* ヒーリング *   初出同人誌 『ミルクコーヒー』2005.3.27  2005.9.25(再録本に収録)




 ふとした瞬間に、ふわっと香ってくる匂い。


 平次は読んでいた雑誌から顔を上げて、その香りの元を探るように息を吸った。けれども、その香りはすぐに霧散してしまい、どこから香って来るのかわからなくなってしまう。小首を傾げてもう一度雑誌に目を移せば、今度は間近で感じるフレーバー。
 隣を見ると、新一がキッチンから持って来たコーヒーをテーブルに置き、新聞を片手にソファに腰掛けるところだった。淹れたてのコーヒーの芳ばしい匂い。それとは別に、清涼感溢れるそれを感じ取って、平次は新一の傍ににじり寄った。
「…何だよ」
 いきなり寄って来て、フンフンと犬のように自分の匂いを嗅ぐ平次に、新一は胡散臭そうに眉を顰める。邪魔だとばかりに押し退ければ、忽ちその手を掴まれた。
「……おい…」
 左手の平に顔を寄せられて、新一は困ったような顔をする。目を伏せて顔を寄せる恋人に、意識せず鼓動が高鳴る。平次はそんな彼の胸中を知ってか知らずか、不意に目を上げると。
「工藤って、ええ匂いすんな」
「え?匂い?」
 拍子抜けして目が点になった彼に構わず、平次は新一の手を自分の頬に当てる。
「工藤はいつもええ匂いや。何か付けとるんか?」
「あ?…あぁ、香水。カルバンクラインのCK-One…っつっても、わかんねぇか?」
「カルバ…何やて?」
 香水に疎い平次は品名を聞き取れず、眉を寄せて聞き返して来る。その様に新一は苦笑して平次の頬を撫でた。瞳は柔らかい光を放ち、愛しげに平次を見つめる。
「カルバンクラインだよ。高校の入学祝いに母さんが買ってくれてさ。それ以来ずっとコレなんだ」
「はぁ…そうなんや。俺は香水なん付けへんからなぁ……。けど、ええ匂いやわ」
 常に無い甘ったるい雰囲気に照れながらも身を任せる平次は、殊の外幸せそうに笑う。
 新一は彼の頬を撫でていた手を頭に移動させると、犬の毛並みを整えてやるような手付きで、平次の柔らかな髪をゆっくり梳いた。
「おめぇは何も付けなくても良い匂いだぜ?何か、日向の匂いがするんだよな。俺、おまえの匂い好きだし。でも、コレが気に入ったんならやるか?」
「えっ?」
 何故か赤くなる平次を他所に、新一は立ち上がると戸棚に仕舞っていた透明な瓶を手に取った。中身の少ないそれを振って見せる。
「これ。もう少ししかねぇけど、良かったらやるよ」
「あ……そういう意味かいな…」
 少しホッしたような表情をしながらもどこか残念そうに呟く平次に、新一が不思議そうに首を傾げる。
「?どうした?」
「いや、何でもないねん。…でも、それ、俺が貰てもええんか?おまえのなんやろ?」
「別に良いぜ。買い置きしてあるし、気にすんな」
 申し訳無さそうな平次の手にその瓶を握らせると、新一はにっこりと微笑む。彼の極上の笑みを至近距離で見せられた平次は頬をうっすらと染め、柔らかい笑みを浮かべると手の中の物を大事そうに握り締めた。
「そ、そうか?ほな、遠慮なく貰とくわ」
(ホンマは、工藤が付けとるから気に入ったんやけどな…)




   * * *




 数日後。
 ベッドの上で雑誌を読んでいた平次は、不意に何事か思いついて飛び起きると、学生鞄を探って小瓶を取り出した。透明なガラス瓶に目を細める。
「…………」
 新一に貰った香水の入ったそれを暫く眺め、少量指に取って自分の身体に付けてみる。
「……♥」
 クンクンと自分の匂いを嗅いで満足そうににっこり笑い、瓶に軽く口付けてから彼はベッドに潜り込んだ。
「……工藤の匂いや……」
 幸せそうに呟くと、平次は安堵の表情を浮かべて目を閉じた。


 いつでもおまえを近くに感じられる、おまえの香水(匂い)。荒んだ心を癒す魔法。それだけで、俺は強くなれる。どんなことでも乗り越えて行けるから。


 いつまでも、ずっと傍におってほしい。
 ずっとおまえの隣におりたいねん。

 おやすみ、工藤。





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