南十字が瞬くとき

 目が覚めると、見慣れない白い天井が広がっていた。
 柔らかい布団の感触が心地良い。ベッドの脇には大きな点滴袋が吊るされている。
 霞む視界の中、ここが病院であると理解した彼は、ぼんやりと視線を巡らし、そこで初めて、自分を心配そうに覗き込んでいる友人達の顔を捉えた。
「あ…、あれ……?おまえら、何で……?」
 新一は、自分が何故こんなところにいるのか状況を把握しきれていないようで、彼らの顔を一通り眺めた後瞳を傾げた。
「俺…死んだんじゃ、なかったのか……?」
「何、アホなこと言うてんねん!死んで堪るかいな!」
 とぼけきった言葉に、平次は手加減しながらも拳を振る。
「いってぇ……」
 見事に頭にヒットしたそれに、新一は涙目になりながら頭を抱えた。入院着の隙間から見えた胸の包帯が何とも痛々しい。
「平次、一応怪我人なんだから暴力はダメだぜ」
「一応も何も、怪我人だ」
 快斗の科白に間髪入れず、新一がツッコむ。
 平次はそんな茶々は無視を決め込み、口を真一文字に引き結ぶと、いつになく真剣な瞳で新一を見つめた。怒ったような心配そうな顔で見つめられ、新一も思わず口を噤む。
「おまえ、一時ホンマにヤバかったんやぞ。めっちゃ……心配したんやからな!哀ちゃんにも、ちゃんと礼言わなあかん」
「…灰原に?」
 意外だとでも言いた気な新一に、平次は彼が病院に運び込まれたときのこと、手術の間のことを事細かに話し始めた。
「おまえ、ハルキに刺された後意識失うて、一久が呼んでくれた救急車でここに担ぎ込まれてん。哀ちゃんも、運ばれてきたおまえ見て蒼褪めとったで。ほんで、哀ちゃんや他の医者もめっちゃ尽力してくれはったんや」
 ふ〜ん…と、そのときの記憶が無い新一はどこか他人事のように軽く鼻を鳴らしたが、ハッと思い出したように快斗を見た。
「そう言えば、ハルキはどうしたんだ…?」
 振られた快斗は、「あぁ…」とベッドの脇に置かれえていた椅子に腰を下ろして腕を組んだ。目を逸らす。
「あいつは…一緒に病院まで来て、その後グレート・コーストに行ったよ。立ち入り制限区域に入って無体を働いた悔いを改めたいって言ってね。まぁ、デス・シティ初心者をあそこに連れ込んだのはやっぱりフェアじゃねぇからな。唯一のルールを破ったときの処罰まではいかなくても、それ相応の処分はあるんじゃねぇ?それにあいつ、何と言っても親衛隊だし…感情的になっていたとは言え、一般人襲ったってだけでも示しがつかなかったんだろ」
「……そうか……」
 新一は目を伏せて溜め息を吐いた。彼の手はシーツを無意識に握り締めていた。
「ついでに、一緒にいた6人も密告しといたぜ。調べてみたら、奴らも親衛隊の端くれだったみたいだな。総司も大変だぜ」
 快斗が、仕方無いと肩を竦めて苦く笑う。
 自分が率いる親衛隊員が起こしたスキャンダルに、総司は始末書やら事後処理やらで目が回る程の忙しさだと言う。グレート・コーストも、今後は北の地の警備と処罰を一層厳しくすると発表した。
「それはそうと、や…」
 黙って2人の会話を聞いていた平次は、一段落ついたのを確認して再び口を開いた。新一も快斗も彼に視線を戻す。
 平次は一度大きく息を吸うと真面目な表情をした。
「ほんで……くどいようやけど、もう一遍確認さしてもらうで。これが最後やから堪忍したってな。……おまえは、ホンマに俺と帰る気は無いんか…?」
 肝心な部分をゆっくりと、強調して訊ねる。
 新一は彼の真っ直ぐな視線に耐え切れず、不器用に視線を逸らした。
「…………ん、まぁ…な……」
 以前と違い、歯切れ悪く言った新一にピンと来た平次は、ベッドの端に手をついて畳み掛けるように言葉を繋げる。
「何でやねん?理由くらい聞かしたってぇな。こないだは都合がどうのとか言うとったけど…。ここの生活がそないにええんか?」
 不可解な声音を隠しもしない平次に、新一はベッドに横たわりながら微苦笑する。
「そうじゃねぇけど……。俺は…罪を犯したんだぜ?殺人の時効は何年だっけ?もしかしたら、デス・シティにいる間は無効かもしれない。そんな奴が、堂々とシャトルに乗れるわけねぇだろ。移住手続きだって無理だ。だから……」
「じゃあさ、俺の戸籍を貸してやるよ」
「え?」
 驚いた2人は同時に快斗を見る。彼は相変わらず椅子に座ったまま天井を仰いでいた。
「俺は、親父の仇がこの街に逃げ込んだって情報を得て、ここに来たんだ。ま、ガセだったみたいだけど。…だから、俺の戸籍は綺麗だぜ」
「バカ!何言ってんだよ!!んなこと出来るわけねぇだろ!!」
 何でも無い風に言う彼に、新一は思わず掴みかかろうとして勢い良く上体を起こした。しかし、その途端走った胸の激痛に身を屈める。
「うっ……」
「く、工藤!いきなり動いたらあかん!傷口が開いてまうで!」
 胸を押さえながら快斗を睨む新一に、平次は慌てて駆け寄って嗜める。その様子を静かに見ながら快斗は瞳を細くした。
「バカはどっちだよ。折角顔が似てるんだから、利用しない手は無いでしょ。書き換えとかは一久の親に頼めばどうにかしてくれるだろうし、幸い、俺には待っててくれる人もいない。一生この街で暮らすつもりだから、俺の人生に全く支障はねぇよ」
 そう言って笑う快斗に、新一は首を横に振った。
「けど、そんなこと出来ねぇよ……っ!!」
 尚も食い下がる新一に快斗は不意に笑みを消すと床を俯いた。押し殺したような声で言い募る。
「…正直言うとさ…もう、見たくないんだよ。……新一の、苦しそうな顔」
「…っ」
 新一の瞳が大きく見開かれる。顔を上げた快斗と視線がぶつかった。
 いつも悪戯っ子のような快斗の目が、怖いくらい真剣に新一を射抜く。
「おまえ、このまま平次と別れてみろ。一生会えないんだぞ?そんなことになったら、おまえがどうなるかなんて想像しなくてもわかるよ。だって…平次のこと、ずっと気にしてたんだもんな?」
「え?」
 予想もしなかった言葉に平次が声を上げて新一を見る。視線を向けた彼は、不思議なものを見るような奇妙な表情で快斗を見つめていた。
「な…んで……っ……」
 やっとそれだけ言えたとでもいうような掠れた声が小さく響く。
 新一がずっと内に秘めていた想い。それを何故、快斗が知っていたのか。
 口の中が異常に渇き、新一は何度も唾を嚥下した。
 快斗はそんな彼を見て、困ったようにふっと微笑んだ。
「おまえがこの街に来て、俺と知り合って。ずっと見てたんだ。平次が来てからの新一の様子とか見てれば、それくらいわかるよ」
 そう言う快斗の瞳は慈愛に満ちていて。
 新一は、このときになって初めて彼の想いを知った。
「快斗……」
「だから平次…こいつを連れて行ってくれ。こいつが何と言おうと、引き摺ってでも。……くれぐれも新一を……頼むぜ、平次…」
 自分では為し得ない未来を、どうか叶えてほしい。
 快斗は、感極まって情けない顔をしながらも力強く頷いた平次に安心して、満足そうに瞳を閉じた。




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