南十字が瞬くとき

「はぁ、はぁ、はぁ…………っ」
 エクシー総合病院から死神の地まで、息もつかずに夢中で走ってきた新一は、ようやく目的地の入り口に差し掛かったところで両膝に手をついて乱れた呼吸を整えた。大きく肩で息を吐きながら廃墟の通りを見つめる。額から幾筋もの汗が伝った。
 呼吸と脈拍が正常に近い状態まで治まると、もう一度大きく息を吐いて用心深く辺りを見回しながら歩き出す。が、全く人の気配を感じない。あるのは、どこまで続くのかもわからない瓦礫の山だけ。
「…ハルキの野郎、どっかに連れ込みやがったな……っ!!」
 死神の地には、デス・シティ建設の際に実験に失敗して崩れ去ったビルやら、様々な曰くつきの建物が何百と連なっている。これだけある中どこかに入り込まれると、見つけ出すのにかなりの時間を要してしまう。
「ちくしょう…っ!!」
 不気味な雰囲気の漂う場所に1人でいても新一は全く臆せず、却って怒りが煽られる。
 新一が近くの瓦礫を力一杯殴りつけたとき、ズボンに入っていたパソコンが電子音を響かせ、メールを受信したことを伝えた。
 新一は舌打ちしながらも着信メール確認しようと乱暴にパソコンを掴んだ。どうせ仕事のメールだろうと思ったが。
「…灰原?」
 差出人の名前を見て慌ててメールを開く。動画メール、それもロックがかかっている。これは、送信先に届くまでに万が一誰かにハッキングされたとしても、そう簡単には解除出来ない哀特製のセキュリティシステムだ。彼女がこれを使うのは、相当ヤバイ情報を送るときしか無い。と、ある程度メールの内容を予測する。
 新一は手馴れた動作でいとも簡単にロックを解除すると、動画を再生させた。
「……!」
 そこには、彼の推測と何ら違いなく、先程新一が病院の哀の研究室で見た、ナビゲーションシステムの映像の続きが映っていた。
 ハルキたちに押しやられた平次がビルの中へ倒れ込んで行く様子がまざまざと映っている。
 新一は手早くGPS機能を起動させると、動画が映し出された発信元である平次の端末にアクセスした。新一のパーソナル衛星を経由して、すぐに細かい地図が転送されてくる。
 新一はその地図に現在地を照らし合わせ、入り組んだ路地を颯爽と走り抜けた。方向を確かめながら進んで行くと、幾つもある廃屋の内の一つのビルの前で立ち止まる。顔を上げて、閉じられた扉を睨みつけた。
 彼のパソコンのディスプレイには、現在地と合致した赤い点が表示されている。
 それでは、この中に。
「服部がいる」
 新一は確信を持って呟くと、気合を入れるために何度か深呼吸を繰り返してから数歩下がり、渾身の力でもって扉を蹴破った。


  ガッターン!!ガラガラガラ……


「!!」
 何の前触れも無く響き渡った大音響に、その場にいた全員がピタッと動きを止めた。平次を拘束していた男も、彼を今にも殴りつけようとしていた男も、傍観していた男も、ハルキも、既に顔に数ヶ所痣を作って浅い息を吐き、後ろから拘束されながらも男としてのプライドのためか自力で立っていた平次も皆、扉を蹴破った人物に目を疑った。
「シン…イチ…」
 最初に言葉を発したのはハルキだった。信じられないと言うように、目を見開いて入り口に立つ新一を見つめている。
 新一は瞳を動かして中にいる人数を把握すると、手前にいた男を押し退け、無言で平次に向かって歩き始めた。静かな怒りのオーラを纏って進む彼に、男達はそそくさと平次から離れて道を開ける。
「く、どぉ……」
「何してんだよ、こんなトコで」
 支えを失い、気が緩んでふらついた身体を抱き止めた新一が無愛想に呟く。けれども、平次は眼前に彼がいることが不思議で堪らず、彼の科白に答えもせずに呆然と囁いた。
「何で工藤…ここがわかったんや…?」
(もう…会わないんとちゃうかったんか…?)
「何で…何でなんだよッ!」
 平次が震える手でそっと新一の身体に触れようとしたとき、ハルキの悲痛な声がフロアに響いて、2人は彼に顔を向けた。
 視線を向けたハルキは近くにいた男の懐からナイフを奪い取り、それを両手で握り締めながらガタガタと震えていた。眼は虚ろに2人を映し、噛み合わない歯がカタカタと音を立てている。
「僕の方が、ずっとずっとシンイチのこと好きなのに……っ、愛しているのに……シンイチは、そいつが良いってのかよ…っ!?」
 悲しそうな目で新一を見る。新一が、黙ったまま自分を見つめ返すことを肯定の意だと判断したハルキは、その目を平次に移した。途端に沸き起こる憎悪。ナイフを持った両手を握り直す。
 平次を見るハルキの目には、最早憎しみの色しか浮かんでいないことに逸早く気づいた新一は、直感的に危険だと感じた。
「………っ…おまえさえ……おまえさえ来なければ、シンイチは僕のモノだったんだ……!おまえさえいなければ………っ!!」
「ぉ、ぃ……っ!!やめろっ!!ハルキ―――…っっ!!!」
 新一の直感は的中し、ハルキはナイフを握り締めたまま一直線に平次へ突進して来た。脱力しかけていた平次はすぐ様反応出来ず、突き進んでくる彼に瞳を合わせながらも動けずにいる。
「……っ……くそっ!!」
 普段の彼ならばこんな攻撃は容易くかわせるであろうに、今日は昨夜の情事の影響で身体が思うように動かないらしい。
 新一はそれが自分の所為だとでも言いたげに眉を顰めて舌打ちすると、咄嗟に平次の前に身体を翻した。
 ナイフと平次の間に身を呈して壁を作る。
 その後は、まるでスローモーションのようにその場にいた全員の目に映った。




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