罪する平次に新一はふわりと笑うと、腰に腕を回して抱き寄せた。 「別に良いよ。だって、それだけ俺のこと好きだってことなんだろ?」 仲直りをした二人の休日の午後は始まったばかり。 |
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