トリック・オア・トリート*SH   初出同人誌2010.10.31






 いつもの週末、朝から街に繰り出した俺達はいつもの如くその先で事件に遭遇し、無事に解決した頃にはもう太陽は西に沈みかけていた。本当は、今日までの映画を観て、新しく出来たカフェで食事…とか色々計画をしていたのだけれど。
 事件で予定を狂わせられるのも俺達らしいよなー…と、お互い顔を見合わせてちょっとだけ苦笑して、駅前広場に設置された時計を見上げた。
 少し早いけど、夕食を食べてから帰ろうか。良い感じの店知ってんだ。
 そう言って笑う工藤に俺も口元が緩むのを感じながら頷き、彼に続いて歩き始めた。




「すっかり暗くなっちまったなー…」
 秋の夕暮れは早い。工藤お勧めの店で夕食を済ませて外に出ると、先程まで微かに赤く染まっていた西の空はその名残も無く、一面藍色の中に幾つか星が瞬いていた。
「秋の夜長っちゅーしな」
「じゃあ、帰ったら読書でもするか」
「ええな〜。俺、虫の声聞きながら本読むの好きやねん」
「あぁ、何か落ち着くよな」
 そんな他愛の無い話をしながら工藤邸を目指していた俺達は、不意に奇妙な集団と出くわした。
 頭から真っ白なシーツをすっぽりと被った者、或いは、大きなとんがり帽子と箒を持った小さな女の子、それぞれ色々な怪物に扮している。そして、不気味に微笑むカボチャのランタン…。
「ジャック・オ・ランタン……そうか、今日はハロウィンか…」
 小さなオバケの集団は家々を練り歩き、お菓子をねだる。そんな子ども達の姿に、工藤がどこか懐かしそうに目を細めた。
「ガキの頃、よく蘭や園子達と一緒に回ったっけ…。っつーか、俺はついこの間までは元太達ともやってたんだよな…」
 あれから一年か…と呟いて足を止め、子ども達を眺める工藤の顔は思いのほか穏やかで。
 仮初の姿のとき、様々な思い出を共に作った小さな仲間達のことを思い出しているのだろうかと、俺は遠く離れていく彼らの後ろ姿を見送る工藤の横顔を黙って見つめていた。








 どのくらいそうしていたのかわからないが、じっとしていると流石に肌寒くなって二人して身体を震わせる。
「……帰ろか」
 寒さに肩を強張らせてポケットに手を突っ込む俺を、少しばつの悪そうな困ったような顔で工藤が振り向いた。
 一度寒さを実感すると、途端に暖かな家が恋しくなる。再び歩き出せばどちらからともなく次第に足早になり、家に着くなり俺は冷えてしまった身体を温めるべく真っ直ぐキッチンに向かった。
「工藤、コーヒーでええか?」
「おう」
 リビングから間延びした声が返事をする。俺は手早くインスタントコーヒーを淹れると、マグカップを二つ持ってリビングに向かった。
 二人掛けのソファに座っている工藤は、道すがら交わした会話の通りに早速読書を始めていた。昨日買って来たばかりの人気作家の最新刊。読みかけだったそれは既に半分程過ぎている。
 俺がテーブルにカップを置くと、まだ物語に入り込んでいなかった工藤が目を上げた。
「お、サンキュ。おまえも書斎から好きな本持って来いよ」
 そう言いながらカップを持ち上げ、コーヒーを啜りながらまた本に視線を落とす。飲み込む際に喉が微かに上下に動く。僅かに伏せられた瞳は丁寧に文字を辿る。カップを持つ指が綺麗で、何もかも見慣れているはずなのにずっと見ていたくなる。
 工藤が時折ページを捲る音だけがするしんとした部屋の中に、庭で鳴いている虫の声が耳に心地よく届く。工藤が立てる音と二人分の衣ずれの音、そして静かな虫の声。他に何も音がしない部屋は、まるで世界から切り離されたかのように思えた。
 そんな錯覚に陥っていた俺は、不意に、本に向けられた彼の意識を自分に向けてほしくなって、工藤の滑らかな黒髪に触れた。ゆっくりと何度も撫でて、触り心地の良い感触を楽しむ。
「……何だよ?」
 暫く俺の好きにさせていた工藤が、擽ったいのか読書の邪魔をするなとでも言いたいのか、またはその両方なのか、片手を振って俺の手を払う。それでもめげずにしつこく伸ばされる俺の指に、とうとう工藤は溜め息を吐くと本を閉じて俺に振り返った。
「何なんだよ?さっきから」
「せやかて、工藤、本ばっか読んでて暇やねんもん」
 俺の答えに、工藤は呆れたように肩を落とした。
「だったら、おまえも本読めば良いじゃねぇか。虫の声聞きながら本読むの好きなんだろ?それに、好きな本持って来いってさっき言っただろうが」
「本より工藤の方がええねん」
「あ?」
「トリック・オア・トリート」
「はあ?」
 突然の言葉にわけがわからないと眉を顰める。そんな工藤に、俺は殊更鮮やかに笑って見せた。
「今日、ハロウィンやんか。せやから、トリック・オア・トリート」
「ウチにお菓子なんてねぇぞ」
「そんなん知ってるわ」
 工藤はあまり甘い物を食べないから、この家にお菓子が常備されていないことなど知っている。
 俺はにっこり笑った口元に自らの人差し指を持って行くと、訝しげに見ていた工藤が何かを察したかのように瞳を瞬いた。そうして、徐々にその瞳が面白そうに細められる。
「じゃあ、おまえはどんな悪戯をするつもりなんだ?」
 楽しそうな笑みを浮かべる工藤に、俺は少しだけ考えて小首を傾げた。
「っちゅーか、ぶっちゃけ俺としてはトリック・アンド・トリートなんやけど」
「ふ〜ん……どっちも…ねぇ?悪戯した上に持て成せとは、ちょっと欲張りなんじゃねぇか?」
「工藤に持て成せとは言うてへん。俺が工藤にどっちもしたいだけや」
「へぇ?そりゃ楽しみだな」
 余裕な双眸でどことなく意地悪く微笑う工藤に、これからする行為への期待のためか、意識せず顔が火照ってくるのがわかる。自分で言っておきながら平静を保てずに赤くなる俺とは対照的に、涼しげな工藤が何だか悔しい。
「相変わらず、余裕綽々なんがムカつく…」
 上目遣いに睨み付けてポツリと恨み言を呟いても、工藤は挑発的な笑みを深めるばかりで。
 正面から見つめられ続けることに居た堪れなくなり、俺は意を決して拳を握り締めると、勢いのまま工藤の形良い唇に噛みついた。









   *  *  *




 ―――余裕綽々?そんなわけがあるか。


 そう言っても、きっと服部は納得しないんだろうな。
 本当は、こんなにも緊張しているのに。
 おまえに触れられるだけで、心臓がこれ以上無い程早鐘を打つ。心が歓喜して身体が震えそうになるのを必死で抑え込んでいるというのに。
 でも、服部からされる行為が嬉しくて。幸せで。思わず笑みが零れてしまうのだ。
 頬を真っ赤に染めながら、困ったようなどこか拗ねたような顔で俺を見る服部の熱の篭った瞳に、俺だけが緊張しているわけじゃないと安堵する。

 それが、服部にしてみれば「余裕な態度」に見えるんだろうけど。







「工藤…えぇ匂いやなぁ…」
 俺の首筋に顔を埋めた服部が、うっとりしたような声でそう言って唇を付けてくる。少々強く吸われて瞳を眇めながら、俺はあいつの艶やかな髪を撫でた。
「フレグランス?」
「それもやけど、こうしてひっついとったら工藤の匂いがすんねん。俺、この匂いめっちゃ好き…」
 うわ言のように囁きながら唇を移動させ、顎を甘噛みする。そのまま近づいてくる息遣いに俺は目を伏せ、柔らかな感触が唇に触れると同時に、あいつの髪を撫でていた手を背中に滑らせた。
「俺も、こうやってたらおまえの匂いがするぜ?」
「ふ、あ…」
 唇を僅かに浮かせて言うと、服部は小さく声を上げ、俺の首に腕を回して尚も深く口付けてくる。俺の膝に乗り上げ、きつく抱き付いてくる服部の身体を受け止めて瞳を閉じる。
 何だろう…肌の奥から香ってくるような、そんな感覚。温かな温もりと日向の匂い。その全てが俺に服部の存在を強く意識させる。もっと…、もっと触りたくなる。
 舌を絡ませながら何度か柔らかく背中を撫で上げ、つっと腰へと手を這わせれば、引き締まった臀部が俺を誘う。緩やかな双丘や大腿の内側をやんわり撫で回したら、服部は小さく息を漏らし、身じろぎながら唇を離した。
「ちょっ…、お前の手ぇやらしいわ!今、俺がおまえに悪戯してるんやで!」
「あぁ、続けてくれて構わねぇよ。こういう悪戯なら大歓迎だし」
「せやから、おまえの手ぇどけぇ言うてるんや!気ぃ散って集中出来へん…っ」
 執拗な俺の手から逃げるように身をくねらせながらも俺から離れない服部に口元が緩む。敏感な箇所を掠めた瞬間、ビクッと震えて息を呑んだ服部の耳元に唇を寄せ。
「俺を持て成してくれんだろ?」
「……っ」
 嬲るようにねっとり耳朶を噛むと、服部は肩を揺らして俺を見た。熱に浮かされたように潤む瞳。情欲の焔がちらつくその奥を覗き込むと、いつになく蕩けた顔をしている自分を発見して驚いた。
 こんな顔を晒していたのかと自覚したら急に恥ずかしくなる。だが、目の前のあいつだって同じような顔をしているのだからお互い様かとも思った。
 お互いを見つめるだけで喜びを感じる。触れればもっと触れたくなる。熱い吐息に愛しさが募る。多分、それが「幸せ」だということなのだろう。
 そんなことをぼんやり考えていると、いつの間にか服部は俺の上から下りて跪いていた。そっと俺の両膝に手を置き、見上げてくる。
「……ほな…、足、開いてくれるか…」
 素直に従うと、あいつはベルトを外してジッパーに手をかけた。ジジ…と音を立てて引き下ろし、既に隆起していたものを取り出すと、遠慮がちに数回握ってから口に咥えた。生温かい口腔内と、ゆっくり這わされる舌の感触に思わず眉を顰める。先走りの液と服部の唾液が絡み合って濡れた音が響き出す。俺の足の間に顔を埋めた服部は、その卑猥な音楽を更に響かせようとするかのように大きく頭を動かした。強弱をつけて吸われ、次第に限界が近づいてくる。
「気持ちええか?工藤…」
 咥えたまま喋られると思わぬところに歯が当たって、うっかり達しそうになった。
「イイに…決まってんだろ…」
「そか…」
 嬉しそうに笑う服部の唇から、飲み込みきれなかった唾液と俺の精液が伝い落ちる。夢中で俺に奉仕する服部の姿に胸が熱くなる。根元から丹念に舐め上げられ、先端に舌を捻じ込むように細かく回されて、俺は一度大きく身震いすると勢いよく服部の口の中へ白い愛液を解き放った。
「んぐっ」
 一気に大量の液を放出され、服部は少々苦しそうに噎せながらもどうにか嚥下する。口の端から流れたものを拭い、立ち上がる。
 再び俺の膝の上に戻ってきた服部に、俺は若干乱れた息を整えながら妖艶に微笑んだ。
「悪戯とお持て成し、両方出来て満足?」
「アホ。今までのは序の口、これからが本番やっちゅーねん。工藤かて、もう止まらへんのやろ?」
 言いながら目線を下げる。放ったばかりだというのに準備万端な俺自身に服部は相貌を崩し、愛しげに一撫でした。
「いつになく積極的じゃねぇか。そんな風に煽るってことは、覚悟出来てんだろうな?」
「んっ…」
 お返しとばかりに服部の股間に手を伸ばすと、すぐ傍らで息を詰める気配がする。触ったそれは固く張り詰めていて。軽く舌舐めずりをしてから素早く中へ手を入れると、服部のそれは涙を流して全身をベタベタに濡らしていた。やんわり握れば、服部は震えながら上半身を屈め、両手の指を俺の肩に食い込ませた。
「く…どう…っ」
「もうこんなにしてんのかよ。すっげぇ濡れてるぜ?俺の咥えて興奮しちまったのか?」
「言う、な…や!」
 揶揄ってクスクス笑いながら言う俺に、服部は悔しそうに唇を噛みながら睨んでくるが、薄く涙の膜が張った瞳では全く効果は無い。それどころか、逆に苛虐心すら芽生えてくる。
「ふーん……。それじゃあ、俺ばっかり持て成してもらうのも悪いし、服部くんのご期待に応えましょうかね」
 言うや否や、俺は服部の腰に手を掛けて僅かに浮かせると、手早く下着もろともズボンを引き摺り下ろした。そうして、抗う暇も与えずに服部のもので濡れた指を後ろへと回す。
「あ…っ、ちょ、ちょお…待って、やっ…くど…っ、……ん、あっ!」
 片手で蕾を広げて人差し指を挿し入れると、柔らかく解けていたそこはいとも簡単に俺を迎え入れた。最初から二本の指を入れて、奥を性急にかき混ぜる。中でバラバラに動かしたり激しく抜き差しを繰り返す俺の指に、服部は耐えるように頭を振りながら強く俺に縋りついた。
「あ…も…っ、や…んっ…く、くどぉ……っっ!!」
 身に持て余す程の快感に悶え、小刻みに震える指が愛しい。上気させた頬のまま俺の肩口に額を預け、トロンとした瞳で俺を見上げる。半開きになった唇からは最早悦楽に染まった嬌声しか上がらず、我慢出来ないと喘ぐ吐息を奪う。息苦しさと快楽に踠き、俺の頭を掻き抱く従順なあいつがいじらしくて可愛くて。
「……すげぇ、甘…」
 この部屋の空気も、俺を温かく迎え入れる服部の内部も、いつも俺のやりたいことを許す服部自身も、そして、小波を打つようにして離れた服部の唇も、何もかもが。


 ひどく甘くて眩暈がした。


 これは、子どもが求めるお菓子とは程遠い―― 一度味わえばやめられないまるで麻薬のような…。







END




>>コ平ver.





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