南十字が瞬くとき

 平次がデス・シティに来て3日目。
 新一のマンションで見失って以来行方不明になっている平次のことが気になっていた快斗は、幼馴染みである探が働いている、グレート・コーストへ向かっていた。
 あの日から、新一の様子もどこかぎこちない。それは微々たるものなため周りの人間は恐らく気づいていないだろうが、観察眼の優れた快斗にしてみれば、彼が平次のことを気にして落ち着かないのであろうことは一目瞭然だった。
 それを本人に指摘すると、「そんなことはない」だの「うるせぇよ」の一点張り。
「そんなに気になるんなら、無理しないで素直になりゃ良いのにな…」
 推測に過ぎないが、冷たい態度を取ることで、彼は平次に全く興味がない振りをしているのだろう。
 ココから帰すために。
 それが彼の不器用な優しさだと、長い間同じ街で彼の傍にいた快斗には理解できる。平次はこの街には相応しくない程純粋だ。その純粋さを汚してはいけないと、恐らく新一は思っているのだろう。実際、先日平次と初めて会った自分でさえ、彼の純粋で真っ直ぐな澄んだ瞳に心を洗われるようだったのだ。どうにかして、この街から離れさせ、守りたいと思った。
 そのためには新一は、平次にどこまでも冷酷に接するだろう。それに多分、彼と幼馴染みである新一は、昔とは違う汚れた自分を平次に見られたくないという、一種のプライドのようなものもあるのかもしれない。
 本当に、素直じゃない…。
「でもさ、新一。あんな放し方したら、ここの飢えた連中の恰好の餌食だぜ?」
 いつになく重い雰囲気を漂わせている重厚な門を見上げて、快斗はポツリと呟いた。




 新規移住登録受付窓口。
 栗色の髪の少年は、今日もいつものように忙しそうにモニターを睨んでいた。
「よぉ。朝っぱらから精が出ますな。調子はどうよ?」
 あまり客のいないフロアに入り、静かに窓口へ歩み寄った快斗は、揶揄するような声色で仕事中の探に声をかけた。すぐにパソコンから快斗に目を移した彼は、目元を綻ばせると椅子に座り直した。
「やぁ。今日は見回りの日じゃないだろう?それに、巡回員の報酬引渡し場所はこのフロアじゃないよ」
 そんな探の台詞に快斗は少し嫌な顔をすると、身を乗り出して嫌味な程にニコニコした顔を睨みつける。
「何か、そういう言い方されると俺が金に汚いみたいじゃねぇか」
「あれ?違うのかい?」
 にっこりと微笑む。
「おまえなぁ…。公務員のおまえより、俺の方が稼ぎが良いからって絡むなよなぁ」
「別にそんなんじゃないよ。君はからかうと面白いからね」
 そう言いながら楽しそうに笑う探に、快斗は頭を掻きながらあからさまに溜め息を吐いた。
「じゃなくて、今日はちょっとおまえに聞きたいことがあって来たんだよ」
 その言葉に、さっきまで面白そうに快斗を見ていた探の目の色が変わる。一瞬で仕事モードに入り、鋭い目つきで快斗を見上げる。
「君が僕に聞きたいことがあって、尚且つ僕の家では無く、ここに来たということは………ここにあるデータが欲しいんだね?」
「さっすが白馬くん。物分りが良くて助かるよ。実は、ここ数日の間に新規移住登録した奴がいないか教えて欲しいんだ」
 快斗が窓口に肩肘をつきながら、不適な笑みを浮かべる。探はじっと快斗の顔を見つめていたが、やがて首を横に振った。
「それは教えられない。例え幼馴染みの君の頼みだとしても、僕は公務員。こんな街にいても、情報を管理する立場の常識は持っている。無闇に個人情報を提供するわけにはいかない」
 探の返事が予想通りだったのか、快斗は瞳を伏せると窓口から離れた。
「やっぱりな。クソ真面目なおまえならそう言うと思った。だから、ちょっと細工させてもらったぜ」
「え?」
 驚いたように瞳を見開いた探は、次の瞬間、ハッとしたようにパソコンの画面に視線を戻した。するとそこには、先程探が操作していたものとは全く違う情報が映し出されていた。いくつものウィンドウが勝手に開かれ、幾重にも重なるそこに膨大なデータが次々と露呈されていく。
「こ…これは一体……っ!?いつの間に…っ!!」
 慌ててキーボードを叩くが全く受け付けない。
 目の前の光景に呆然として手を止め、信じられないものを見るかのような探の様子に、快斗はポケットに片手を入れながら目を細めた。
「さっき…俺がここに来た直後さ、ほら、ちょっとの間バカな言い合いしただろ?そのときにちょっと細工をね。そんな、信じられないって顔すんなよ。忘れたのか?俺は手品と盗みが得意なんだぜ?」
 手先は人一倍器用だとでも言いた気にポケットからチップを取り出して探の眼前に、しかし、窓口に隔てられて彼には届かない位置で見せ付ける。楽しそうな色をその瞳に浮かべて。
「このパソコンのデータはハッキングさせてもらった。そのパソコンの中身は全部、このデータチップの中だ。本当はさ、こんな回りくどいことしなくても、自分のパソコンからハッキングすることも可能だったんだけど。ここのメインコンピュータのセキュリティは完璧じゃん?そんなのに構ってる暇も無いし、直接仕掛けた方が遥かに効率が良かったんでね」
 我が物顔でチップを弄ぶ彼の手から、どうにかしてそれを取り戻そうと手を伸ばすが、あと少しというところで届かない。快斗は、まるで意地悪をして楽しむ子どものように口元を歪めている。
その表情を目にした探は、快斗からデータチップを取り返すことを諦めたのか、悔しそうに椅子に腰を下ろした。もう終わりかと肩を竦める快斗を、彼は背凭れに重心を預けながら、きつい瞳で見つめて問う。
「君の目的は何なんだ?」
 用件が済み、長居は無用とばかりに踵を返した快斗は、探の声に足を止めて緩やかに振り向き。
「ちょっと、探してる奴がいるんだ」
 ウィンクをしながらそう言うと、早々とフロアから姿を消した。




 自分のマンションに戻った快斗は、早速データチップをパソコンに嵌め込むとプログラムを立ち上げた。途端に、膨大な住民の住所録が何十ページにも及んで現れる。
 快斗はつい最近のデータを引き出すと、1つ1つ注意深く名前をチェックしていった。
「えっと、平次が来たのは3日前だから―……この辺からだな。それにしても、1日にこんなに移住者がいるなんて世も末だな。皆堕落してこの街に堕ちてくる。不景気だねぇ…」
 軽口を叩きながら、キッチンで煎れてきたコーヒーを啜る。と、探していた名前を見つけて、弄っていたマウスの動きを止めた。そして、見覚えのある住所を目にしてカップを置くと腕を組む。
「メイン・ストリート東223番地…?この住所、どこかで…」
 う〜ん…と首を傾げ、知人等の住所を頭に思い浮かべてみる。
「新一はセカンド・ストリート…って、あいつのトコにはいねぇだろ。…で、えっと…探は…メイン・ストリート中央…か。職場はウエスト・アベニューだし………って、あぁっ!!」
 不意に思いついて、快斗は慌ててパソコンのメニューを開くと今度は自分の住所録を開いた。顧客から取引相手、友人知人の住所がズラリと並ぶ。その中に探していた住所の者がいた。
 見覚えがあるのは当然。その人は、快斗が働いているカジノ『ミルティ・エンジェル』のオーナー…。
「なんで、一久の家に…?…そう言えば、平次と別れたあの日、イースト・アベニューとセカンド・ストリートの巡回は一久だったっけ…?じゃあ、平次、あいつに拾われたってことか…。でも、まぁ、一久のところなら安心だな」
 椅子に凭れかかり、ホッと胸を撫で下ろす。が、しかし、再びコーヒーに手を伸ばして啜りながら仕事欄に目を向けた途端、口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。咽る息を、どうにか落ち着かせる。
「……っ…ゲホッ…ゲホッ……俺達の店の事務だって?一久の奴、事情を知らないとは言え……何てこった……」
 はぁ…と頭を抱える。
 もし、新一が平次に今の自分を知られたくないと思っているとしたら…。このままでは、彼が知ってしまうのも時間の問題だ。
 快斗が独り呟いたとき、玄関の扉が開く音がした。それが誰であるかを瞬時に察した快斗はパソコンの電源を落すと、ゆっくり椅子から立ち上がって玄関に赴いた。


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