南十字が瞬くとき

「ちょっと、そこのあなた」
 センターパークからの帰り道、店に用事があるという一久に付き合って、まだ人通りの少ないウエスト・アベニューにいた平次を1人の少女が呼び止めた。日もすっかり傾き、オレンジ色の夕日に照らされた彼女は頭からすっぽりとマントを羽織り、まるで占い師か魔法使いのような装いだった。
「え?俺か?」
「そう、あなた。何だか気になるオーラを感じるわ。占ってあげるから来なさい」
「へ?あ、いや、せやけど…」
 総司は今、一久の店にトイレを借りに入っているし、なるべくならこういった怪しげな人物とは関わりたくないと思った平次は言葉を濁すが、彼女は何やら勘違いをしたようだ。
「お金のことなら心配いらないわ。今日は年に1回のお祭りだもの。タダで占ってあげるわよ」
「や、せやから、そういうことやなくてやな…」
 それでも渋る平次に、「タダで占ってあげるって言うのに何が不満なの!?」とでも言いた気に、彼女は自分自身を覆っていたマントを思い切り良く取り払った。
 中から現れたのは、南国を思わせる過度に露出の目立つ衣装を纏った、長い黒髪の美少女。
「うわッ!!ものごっつい格好やな、自分!」
 平次もやはり健全な男子。顔を赤くしながらも目が離せないでいる。その隙をつき、彼女は両手を真っ直ぐに伸ばして平次に向けると、何か術でも掛けるように、指先を柔らかく動かし始めた。
「つべこべ言わずに来るのよッ!!」
「えっ!なっ、何やこれ!?か、一久ぁ〜ッ!総司ぃ〜ッッ!!」
 彼女は何やら特別な力があるようで、忽ち平次は身体の自由を奪われて直立姿勢を強いられてしまった。彼は唯一自由になる口で、この街で数少ない友人の名前を叫ぶ。
「何しとんねん、平次。楽しそうやなぁ」
 と、後ろから、呼んだ内の一人ののんびりとした声が返ってくる。何とか瞳だけを動かしてその方向を見やると、総司と一久がゆったりとこちらを眺めていた。
「そ、総司!一久!!何、そんなトコで見とんねん!!早よ、この女どうにかしてくれや!!」
 必死な形相で助けを求める平次だが、現実は非情だった。
 総司は、拘束されたまま動かすことも出来ない平次の肩をポンポンと軽く叩くと、しみじみと語り出した。
「紅子の占いは天下一品やで。俺も前に占ってもろたけど、よう当たるし。それに結構高いねん、こいつの占い。タダで占ったる言うてんのやから、是非占ってもらい」
「えっ!せ、やけどなぁ……って、何でタダで占うって知っとんねん!さては、さっきから黙って見とったな!?」
 ガルルルルと噛み付きそうな勢いに、総司は「しまった」と軽く舌を出した。
 そんな2人の間に割って入った一久が平次を宥める。
「まぁまぁ。ほんなら、俺らはこれから仕事あるから先に行っとるけど、1人でも帰って来れるやんな?イマイチ心配やけどなぁ………ええか?夜になったら、イースト・アベニューは走り抜けるんやで?あとこれ、ナビやから。一般シティで売っとるパソコンにはここの内部地図は入ってへんからな。端末はおまえのパソコンに繋げとくし、自分の場所がわからんようなったら使たらええわ。一応、俺もおまえの位置を確認出来るモンは持っとるけど、いつも見てられるわけちゃうから、頼むで」
 断りも無く、動けない平次のズボンから携帯を取り出すと、先日哀が持って来たビー玉のような端末を彼のパソコンに手早く嵌め込む。平次が言葉を挟む暇も無く事を進めていく一久に、彼は今後の自分の運命を悟った。
「あ、あぁ、わかった…おおきに……。っちゅーことは、やっぱ俺は、この女から逃げられへんのやな……?」
「まぁ、そういうことね。ほほほほほ」
 片手で易々と平次の自由を奪ったまま、もう片方の手を口元に当てて高笑いをされてしまっては、平次はガックリと肩を落とすしかない。しかも、頼りの綱だった総司と一久は、この状況を明らかに楽しんでいる節があった。
 完全に脱力しきった彼を気にすることなく、一久と総司は時刻を確認して慌てたようだ。
「あ、あかん!集合時間に遅れてまうわ!ほな平次、また後でな!」
「ほんなら先行くからな。紅子、こいつのこと頼んだで」
「任せなさい」
「ほんな、また家でな……俺が無事やったら……」
 2人は口々に挨拶を述べると、未だに直立不動の姿勢を強いられている平次と紅子に片手を上げて走って行った。
「タダ程高いもんはあらへんっちゅーけどな……」
 不覚にも取り残された平次はボソッと毒を吐く。それを受けて、紅子はとても楽しそうに笑った。
「うふふ。安心なさい。何も、取って食おうというわけじゃないから、私の好意を有り難く受け取っておきなさいよ」
「あ、あんたなぁ!めっちゃ偉そうやんけ!!それに好意って、人をこないな状態にしとってよう言うな!!」
「あら。それは、あなたが私の好意を無にしようとしたからじゃないの。さあ、早速始めるわよ。こちらへいらっしゃい」
 紅子は両手で招くように腕全体で波を打たせると、平次をズルズルと洋風な建物の中へ引き擦り込んで行く。パステル色の三角屋根に掲げられた木製の看板には、『占いの館・ラズベリー』と書かれていた。窓と入口には紫色のカーテンが引かれていて、中の様子は窺い知れない。
「いらっしゃいも何も、身体が勝手に引き摺られとるわ…。この女、毎回こないして客引きしとんのとちゃうやろな…」
 柔らかなカーテンを頬に感じながら、平次は盛大な溜め息を吐いた。


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