* コーヒーブレイク *   初出同人誌 『ミルクコーヒー』2005.3.27  2005.9.25(再録本に収録)




「工藤、コーヒー飲む?」
 食後の片付けをしていた平次が、ソファで寛ぐ新一に声を掛ける。新一は読んでいた新聞から目を離さずに返事を返した。
「あぁ、頼む」
 バサッと新聞を捲る音が室内に響く。暫くするとキッチンからコーヒーの良い匂いが漂って来て、淹れたてのコーヒーをトレイに乗せた平次がリビングに入って来た。
「ほい、工藤」
「サンキュー」
 新聞を折り畳んで脇に置く。平次はテーブルにトレイを置くと、カップを新一の前に差し出した。その横に自分の分も置くと、新一の隣に腰を下ろす。カップをソーサーごと手に取って口を付けていた新一は、持って来た砂糖とミルクをたっぷり入れる平次を目の端に捕らえて、あからさまに嫌そうな顔をした。
「ゲッ……おまえ、いつもそんなに入れてたっけ…?」
「入れてへんけど、何や、今日は甘いもんが飲みたくてな。疲れとるのかもしれん」
「へぇ〜…」
 生返事をしながら、よくもまぁ、そんな見るからに甘そうなコーヒーを飲めるものだと、新一が半ば呆れたように見ていると、不意に平次の手が伸びて新一のカップを奪って行く。
「ちょっ……!何すんだよ!?」
 自分のカップに砂糖とミルクがどっさり入れられるのを目撃して、思わず新一が顔を顰める。平次はそれらを丁寧に掻き混ぜると、悪びれた様子も見せず楽しそうに新一に渡した。ついさっきまで琥珀だったものが、淡いブラウンに変色している。新一は溜め息を吐いて平次を上目遣いで睨んだ。
「てめー、どういうつもりだよ!?嫌がらせか?」
 新一は平次の奇行が理解出来ず、目の前でニコニコ笑う彼に片眉を跳ね上げたが。
「工藤も、最近事件やら何やらで疲れとるやろ?おまえ、自分でわかっとる?疲れてくると、本とか読むとき目ぇ眇めて瞬きが多くなんねん。さっき新聞読んどったときもそうやったで」
「……だから、何?」
「せやからな?普段ときはブラックでもええけど、疲れとるときは脳も身体も糖分を欲しがるんやから、偶には甘いもんも摂らな。大体、ブラックは胃腸にも良うないんやで」
 にっこりと微笑まれ、新一はガックリと肩を落とすと白旗を揚げた。その大好きな笑顔に負けて、不承不承ながらもカップを口に運ぶ。自分でも知らなかった、疲れたときの癖を見抜いていた恋人に対して嬉しさもあって。
 ちびちびと大人しくコーヒーを飲む新一に、平次は満足そうに笑うと自分もカップを手に取った。
 二人して何も言わずにただコーヒーを飲む。暫くして先に飲み終えた平次が、未だ眉を顰めながら飲んでいる新一に苦笑いを浮かべた。
「何やねん。おまえ、まだ飲んどるん?」
「仕方ねぇだろ?甘いコーヒーなんざ飲み慣れてないんだし………それに俺、ミルクの味が好きじゃねぇんだよ」
 そう言いながらも最後まで飲み干した新一は、カップをテーブルに戻しながら、舌に残る味にしかめっ面をする。そんな彼を穏やかに見つめ、立ち上がってカップを片付けようとした平次は、口元を拭っていた新一に腕を掴まれてソファに引き戻された。
「? 何や?」
「片付けなんて後でも良いだろ。なぁ…俺、疲れてっからさ、ちょっと身体貸してくんねぇ?」
「なっ…!?」
 突然の新一の科白に唖然として開いた口が塞がらない。その間にも、新一は平次の身体を押さえつけて自由を奪おうとする。
「ちょ、ちょぉ…っ!何やねん…っ!?まだ、こないな時間やぞ……っ!!」
 パニックになって暴れる平次を苛立たしげに見つめ、あっという間にその両腕を一纏めに括ってしまう。真正面から見据えられて平次は真っ赤になる。
「うっせぇな。こんな時間だからするんだろうがよ」
「はぁ?何言うて……って、うわっ!!」
 如何にも俺様的発言をされて呆気に取られ、その隙にソファの背に上体を押し付けられた平次は、万事休す!と瞳をきつく瞑った。が、次の瞬間、膝に温かな温もりを感じてそっと目を開けてみると…自分の膝の上で欠伸をする工藤さんを発見した。
「な……何……?…もしかして、膝…ま、くら……??」
 呆然として言葉を失っている平次に、彼の膝に頭を預けたままの新一が眠そうな瞳を向けて来た。充血して少し赤くなった目を忌々しげに擦る。
「何か、急に眠くなってきてさ…。部屋に行くのも面倒くせぇし、そんな長い時間寝たら頭ボケるし……少しの間だけ…な……」
 呟くように言いながら瞳を閉じた新一は、全て言い終わるか終わらないかの内に眠りの世界へ落ちていった。睡魔に誘われた彼は、穏やかな寝息を平次の膝の上で立てている。
 新一の顔をポカンと見ていた平次は、ハッと我に返って苦微笑した。
「……もう寝てしまいよった…。よっぽど疲れとんのやなぁ…。けど、何や、変なこと考えてしもて、俺アホやんけ……」
 今し方己が考えていたことを思い出して、一人で湯気が出るほど赤くなる。それもこれも、コイツが紛らわしい言い方するからやッ!と無理矢理納得して、睨みつけようと覗き込んだ彼の寝顔は、しかし、あまりにも幸せそうで。
 平次は睨むどころか笑みを零してしまう。
「……何か、ミルク飲んでホッとした赤ん坊みたいな顔やな……」
 安心して眠る彼を愛しそうに見つめて瞳を細める。
 新一の頬から肩のラインにゆっくりと手を滑らせ。何度もそれを繰り返して、癖の無い髪に指を絡めた。

「夕飯、何にしようかなぁ……」




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