南十字が瞬くとき

 観客が総立ちになり、会場全体が大いに盛り上がりを見せると、快斗が頃合を見計らって声を張り上げた。
「これから、大抽選会を行いま〜す!皆様、耳の穴かっぽじってよぉ〜く聞いててくださいね♪まずは5等からいくぜ〜!」
 うおぉ〜!という地を揺るがすような凄まじい歓声が響き渡る。まるで獣の雄叫びのようだ。
 ステージ上には、椅子に腰掛けて、長い足を組みながら快斗と会場を静かに見守る新一の姿。お偉方しかいないVIP席には目もくれない。平次がそこにいることにさえ、気がついていないのだろう。
 壇上に運び込まれた大きな箱から快斗がカードを1枚ずつ引き、それらを読み上げてはステージに上がってきた観客に景品を渡す。
 何度かそれを繰り返し、いよいよ残すのは1等のみ。今のところ、平次の周辺で当たった者はいない。何千人という人間の中から当たるのは10人そこそこなのだから、当たった方が奇跡に近いのだろうが。
「え〜、それでは、いよいよ最後となりました。1等の抽選を致しますよ。1等はですね、何とっ!こちらにいらっしゃいます、シンイチさんとのデート優先権です!!ご存知の通り、シンイチさんは当店でも人気No.1のホストさんですので、デートの予約も容易なことではありません。店に行ってもなかなか指名出来ないのに、いきなりメールして即デート、なんてことはあり得ないのが現状です。が!しかし!!この優先権は1回のみしかご利用頂けませんが、予約無しでいつでもデート可能というVIP待遇です!!料金は通常料金のままですが、それでもこれを手に入れたい奴は山程いるはず!コレ、たったお1人様!皆、欲しいかぁ〜!?」
「イエーイ!!」
 快斗の煽りに会場が一斉に沸き立つ。それを静観している新一も、腕を組みながら呆れたような表情で快斗を眺めていた。
「……ここはどこや…。アイドルのライブ会場か何かか……??」
 VIP席では平次が、目の前で起こっている異常な程の歓声に引き攣った顔をどうすることも出来ずにいた。快斗に煽られて、皆、異様に興奮している。
「シンイチとデートしたいかぁ〜ッ!?」
「おぉぉぉぉッ!!」
 鼓膜が破れそうな程の大音量。同じ会場にいながら感じる温度差に、平次は身震いをした。
「……悪徳商法も真っ青な煽り方やな……」
 でも。
 あの権利を手に入れた者は、どんな奴であろうと新一とデートが出来るのだ。今までだって、新一は仕事柄色々な人とデートはしてきただろう。だが、それを実際に目の前に突きつけられると、そわそわとしてどうにも落ち着かなくなる。
 新一がホストをしていることを、物凄く嫌だと感じる。それは一体何故?
 幼馴染みだから?
 友達だから?
―――…それとも……?
「じゃあ、最後はシンイチさんに引いてもらいましょうか。実際にデートされるんですし」
 今まで傍観していた新一を振り返り、快斗が悪戯っ子のような表情で促す。
「……そうですね……じゃあ……」
 新一は、やれやれ…とでも言うようにゆっくり腰を上げると、ツカツカと箱の前まで歩いて行き、ガバッと手を突っ込んだ。
「シンイチーッ!!アタシを引いてぇ〜!!1314番よぉ〜ッ!!」
「ンなの、わかるわけねぇだろ!」
 箱の中で幾度と無くカードを引っ掻き回し、1枚のカードに標準を定めると掴み取り。快斗に手渡す。
「じゃあ、この人で」
「はいはい、どうも。とても幸運な方はこの方で〜す!えっと…3810番の方〜!!」
(えっ……?)
 手の中でクシャクシャになった自分の番号札を呆然と見つめる。そこには、確かに3810の文字が…。
 信じられず、カードを握り締めて間誤付く平次の耳に、快斗の催促する声が飛び込んでくる。
「3810番の方〜?いらっしゃいませんかぁ?いないんなら、もう一度シンイチさんに引いてもらっちゃいますよ〜?」
 我に返ってステージに目を戻すと、会場からは快斗の科白を煽る声が響き渡る。
「引け引けぇ〜!引いちまえ!!」
「俺の番号を当てろよぉ!シンイチ!!」
「おめぇの番号なんて知らねぇよ!」
 自分に向けられる声に、新一は素っ気無くも律儀に返している。
 どれ位経っただろうか、快斗がステージ下のスタッフらしき人間と言葉を交わし、広場の時計に目をやった。
「これがラストですよ。いらっしゃらないんですか?」
「……あっ、俺……ッ!!」
 平次は弾かれたように席を立ち、立ち上がる際に倒してしまった椅子に足を取られながらも、人垣を掻き分けてステージへと走り寄る。
「平次っ!?」
 突然の平次の行動に総司も一久も驚き、反応出来ずにその後ろ姿を見送った。
 一方、慌ててステージに上がって来た平次に気がついた壇上の2人は、揃って驚きの声を上げた。
「えッ?」
 2人共心底驚いた様子で、快斗は目をまん丸くし、新一は目を見開いて平次を見つめていた。
 まるで、平次がこの街に来た最初の日のように。
「平次……?」
 小さく呟いた快斗の声をマイクは拾わず、ステージの上にいる3人だけの間で消えていった。
 ほんの数秒惚けていた快斗はすぐに自分の仕事を思い出し、マイクを握り直すと大袈裟なまでに明るい声を張り上げた。
「……あ、お、おめでとうございます!!見事、デート優先権を手に入れられたのはこの方です!!ほらほら皆、がっかりしてないで拍手!!」
 そこ彼処で湧き上がるブーイングから平次を守るように前に出、快斗は観客を宥めるようにそう言うと、拍手を要求する。いつも贔屓にしている店の人気者2人がそう言うのであれば仕方が無い…とでも言うように、渋々といった様子でパラパラと拍手が起こり出す。
 快斗が担当しなかった過去のイベントの中には、司会者の制止も聞かずにステージに上がり、当選者に殴りかかって景品を強奪して行った輩もいたらしい。快斗は一先ず安堵の溜め息を吐くと、平次に改めて優先権の証であるバッジを手渡した。そして彼は平次の背に手を添えて中央へ導くと、新一に目配せをした。
「さあ、中央へどうぞ。優先権を手に入れられたお気持ちを伺いたいのですが、まずは、カードを引かれたシンイチさんに伺いましょうか」
 快斗の視線に彼の意図することを感じ、新一はゆっくりとマイクを持ち直した。平次からは相変わらず視線を外したままで。
「……良かったですよ?厳ついオジサンとかじゃなくて、こんな可愛らしい方がお相手とは光栄ですね。俺もラッキーでしたよ」
「…………」
 それが彼の本心なはずが無いのに…と平次は項垂れる。しかし、落ち込む平次とは裏腹に、快斗は至極満足気な笑みを浮かべると両手を広げた。
「そうですかぁ〜。ありがとうございました。…あぁっと、当選された方にも一言頂きたかったのですが、残念ながら、そろそろお時間のようです。これをもちまして、稲尾グループ主催抽選会を終了致します。当たらなかった方は残念でした。出口でカードと引き換えに記念品をお受け取りの上お帰りください。これからも、稲尾グループを、どうぞよろしくお願い致します。それでは皆様、ごきげんよう!」
 快斗が片手を大きく振るのを合図に、始まりと同じく、派手な音楽がフェードインされて色取り取りの照明がステージを演出する。足元から徐々に煙幕が立ち込め、煙に包まれてどうしたら良いのかわからずに立ち竦む平次の身体を、不意に快斗の腕が絡め取った。そのまま後退してステージ後方の壁をクルッと回し、舞台裏へと移動する。
 唖然とする平次を他所に、快斗は着ていたタキシードを素早く脱ぐと、すぐ傍の椅子に掛けてあった服に手を伸ばして着替えを始めた。少し離れた場所では、既に舞台裏に来ていた新一がとっくにシャツを脱ぎ捨てていた。
「……俺も新一も、この後すぐ仕事だから送れないんだけど……本当、びっくりしたなぁ。まさか平次に当たるとはね。平次、1人で来たの?」
「あ…いや、かず……」
「俺と総司と一緒に来たんや」
 平次の言葉を遮るようにして聞こえて来た声に、その場にいた3人が一斉に振り返る。そこには、新一と快斗が働く店のオーナーである一久と、総司が立っていた。
「一久……なるほどね」
 快斗は1人、合点いったとばかりに笑みを浮かべる。その横で、着替え終わった新一が何とも言えない表情で、一久と総司を見つめていた。ふと、思い当たったとでもいうように呟く。
「あぁ…そうか。稲尾ん家にいるんだもんな……」
「え?何で知っとるんや?」
 思わずポロッと口を付いて出てしまった言葉に、平次が敏感に反応する。新一にずっと冷たい態度で接せられていたため、自分のことなど、もう気にも留められていないものだと落ち込んでいただけあって、教えた覚えも無い居場所を知っていた新一に平次の胸は高鳴った。期待した瞳が新一を映す。
 そんな平次の視線に、新一は「しまった」と言うような表情を一瞬浮かべたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻す。迂闊にも失言をした自分自身に、新一は心の中で小さく舌打ちをした。
「快斗に聞いたんだよ。こいつ、すっげぇおまえのこと気にしてて調べたんだ。だから……快斗が勝手に調べて俺に喋っただけだ」
 途中から、言い訳染みているとでも感じたのだろうか。最後の方を口早に吐き捨てるように言うと、彼は逃げるように舞台裏から出て行ってしまった。
「何やねん、あれ。まるで子どもやないか……」
 新一の姿が消えた扉を茫然と見ていた平次の傍らで総司が呟いた科白が、彼の頭に思いの外鮮やかに響いた。


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