南十字が瞬くとき

 翌朝。
 平次はけたたましく鳴る目覚ましを手探りで止めると、眠い目を擦りながら起き上がった。欠伸を一つして、大きく伸びをする。眠気の残る身体を捻り、コキコキと首を鳴らしながら窓辺に行くと勢い良くカーテンを開けた。その瞬間に部屋に差し込んでくる眩しい朝陽。
 初めはあんなに感動した、シールドに映された朝焼けの空にももう慣れてしまった。人の感覚などそんな程度のものか…と薄く笑う。
 足を窓から扉に返すと、寝不足な頭を完全に起こすため、洗面所に向かうべく階段を下りる。昨日もあまり眠れなかった。
 平次は少しだけ痛む頭を軽く押さえた。考えることが沢山ありすぎて、身体も心も追いついていかない。その結果不眠症に陥り、判断力が低下していることを彼は感じていた。
 しかし、今日はデス・シティで年に一度の祭りの日。幼い頃から祭り事が大好きだった平次は、今日くらいは何も考えなくて済むだろうと、階下で自分を呼ぶ声に大声で応えた。





「あ、あれめっちゃ美味いんやで。平次、何味がええ?奢っちゃるで♥」
 傍の出店で売っているジェラードを指差して、総司が満面の笑みを平次に向ける。買って行く人の手の物を見ると、色艶も良い上に大きくて本当に美味しそうだ。しかし、ジェラードにしては馬鹿高い1,000Pという値段が目に入り、平次は返答を躊躇った。
「せやけど……アホみたいに高いで…?」
「ええねん、ええねん。俺、普段あんまし家におらんし、こないなときやなかったら、平次に何もしたれへんからなぁ…」
 しみじみ言う総司に2人は苦笑する。
「おまえは俺のおかんか。……ほな、お言葉に甘えるとしようかいな……う〜ん…そうやなぁ………ほんなら、バナナがええかな」
「よっしゃ!ちょぉ待っとき!」
「総司、俺はティラミスがええな」
 ちゃっかりと自分の注文を言った一久に、走り出そうとしていた総司が思い切り嫌そうな顔で立ち止まる。
「アホ!おまえは俺より稼ぎええねんから、そんくらい自分で買えや!」
「おい。それはあんまりとちゃうか〜?」
「何があんまりじゃ、ボケ!平次は俺のガキやねんから買うたんねん」
「俺ホンマ、いつから総司のガキになったんやろな…」
「あぁん?平次、あんまいらんこと言うてると買うたらへんでぇ〜?」
「あぁぁぁッ、すまん!そうや、そうやったわ。総司は俺の12人目の親やった。忘れとってすまんかったな、おかん」
「わかったらええねん」
「……おまえら、何言うてんねん…?俺、ついていけへんわ…」
 往来で下らない漫才もどきを始めた2人に、一久は思わず頭を抱えた。




 いつもは閑静な一等地というイメージのあるメイン・ストリートから、市場等が建ち並ぶイースト・アベニューを経由して住宅地であるセカンド・ストリートまで、今日は様々な露店が並んでいた。
 メイン・ストリートを真っ直ぐグレート・コースト方面に進みながら、平次たちは軒を連ねる露店を見て回った。途中、多少の冷やかしも入れながら。
 一久から、新一の仕事について平次がショックを受けたことを聞いた総司は、平次に色々なものを見せたり買ったりしてくれている。気を遣わせている、という申し訳なさが平次の胸に蟠りを与えたが、それが決して押し付けられた好意では無く、自分を心配して励まそうとする総司の優しさであるとわかっているので、その好意を甘んじて受け入れていた。
 一頻りその通りの露店を回った3人は、道端に設置されたベンチに腰掛け、行き交う人々を眺めていた。午後の日差しが心地良く降り注いでいる。
「あ、そろそろ俺、行かなあかんトコあるんやけど、おまえらはどないする?」
 ジェラードをようやく半分程食べ終えた頃、一久が時計を見ながら隣に座っている平次に尋ねた。結局、その人の良さから一久の分もジェラードを買ってやった総司は、黙々とキングサイズのそれをやっつけにかかっている。
「ん?…あぁ、俺、行きたいトコあんねんけど……おまえはどこ行くんや?」
「ちょっとな…。で、どこに行きたいんや?総司に案内させたらええから、言うてみ?」
「センターパークに行きたいんや」
 まるで一時停止でもさせられたかのように、一久がジェラードを食べる動作をぴたりと止める。平次の口から今し方出て来た名詞に、彼はまじまじと平次の顔を見返した。
「……センターパーク…?な、何でや?」
 何処か心許無げな一久の視線を不思議に感じながらも、平次は昨日の出来事を話す。
「昨日、灰原っちゅーねぇちゃんが来たやろ?あの子が言うてたんや。一久と総司にセンターパークに連れてってもろたらええ、ってな」
 平次の話を聞きながら一久が目を眇める。
「あいつ……」
「?」
 わけがわからない平次は、ただただきょとんとそんな彼の顔を見つめていたが。
「ほな、一緒に行ったらええやんか」
 先程まで無心でジェラードを食べていた総司の声。見ると、彼はあのキングサイズを見事攻略したらしく跡形も無くなっている。指を舐めながら言う総司に、一久は一度彼の顔を見やると、仕方が無いとでも言うように溜め息を吐いた。
「……そうか…。……まぁ、灰原の奴も何か考えがあるんやろうから…そうやな。ほな、一緒に行こか。俺がこれから行くトコ、センターパークやねん」
「あ、そうなんや?」
 やったら丁度良かったなぁ、と無邪気に笑う平次に一久は複雑な顔をしていたが。
「せやったらさっさと行こうや。一久、時間そろそろヤバいんとちゃう?」
 時計を見上げた総司の声に、慌ててベンチから立ち上がった。




 センターパークは、グレート・コーストとZバンクの向かい側にある広大な公園だった。隣には広々とした敷地を持つエクシー総合病院が聳えている。
 緑豊かな広い公園内には、裕に数千人は入りそうな広場も含まれており、これからイベントでもあるのだろうか、既に人だかりが出来ていた。一久が用事があるのもこの広場らしい。広場の入口にはゲートが設けられ、集まった人々はそこで何かチェックを受けているようだった。平次たちも例外ではなく、ガードマンらしき男に呼び止められたが、彼は一久と総司の顔を見た途端、その表情を柔らかいものへと変えた。
「あぁ、稲尾さんと沖田さんでしたか。お疲れ様です」
 平次たちと同年代だろうか。茶色くて柔らかそうな猫毛にあどけない表情。クリクリとした大きな瞳を持つ、なかなかの美少年である彼はにこやかに声を掛けて来る。
「お疲れさん」
「折角の祭りやのに、イベント警備やなんて、ついてへんなぁ…ハルキ」
「本当ですよ。でも、明日と明後日続けて休みを取っているので、仕方が無いかなぁ…って思いますけど。あ、稲尾さん、こちらがVIPパスです。沖田さんも、あまり必要ではないかと思いますが、こちらは整理券ですのでお持ちください。…えぇっと…?」
 一久と総司に何やら渡していた彼は、2人の後ろにいる平次にやっと気付いたように視線を向けて小首を傾げた。彼らの見慣れない知り合いに、平次は少しだけ頭を下げる。軽く会釈を返してきた彼に、平次は人好きのする笑顔を浮かべた。
「あ、俺、服部平次言うんや。こないだ来たばっかりやねんけど、今、一久の家に厄介になっとって、こいつの店の事務をやっとる。よろしゅうな」
 にこにこと手を差し出した平次に、彼は何やら考えるように平次の手と顔を交互に見つめていたが。
 やがて、先程まで浮かべていた笑顔を引っ込めると、無表情にすっと手を差し出した。そして1枚のカードをその手に握らせると、感情の篭もらない声色が平次の鼓膜を震わせた。敵愾心を思わせる眼が平次を見透かす。
「こちらこそよろしく。それでは、こちらが整理券となっていますので。稲尾さん、あちらがVIP席となっております。お連れの方もどうぞ」
「???」
 突然事務的な口調になった彼に、何が起こったのかと3人は呆気に取られていたが、後ろから押し寄せて来る人波に飲まれるように、大人しく示された席へと向かった。


「さっきの奴、誰やねん?総司とも知り合いやねんな?」
 指し示された席へと移動する中、平次は半歩前を行く総司に前屈みになって小声でそっと話し掛ける。
「ん?あぁ、あいつはハルキ言うねん。俺と同じ親衛隊やけど、あいつは一久の店の警備を担当しとるんや」
「え?何で、そんな奴がこの広場におるんや?」
 意味がわからないと身体を起こした平次に、総司は思わず口をぽかんと開けた間抜けな顔を向けた。
「はぁ?って、あれ…?平次、もしかして、これからここでやるイベントが何なんか知らんの…か?」
「うん」
 素直に頷く彼に、てっきり知っているものだとばかり思っていた総司は暫し唖然とする。灰原は、何も平次に教えなかったのか、と途方に暮れる。
 哀の意図がわからず内心戸惑っていた総司だったが、それでも彼はそのような素振りを見せることはなかった。話題を変えようと、先程の彼の話を持ち出す。
「そうか……。せやけどハルキ、いつもはもっと人懐っこい奴なんやけど、さっきは急にどないしたんやろなぁ…。わけわからんやっちゃ」
 明るく笑いながら前を行く総司を追いかけながら、平次はゲートを振り返った。
 自分のときだけ豹変した彼の態度。大して関わり合うことも無さそうだからどうでも良いとは思うものの、何かが引っかかる。
 怪訝気な平次の視線の先では、猫毛の彼が相変わらず忙しそうに人員整理をしていた。


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