南十字が瞬くとき

 初め、新一は何を言われたのか理解出来ない様子だった。優秀な思考回路は遮断されてしまったかのように、瞬時に事態を飲み込むことが出来ない。
 が、目の前で顔を赤くしながらも自分から目を逸らさない平次を見て、自分の中の雄の本能が揺す振られるのを新一は感じた。そんな思いを振り切るように、思い切り頭を左右に振る。
「……おまえ、……本当に、何を言ってるんだ………?」
 それでも、いつ理性が飛んでしまうかわからなくて、彼は目線を外した。困惑の色を深める。
「何、驚いとるん?仕事で、おまえがいつもしとることやろ…?俺……ウエスト・アベニューにおった奴に触られるのも嫌やったし、他の奴とやなんて考えたくもあらへんのに、おまえとは手を繋いでも全然平気で…それどころか、もっと触れ合いたいとさえ思ったんや…。……俺、おかしいんか……?」
 ここで頷いてやれば、彼が一番堪えるであろうことはわかっている。そうすれば、彼は自分と寝たりしないで済むのだということも新一は理解していた。しかし、仕事とは言え、こういうことをしていると平次に知られた今、新一にはとても「おまえはおかしい」とは言えなかった。
「……おまえは、自暴自棄になっているだけだ。一時の気の迷いってやつだ。俺なんかと寝ない方が良い…。きっと、後悔する……」
「後悔やったら、もうしとるわ。数年前、おまえが音信不通になったときに、何で俺は知らん顔してられたんやろ…って。何で、あんときおまえを探さんかったんやろ…って。せやから、もう、後悔はしたないねん。俺……おまえが他の奴と寝とるって知って、めっちゃショックやった…。その理由が今、ようやっとわかったんや。俺、多分ずっと前から…おまえのことが好きやってん……」
 そうでなければ、例え幼馴染みと言えども一人でこんなところまで探しに来ようとは思わなかっただろう。何としても連れ戻したいとも思わなかったに違いない。「帰れ」と言われて傷つくことも、自分の知らない新一を知っている人物に出会う度に悲しい気持ちになったりもしなかっただろう。それが、もう何年も音沙汰無かった相手なら尚更。
(俺は、工藤が好きなんや)
 はっきりと今自覚した。どうして彼と一緒にいたいと思うのか、執着していた理由を、今になってようやくわかった。
 新一は、なけなしの理性でもって事の始まりを思わせる独特な雰囲気を必死に変えようと努力していたが、平次の一言でそれは脆くも崩れ去り―――。
 彼の身体は、無意識の内に動き出していた。
 平次の座っているソファの前まで移動し、見かけよりも肩に手を掛けてゆっくりと押し倒す。間近で見つめ合うと、目元をうっすらと色付かせた平次の瞳が不安気に揺れる。それに誘われるように、新一の喉が微かに音を立てた。どちらともなく、自然と顔を寄せていく。
 初めて触れ合う唇。互いの熱い吐息に何もかもを忘れ、柔らかく湿った唇を夢中で貪り合った。
 時折漏れる、堪え切れなかった平次の吐息に、新一の理性はあっという間に吹き飛んでいき…。
 その後はもう、縺れるように身体を絡め合った。
「……はっ……ん、くどぉ……」
 唇を身体に這わせる度、指で撫で上げるごとに平次はあられもない声を零す。飲み込み切れなかった唾液が顎を伝ってソファに染みを作る。
 新一は平次の赤く濡れた唇に再び口を寄せ、漏れ出した液を軽く舐め取っては顎を掴んで口を割らせた。
「あ…っふ……」
 隙間の出来たそこに舌を差し入れ、口腔内を擽る。ビクリと身体を震わせる平次に構わず、奥で縮こまっている彼の舌に触れた。執拗な程に舐め上げられ、絡め、吸い上げられると、それだけで平次の表情はうっとりと蕩けてくる。巧みな新一の口付けに翻弄されていく。
「服部…」
 名残惜しげに唇を離すと互いを銀糸が繋ぐ。それはとても淫猥な光景として平次の瞳に映った。耳元で掠れ気味に名前を呼ばれると、思わず身体がピクリと反応する。
 新一の手は、そうしている間も休むこと無く平次の身体中を弄っていたが、やがてゆったりした動作で下肢に下ろして行くと、未だ穿いたままの平次のジーンズの上から彼の中心を握り込んだ。
「あ…っ!?」
 平次の背中がピンッと引き攣り、次の瞬間には見事なまでに仰け反る。新一は仰け反った彼の首にすかさず舌を這わせると、布越しに平次自身を柔らかく愛撫し始めた。
「ん、んん……っく、どぉ……あぁっ…」
 強く、弱く、ゆっくり、早く。
 新一の指は平次の感じるポイントを次々と探し当て、彼を確実に追い詰めていく。
 初めて他人にそこを弄られるという羞恥心と、触れているのが新一だという幸福感とが平次の中で渦を巻く。熱い吐息が漏れる。
 自分でするのと全く違う快感に、平次はふとした瞬間に手離しそうになる理性を保とうと必死で耐えていた。
 唇を噛み締めて堪える平次に、もっとしどけない表情を見たくて堪らなくなった新一は、一度彼を弄っていた指を止めると、彼の下肢を覆っているものを全て取り払ってしまった。
「!」
 突如、新一の目の前に暴かれた自分の裸の下肢に、平次は顔を真っ赤に染めると、自分を見下ろしている彼の綺麗な瞳から大事な場所を隠すように両手をそこに宛がった。
 しかし、そのような平次のささやかな抵抗も新一にとっては無きに等しいのか、彼は簡単にその両手を捕らえると、自ら締めていた藍色のネクタイで一纏めに括ってしまった。
「く…工藤……」
 頭上で拘束された両腕に恐怖を隠しきれず、頼りなさ気に瞳を潤ませる平次に、新一は安心させるように軽く口付けると、そのまま頭を下へと移動させた。
 瞬間、平次の背筋を電流が駆け上る。強烈な快感の波に驚いた彼は、何が起こったのか確かめようと身体を起こして自らの下肢を覗き込み…。
「―――――っ!!」
 そこに。
 自分の足の間に顔を埋めている新一の姿を認めるや、一気に彼の身体は熱を帯びた。
「なっ、何しとるんや!工藤!!」
 信じられないものを目にし、そして襲ってくる抗い難い快感に苛まれながらも、平次は慌てて新一の頭をどけようと髪に指を絡める。だが、それは傍から見れば行為を促しているようにしか見えず、彼のその行動に煽られた新一も例外では無く、尚一層動きを大胆にさせていった。
 下から上へと丹念に舐め上げ、愛しげに握りこんで先端に軽くキスをする。そのまま全体を含むと、執拗な程に舌を絡めた。徐々に先端から溢れ出してきた蜜を吸い上げ、もっと泣かせようと舌を窄めて先端の割れ目に差し込み、のの字を描く。
「あ、あ…あぁっ……くぅ…ん…」
 平次は最早身体を起こしていることも叶わず、ソファに身を沈めると全身を捩って喘いだ。生理的な涙が頬を伝う。情けないと思いながらも、断続的に漏れる嬌声ももう止めることが出来なかった。
 熱い新一の口腔内と滑らかな舌の感触。新一が動く度に太腿を擽る彼の柔らかな髪。
 それら全てがこれ以上無いくらいに平次を昂ぶらせ、堪えきれなくなった彼は、恥ずかしいながらも新一の口内にその欲を解き放ったのだった。










「……何、やってんだ、俺は……」

 新一はシャツを羽織るとベッドから滑り出て、少しだけ窓を開けた。まだ少し肌寒い風が隙間から入り込み、部屋の中の空気を動かす。
 新一は風に前髪を揺らしながら、少しずつ明るくなってきた空を見上げて煙草に火をつけた。狭く開かれた窓から、紫煙が慎ましく逃げて行く。新一は長い睫を薄闇に晒しながら瞳を伏せる。
 …本当に抱くつもりなんて無かった。というよりも寧ろ、彼にとって、平次は決して抱いてはいけない相手だった。聖域だったのだ。

 それなのに…。

 煙草を咥えたまま、後方のベッドを振り返る。そこには紛れも無く、昨夜あられもない姿を晒していた幼馴染みの彼が安らかな寝息を立てていた。
 その彼に煽られ、情けなくも理性を失ってしまった自分。けれども、長年想いを秘めていた相手ならば、それも当然のこととも言える。そうなることがわかっていて黙殺した節があった。それは己の未熟さ。
 新一は煙草を灰皿に押し潰すとベッドに静かに歩み寄り、彼の剥き出しになった裸の肩に布団を掛け直してやると、そっと頬に掠めるようなキスを落とした。そして、昨夜自分が着ていたスーツの内ポケットから渡された札を取り出すと、その手にきつく握らせた。枕元に、デス・シティからの脱出経路を記述したメモを置く。
「…ちゃんと…帰れよ、自分の場所へ。これで、本当にさよならだ。俺は暫く部屋には戻らないつもりだし…もう会うこともない。どうか、幸せになってくれ…。俺の願いは、ただそれだけだから」
 眠る彼に、届かぬ想いを口ずさむ。抱いてしまったことによって、抑え切れない自分の想いの深さを痛感してしまった。
 その想いの丈を―――。





 こんな俺を、ずっと気にしてくれてありがとう。

 本当は、凄く嬉しかったんだ。

 一緒に火星に行きたいと言ってくれて、とても嬉しかった。

 でも、ここはデス・シティ。

 おまえを危険に晒すわけにはいかないし、俺は過去に重大な罪を犯してしまった。

 到底、おまえと帰ることは叶わぬ夢。


 酷い奴でごめん。

 傷つけてしまってごめん。

 不器用な奴で、ごめん。


 俺はあの頃とは変わってしまったけれど。

 おまえは全然変わってなくて。それも嬉しかった。

 どうか、いつまでも純真な心で。

 俺はもうおまえの傍にはいられないけれど、今までと変わらないだろう?

 俺は、ここで一人でも生きていける。

 大丈夫だから心配するなよ。

 だから、どうか…どうか幸せになって。





 さようなら、服部。

 離れてからも、一日もおまえを忘れたことは無かった。




 ガキの頃からずっと、ずっと……




 ずっと、好きだったよ―――――。









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