南十字が瞬くとき

 パスを見せて通ったVIP席は広場の前方にあり、特別に仕切られたそこには一久の知り合いばかりが顔を連ねているようだった。席についた3人を確認するや否や、我先にと一久のところに1人、また1人と訪れては挨拶を交わして行く。
「こんにちは、一久さん」
「一久さん、ごきげんよう」
「本日はよく晴れ渡り、非常に気持ちの良いイベント日和ですね」
 この街はシールドに覆われていて、気候等全てがコンピュータ制御されているのだから、晴れ晴れと気持ちの良い天気にするも、じめじめとした不快な天気にするも人間の思うがままなのだが。
「そうですね」
 心の中では絶対そうツッコミを入れているだろうに、にこやかに挨拶を返している。そんな上辺だけの会話を耳にしながら、平次はげんなりとして周りを見渡した。
 後方の一般席は椅子しか無いのに、このVIP席にはテーブルも設置されており、その上、ウェイターが飲み物のオーダーまで取りに来た。
 平次は、果たして自分がこの場にいても良いのだろうかと疑問に思いながらも、一久の店の経営に携わっているのだから、気にせず何でも頼め、と遠慮無く注文をしている総司に言われ、結局コーヒーを頼んだ。
 ウェイターが3人分の飲み物を運んで去って行った後、総司は何かに目を留めて、カップに口をつける平次の小脇を肘で突いた。
「あ、あれ見てみぃ、平次」
「え?何や?」
「あそこの、ほら、恰幅のええオッサンがおるやろ」
 総司が小声で瞳だけで示す先にいる人物に、平次もそっと視線を向ける。
 同じVIP席に座っている男性である。年の頃は平次の父親と同じくらいのようだ。年甲斐も無く派手な赤いスーツにダークブルーのサングラスを掛けている。おまけに太い指に金色の指輪。あまりセンスのよろしくない出で立ちな上、両側には武道家のように体格の良い男が辺りに目を光らせている。
「あぁ、おるな。…しかし、何や、えらいごっつい奴ら引き連れとるなぁ。何モンや?あのオッサン…」
「あれは、火星連合政府のお偉いさんや」
「えぇ!?何でそないな奴がこんなトコおんねん!?」
 ここは皆が恐れる無法地帯のはず。それなのに、何故わざわざそのような危険な場所に自ら出向いて来るのか。
 思わず大声を出してしまった平次に、周囲の人間が一斉に振り返る。それに苦笑いを浮かべて誤魔化すと、知らない振りをしてストローを銜えていた総司に改めて向き直った。小声でボソボソと問い掛ける。
「どういうこっちゃねん?」
 話のネタにしている人物が顔を戻したのを視界の端で確認し、総司は平次を見た。
「この間、移住手続きしたときに探も言うてたやろ?この街が、異例な援助を国や火星連合政府から受けとるって」
「あ、あぁ…」
「その理由はな、他のシティでは禁止されとったり取締りが厳しいことやったとしても、この街やったら何でもOKやからや」
「…?つまり?」
 総司は銜えたままだったストローでコーラを一口飲んでから、少し考えるように腕を組んで椅子に凭れ掛かった。
「例えば…せやなぁ……賭博は未だにこの国では禁止されとるし、麻薬とかの取り締まりは世界中どこ行ったかて厳しいやろ。けど、この街はカジノもあるし、外部から一切干渉されへんから危険な薬物も何の制限もされんと蔓延しとる。性風俗でも何でも、一般シティやったら捕まるようなことをやったとしても、ここやったら捕まらんでいくらでも謳歌出来るから、日頃の鬱憤を晴らしにたまにココ来て、遊んで身体も心もスッキリして帰るっちゅーわけや。俺らはそれでちょぉ迷惑しとる部分もあるけど、ギブ・アンド・テイクやからしゃあないねん」
 手を伸ばしてコップを掴む。ズズズ…と微かに音を立てながらコーラを啜る総司を尻目に、平次は片手を顎に当てて、視線の先で大口を開けて笑いながらワイングラスを傾ける男を凝視する。
「…なるほどなぁ……。自分らも世話になっとるから特別に…っちゅーわけか…。せやけど、そない大物が来よったら、この街の良からぬ輩に狙われたりするんちゃうんか?」
「いや、奴らには選りすぐった屈強のSPがいつも傍におるし、万が一遠方から狙われたとしても…あの、ベルトんトコ見てみ」
「ん?」
 トイレにでも行くのか、立ち上がった男の腰に巻いたベルトに目を凝らす。
「ベルトに小っさいレンズみたいなんが仰山付いとるやろ?あれは、最新鋭の防御システムや。半径1q範囲でいかなる攻撃も逸早く察知して阻止し、しかも、狙撃者を追跡して撃退するっちゅー優れもんや。まぁ、攻撃される前に先手を打つらしいんやけどな。俺もやられた奴見たこと無いから、どないして撃退するんかとか詳しゅう知らんねんけど……やられた人間は無事では済まんっちゅーのは確かや。零コンマ何秒の世界やから、あのシステムに対応出来る人間は、まずおらんし。せやから、手ぇ出そうっちゅーアホはおらんのや」
「ほぉ……凄いもんやなぁ……」
 そんな機械を作り出した人間に脱帽する。けれども、あんな下品そうな人間に使うのは何だかなぁ…と、平次は複雑な顔をした。
 そうこうしている間も、彼らの隣に座る一久の元へは訪問人が一向に絶え無い。入れ替わり立ち替わり押しかけて来る挨拶の波に、平次と総司はいつまで続くものかと、頬杖をついて呆れながら見ていた。




 30分程経って広場が人で埋め尽くされた頃、VIP席のすぐ傍らに設置されたステージに、派手な音楽と共に色取り取りのスボットライトが躍り出した。床からドライアイスが噴き出してはステージを伝い、下へと流れ落ちていく。
 と、踊っていたライトが一点に集中したかと思うと、突然壇上の一部分が白い煙で覆われ、今まで誰もいなかったそこに1人の少年が姿を現した。白いシャツに赤い蝶ネクタイ。黒いタキシードの胸元から、金色に輝くベストが覗いている。そして、被っていたシルクハットから鮮やかに何羽ものハトを飛び出させた彼は、平次のよく見知った顔だった。
「レディース・エ〜ン・ジェントルメ〜ン!!本日は様々な催し物がある中、稲尾グループ主催の当イベントにお越しくださいまして、誠にありがとうございます。本日司会進行を務めさせて頂きます私、『ミルティ・エンジェル』ディーラーのカイトと申します。どうぞよろしくお願い致します!」
「…快斗や」
「何や、黒羽のことも知っとるんか?」
「う…ん、まぁ、な……」
 独り言のように呟いた名前を耳聡く聞き取った総司に、平次は少しだけ困った顔をして曖昧に頷いた。壇上では、会場から沸き起こる拍手喝采に頭を下げて応える彼が尚も続ける。
「それでは早速、本日の企画をご紹介致しましょう。日頃から、稲尾グループをご愛顧頂きありがとうございます。そんな皆様に感謝を込めて、プレゼントをご用意致しました」
 快斗は何も持っていない片手を翻し、指の隙間から1枚のカードを出して見せる。会場は快斗の滑らかな手付きに、既に大盛り上がりだった。
「先程、こちらの広場に入られる際に、皆様このような整理券を渡されたと思います。ちゃんと持っていますか〜?そこに記されています番号が、これから行う抽選会の番号となっております。こちらで番号を引かせて頂きまして、その番号の方にプレゼントを差し上げます。呼ばれた番号の方は、速やかにステージ上までお越しください。勿論、他人への譲渡も認めちゃいます♪」
「勿論譲渡も認めるて……どういうことやねん」
 平次がうっそりと小声でツッコミを入れる。
 そんな彼の声も聞こえるはずもなく、快斗は右手を真横に差し出した。
「さあ!ではここで、本日の素敵なゲストをお呼びしましょう!デス・シティで人気No.1の店である、『シーク・D・ポップ』所属のシンイチさんです!どうぞ〜!!」
「っ!!」
 ガタッと思わず立ち上がりかけた平次を、総司と一久が肩を掴んで押し留まらせる。それでも、それさえも気付かない様子で、平次の瞳はステージ上に釘付けにされていた。
 ステージの脇から現れた彼に。
 ここに来て以来、平次が一度も見たことの無い綺麗な笑顔を浮かべて、丁寧に敬礼をする彼から目が離せなかった。
 会場内から上がる歓声や、様々な音が一瞬にして掻き消える。
「…どうも。只今ご紹介に与りました、シンイチです。どうぞよろしく」
 彼の少し疲れたような、掠れた声しか平次には聞こえなかった。


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