南十字が瞬くとき

「何や、人気も無くて静かやなぁ…。祭りの余韻も残ってへん」
 あちらこちらを見渡しながらの平次の呟きに新一が応える。
「皆、夜はウエスト・アベニューに流れ込むからな。祭りは昼間だけの余興に過ぎねぇよ。それに、こっちはイースト・アベニュー側の入口だ。誰もいやしねぇよ」
「そうなんか。それも何や淋しいやんなぁ…」
 言いながら歩き続ける。芝生の間に作られた土の道を踏みしめて歩く音だけが、木々の間で反響する。
 つと、静かに平次の後をついて歩いていた新一が、何かに気づいたように立ち止まって辺りを見回した。最後に空を見上げて目を凝らす。
「どないしたんや?」
「…チッ…アウトローだ」
「アウトロー?よう言えたもんやな。この街全体がアウトローみたいなもんやんけ」
 舌打ちをしながら苦々しく吐き捨てる彼が見つめる先を、平次も目で辿る。新一は警戒するように、時折瞳を周囲に向けている。そのただならぬ様子に平次も耳を欹てると、遠くで微かに単車のエンジン音が聞こえて来た。平次が初日に聞いたのと同じもののようだ。それに加えて、プロペラ音のような轟音も近づいて来るように感じる。何の音かと首を傾げながら新一を見ると、彼はスーツの内ポケットに片手を入れて平次に視線を戻した。彼の懐から垣間見えた物の正体に気づいた平次が顔を顰める。
「…おまえ、それ何や」
 抑揚の無い平次の声に、新一は小銃を抜きながら真剣な瞳を平次に向けた。
「安心しろよ、入ってる弾は麻酔弾だ。これは護身用だよ。この街で生きて行くには、自分の身は自分で守らなくちゃいけない。それに、奴らはこの街の中でも一番性質の悪い連中だ。他所のシティからストレス解消目的で入ってきやがるあいつらは、所構わず破壊行為を繰り返して楽しんでいる。ここの住人じゃないから、唯一のルールも完全無視だ。お陰で、荒らされた植物の手入れを俺達がさせられる。まったく、迷惑な話だぜ……っ、伏せろッ!撃たれるぞッ!!」
「えッ?」
 響き渡る銃声に逸早く反応した新一は、素早く平次の手を引くと頭を強引に掴み、そのまま地面に這い蹲る体勢にさせた。公園の茂みの影に隠れて様子を窺う彼らの傍を、轟音を立てる幾台もの単車が闇を劈く銃声と閃光を撒き散らしながら走り去って行く。息を殺して見守っていると、突如辺りが明るくなった。何事かと思って空を仰ぎ見た平次の瞳に、木立ちに囲まれた狭い空を覆い尽くす黒い物体が飛び込んで来る。サーチライトを幾つも装備した、巨大な空母のような飛行艇。
「……何や…あれは……」
 あまりのことに口をポカンと開いて呆気に取られて見ていた平次は、新一に再び頭を掴まれて地面とキスさせられた。
 やがて、飛行艇や連続的なマシンガンの音が小さくなって行くのを用心深く確認した新一は、そこでようやく平次の頭を押さえていた手を退かした。起き上がる。
 平次は脱力するように「ふぅ〜…」と肩で大きく息を吐いてから同じく起き上がると、顔に付いた土や服の汚れを手で払って苦笑した。
「何やねん、あの飛行艇は…。っちゅーか、それにしてもあいつら、一般シティの奴らやったんか…。俺、初日にイースト・アベニュー歩いとったときにも見たで。せやけど、おまえにしてもあいつらにしても、どこであないな物騒なモン手に入れてくるんや。一般シティやったら、銃刀法違反の器物損害罪になると思うんやけど…」
「奴らの入手先はここだろうけど…。しかし、ここでは何やっても良いとはなっているが、ここの住人でもない奴らに引っ掻き回されるってのはな…。今日は年に一度の祭りだってんで、飛行艇まで出してきやがって…もう祭りは終わったってーのに、切り替えの遅ぇ奴らだぜ。まぁ、そういうとこで特別援助を受けてる節もあるから、文句を言えた立場じゃねぇのかもしんねぇけど」
 手にしていた拳銃を内ポケットに仕舞いながら思い切り不機嫌顔でそう漏らす新一の表情は思いがけず幼く、平次はフッと瞳を細めた。気がついた新一が開いた口を噤むのを見て、平次は小さく肩を竦める。と、先程邪魔をされた散歩の続きを再開した。続く新一は、先刻平次が口にした科白を思い出して彼の背中に問いかけた。
「……そういや、おまえ、初日にあいつら見たって言ったよな?…よく無事だったな。今みたいにぼーっとしててあいつらに見つかったら、弄ばれて嬲り殺されるぞ」
「あぁ…あんときは、総司と一久に路地に引っ張り込まれて隠れたんや。全然地理がわからんかったから、ホンマ助かったわ」
 頬をポリポリ掻きながら、助けられたことに照れでもあるのか、平次が少し頬を赤らめながら苦笑いを零す。その表情を目の当たりにして新一の眉間にあからさまに皺が刻まれた。皮肉な笑みを口元に浮かべる。
「ふ〜…ん。それで、稲尾の家に転がり込んだってわけか」
「何や、その言い方。しゃあないやんけ。迷惑やろかとは思うても、住むトコ無いねんから…」
 元気を無くした犬のように項垂れた平次に、新一の冷たい声が降りかかる。
「別に俺には関係ねぇし、良いんじゃねぇの」
「…………」
 立ち止まって黙りこんでしまった平次を新一が追い抜いて行く。無言で新一の背中を見つめる平次に、新一は振り向かずに少しだけ歩みを緩めた。独り言のような小さな呟きを口に乗せる。
「……ちょっと疲れたな。噴水んトコで少し休んで行こうぜ」
「……せやな…」
 新一の態度に僅かな引っ掛かりを覚えた平次だったが、すぐに諦めたように頭を軽く振ると彼の後姿を追いかけた。
 奥に進むにつれ、それまで頭上を覆っていた木々の葉は姿を消し、遮るものが無くなった目の前の視界が広く開けた。イベントをしていた広場とは別の広場に出たらしい。コンクリートで整備され、広大だった昼間の広場とは違って、こちらは小さいが一面芝が青々と生い茂り、所々にベンチが置かれていた。そして、広場の中心にある噴水は夜にも関わらず水飛沫を静かに上げ、孤高な雰囲気を醸し出していた。宙に舞う飛沫に月光が反射して一つ一つが異なる色を映し、幻想的な風景を彼らの前に現していた。
 暫らくその情景に見惚れていた平次は、ふと空を見上げて嬉しい驚きに歓声を上げた。
「うわぁ…。さっきまでごっついネオンで気づかへんかったけど、空…めっちゃ綺麗や……」
 平次の感動した声に、新一も空を見上げる。
「…星か。ここはウエスト・アベニューから離れてるし、周りは静かだから星がよく見えるんだ。俺の気に入ってる場所だぜ」
「ここ、よう来るんか?」
「まぁな」
 平次の横を通り過ぎ、噴水の近くまで歩いて行く。平次が目で新一の行く先を追っていると、彼は青々とした芝生に腰を下ろしてゴロンと横になった。
「お、おい…芝生の上やで?」
 以前、新一本人や探に忠告された唯一のルールを思い出し、平次が慌てて芝生の上にいる新一に小声で言う。しかも、巡回員の一人である新一自身がルールを破ったことが知れたら…と、一人青くなる平次に、新一は事も無さ気に言い放った。
「安心しろよ。ここは大丈夫だぜ。白馬に、公園の一部は許可されてるっていう説明を受けなかったか?少しは、自然と触れ合わねぇとな」
 それを聞いて安心した平次は「それもそうやな」と賛同して、新一同様、感慨深げに芝生に足を踏み入れた。初めて踏みしめる芝生に嬉しそうに顔を綻ばす。サクサクと言う芝生の新鮮な音と青臭い植物の香りが、優しく彼らを包み込んだ。
「……こうやって芝生に寝転がって空を見ていると、自分がすっげぇ小っぽけなもののように感じるんだ。きっとこの世には、俺の知らない、見たことも無いものが山程あるんだろうな…ってな」
「せやな…」
 新一の傍らまで行くと、平次も一緒になって寝転がる。気持ちの良い夜風が頬を掠め、瞳を閉じると自分が今どこにいるのかさえ忘れてしまいそうだった。


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